九話 ドロップアイテム

 何のコネもないカラスマとミッカが飛び込みで受けさせてもらえた依頼というのはつまり、手間はかかるが危険はない仕事だった。

 

 「あれはスライムでしょうか……」

 「てりゃ!」

 

 地下水路内の狭い通路を塞ぐようにたむろしていた数体の半透明な魔物。それは何かというならば、カラスマの知識でいえばスライムが当てはまると思われた。ただしぷるんとしたゲル状でも、どろっとしたゾル状でもなく、薄いガラス容器に収まった液体のようだとカラスマは感じていた。

 ……思われた、……感じていた。そのような感想しか彼の内に浮かんでこないのは、見えたと思った次の瞬間にはミッカが蹴散らしてしまうからだった。

 冒険者ギルドで聞いた限りによると、そもそもこの依頼で遭遇すると予想される魔物は子供でもがんばれば倒せるようなものしかいないとのことではあった。だからミッカの敵ではないのはわかりきっていたことではあったが、けがをしたカラスマのことを心配したミッカが張り切るあまりに、手を出す隙すらないとは予想外であった。

 つまり、カラスマはとぼとぼと歩いて薄暗い――一応頼りない明りは設置されている――地下水路内でミッカの背を追い、そして彼女が一瞬で倒す魔物を遠目に観察するしかやることがないのだから仕方がないということだ。

 

 「目や口どころか核みたいなものもないのですねぇ……」

 「とりゃ!」

 

 地面を跳ねるときのこつりという音や倒されるときのぱきゃりという音からスライムの質感を想像しつつ、そこらを流れる水が丸っこい形を成して通路に上がってきているのがこの魔物なのだなと、カラスマは馴染みあるスライムとの差にひそかな感動を覚える。

 そもそもあれがスライムだというのもカラスマが勝手につけた仮称でしかないが。

 

 「おっと!? わわっ!」

 「おじさん! だいじょぶ!?」

 

 油断しきっていたところで、足元にいたスライムに驚き、とっさに踏みつぶした勢いで転んだカラスマに、ミッカは慌てて駆け寄る。

 気恥ずかしさと申し訳なさで「大丈夫です」と何度も繰り返すカラスマだったが、不意にその声が止まった。

 それにまた心配を深めようとしたミッカも、すぐに同じものに気付いて押し黙った。

 

 「……ナイフ?」

 「そう……だね? リンゴとか切るやつ」

 

 これまでミッカが大量に蹴散らしていたスライムは、ただの水に戻ってその場にぶちまけられるだけだった。だから周囲環境が形を成して動き出す、妖怪みたいなものが魔物なのだろうとカラスマは確信しつつあった。

 しかしこの小さなナイフは間違いなく、カラスマが倒したスライムと入れ替わるようにして出現した。さらにいえば、足元に水がまかれた形跡もない。

 倒した魔物が消滅して武具や道具が出現する。それはカラスマにとってよく知る――そしてこよなく愛する――仕組みだった。

 

 「ドロップアイテム!」

 「ん?」

 

 普段はくたびれた印象の表情を今は輝かせ、急に大声を出したカラスマを見て、ミッカはこてんと首を傾けたのだった。

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