七話 追放おじさん
「自分で歩け、この愚図が」
「お前のせいで、通ってきた廊下が土で汚れてるじゃねぇか」
カラスマの両脇を抱えて引きずるようにして運ぶ二人が口々に罵倒する。言われる当人であるカラスマは意識こそはっきりとしているが、酷く痛めつけられた状態であるためまともに聞く余裕などなかったが。
訓練場で共に召喚された者たちから暴行されていたカラスマだったが、ミッカが止めに入ってくれたおかげで致命的なところまでエスカレートする前に助かっていた。あくまでも能力を試すための実験というつもりで振るわれた暴力であったことが、不幸中の幸いであったのかもしれない。超越的な能力でもって壊すつもりでかかられていたら、常人並みの身体でしかないカラスマはひとたまりもなかっただろう。
そのミッカはあのままテツやサク、キョウジらに食って掛かって口論になっており、カラスマだけがこうして連れてこられていた。とはいえ、城の人間であるこの二人の兵士にしても、カラスマを治療して助けてやろうなんて意図はこれっぽっちもない。もとより、「あれはいらない」とのお達しが上から出ていたのだから。
「殺されずに済んでよかったな。使徒様たちのご慈悲に感謝しろよ」
「へっ」
カラスマが投げ捨てるようにして解放されたのは城の裏口にあたる場所だった。正門以外にいくつか存在する裏口でも、位置的に不便で人気の少ないところだ。
「あいたたた」
裏口とはいえ頑丈そうな扉が閉まる重い音を聞きながら、カラスマは腰や肩を抑えつつ立ち上がる。兵士二人には随分と乱暴に扱われたものだったが、同郷の彼らから受けたものに比べればそれでも優しい扱いだった。
それは単純に、ギフトを持つ者と持たない者との間にある身体能力差ということでしかないのだが、なんであったとしても止めを刺されるようなことにはならなくてよかったなどとのんきに考えているのだった。
「ほっ」
「っ!?」
とりあえずここにいてもいいことはなかろうと考え、カラスマが歩き出そうとしたところで、軽やかな掛け声と身のこなしで人間が上から降ってきた。
窓の見えている三階から飛び降りてきたと気付いたカラスマは思わずぎょっとする。
「……迷ったから、つい」
その視線を勘違いしたらしく、当の本人は気恥ずかしそうに後頭部を撫でてなどいるが、「さすがだ」とカラスマは先ほどの訓練場での出来事を思い出した。つまりこの高さを悠々と飛び降りてきた少女――ミッカは、やはり常人を遥かに凌駕する身体能力を誇っているようだと。
「ミッカさん……でしたよね。先ほどは助けていただいてありがとうございました。ところで、どのようなご用件で?」
「覚えて……くれてた?」
「はい……ですから、ミッカさんですよね?」
「………………うん、そう。てかよーけんは何かって話だよね」
なんとも会話がかみ合っていないように感じたカラスマが深く掘り下げて聞こうとしたところで、ミッカは「ついていこうと思って」といった内容のことを遮るような早口で説明した。
その内容に驚いたうえに、どうにもうまく聞き取れなかったカラスマはのそのそと歩き出しつつも、たじろいでしまう。
「ついてくると言われましても……、ミッカさんは“使徒様”として振る舞っておいた方が無難ではないですか?」
カラスマが言ったのは大人の意見だ。色々と気に食わない点はあったとしても、後ろ盾になってくれる大きな組織があるのなら、一旦従っておくのがいいのではないのかという、そういうことだ。
しかしミッカはというと頬を膨らまさんばかりの勢いで不満そうだった。……実際にそこまで記号的な表情をしたわけではないが、とにかく気に入らなかったようだ。
「あんな奴ら知らんし。……てか、ショウが『頭を冷やしてこい』とか言ったから。あたしは言われた通りにしてやってるだけ」
どうも口げんかが行き過ぎるのを憂慮したショウによって厄介払いされたということのようだった。それならついてくるといっても、一時的に城から離れるというだけのことだろうとカラスマは納得する。
「……はぁ、まぁ、そういうことですか」
適当に納得したので適当に受け流そうとしたカラスマだったが、ミッカの方が引っかかる部分があるようだった。
「おじさんの方こそいいの? あんなひどいことされて。やり返したいとかないの?」
このミッカという学生さんは一見すると大人しそうというか、妙に落ち着いた雰囲気で話すものの、内面はむしろ優しくて正義感が強いのだなと考えていたカラスマだったが、自分の話をされていると思い出して意識を会話に戻す。
歩きながらだったがそうしてようやく心の内から見つけ出したとでもいうように、軽く手を合わせるように叩いて口を開く。
「ひどいことをする人たちでしたねぇ」
「……え? そんな他人事みたいな感想? まじ?」
目の前でまだ足を引きずるカラスマの、あまりにあっさりとした態度を見て、今度はミッカの方がぎょっとする番だった。
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