十話 深淵に蝕まれる世界

 「素晴らしい、そうとしか言い表しようもなかった。さすがはジャスティア神……ということか」

 

 訓練着から用意された平服に着替えたショウ、アツコ、テツ、キョウジ、サク、そしてシラギクは、アナライズボードで鑑定された部屋へと戻っていた。

 どこかで訓練場での様子を見ていたらしいマイアが上機嫌で頷いている。壮年も終わろうという年代の宰相は眉間にいつもしわが寄り、アッシュブロンドの髪も遠目には白髪に見えてしまうほど苦労していそうな印象だが、今はその表情が少し緩んでいるようだった。

 

 「僕らを導いたジャスティアっていうのは、かなりの信仰を集めているようだね……少なくともこの国では。滅多なことは言っちゃだめだよ」

 「うん」「ああ」

 

 それを観察していたショウが小さな声で警告を口にすると、両隣にいたアツコとテツもまた小さな声で了解する。

 そのままショウはちらりと視線を動かしてへらへらとしているサクとキョウジのことを見たが、そちらに警告する気はない様子だった。

 

 「異質な響きであったことから期待はしていたが、使徒様は皆素晴らしいギフトを得ている」

 

 先ほどからマイアは何度も「素晴らしい」と繰り返しているが、実のところ素直に驚いていた。ギフトとしての特異な能力も、副次的に得られる身体能力強化も、どちらもほかのギフト所持者とは一線を画するといえるほどのものだった。

 ギフト所持者である時点で、そうでない者とは隔絶した存在であることを考えると、これは瞠目して然るべきことだった。

 

 「これなら深淵の魔物どもとて震えあがることだろう」

 

 そこまで言って話を終えようとしたマイアだったが、ここでシラギクが軽く手を挙げていた。

 

 「魔物というのは想像がつきますが、深淵の魔物とは何でしょうか? わたくしたちはジャスティア神から詳しいことは聞かされていないのです」

 

 シラギク以外の使徒たちもまた思い思いの仕草で同意を示していることを確認して、マイアは口を開く。

 

 「魔物は言わずと知れた自然物が魔力によって形を成したり動物が変異したりする脅威存在だが、近頃は王国中で異質な魔物の存在が報告されている」

 「異質……?」

 

 話の核になるのであろう部分にいち早く的確に疑問を呈したショウを見てマイアは軽く眉を上げたが、それ以上の反応は表に出さずに続けていく。

 

 「そう、異質だ。その体の大部分を黒い魔力に覆われた異形の魔物……その見た目ゆえに深淵の魔物と呼ばれている。それらは異常なまでに強く、他国でもかなり手を焼いているらしい。そしてその深淵の魔物への切り札としてジャスティア神より遣わされたのが、あなた方使徒様だ」

 

 端的な言葉で説明を終えたマイアだったが、シラギクが「他国のことは確たる情報ではない……」と口の中で転がす程度に呟きながら国際情勢まで洞察しようとしていることには気付かなかった。あえていえば、元からシラギクという人物を知っているショウたちは、時折その反応をうかがうように目線をちらりと向けることはあった。

 

 とはいえ、そうしてマイアが話を終えて退出しても、その後に世話を任されたという人間がやってきても、この場にいる使徒たちは少なくとも表向きは従順に受け入れる姿勢を見せていた。

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