三話 神の使徒
自分はプレスル・ジュベール・ミドという貴族でこの城で働く者だと名乗った布ぐるぐる巻き男によって、一同は別室へと案内された。そこは広く、内装も豪華で、調度品などは手を触れようとも思えないほどだった。
しかし誰もそんなことに驚いたり戸惑ったりはしていない。それどころではなかった。
なにせ、適当に口にしたと誰もが思ったプレスルの言葉――「記憶が混濁しておられる」――は誤魔化しなどではなく、事実だったのだからそちらに驚き戸惑うので手一杯だ。
この休憩用にあてがわれた部屋まで歩いてくるまでに二、三人が、そしてついてからしばらくして残りの全員が、実際に体験したことを思い出していた。
学生たちは皆地面に光っていた紋様――魔法陣――に飲み込まれるようにして、この場所へとやってきた……だけではなかった。その二点間にはもう一つの出来事があったのだ。
不思議な真っ白な空間。目の前で輝くほどの存在感を放っているのに眩しくて視認できないジャスティアと名乗る何者か。そのジャスティアが神をしているというある世界では困りごとがあり、解決のための救いを求められたから見込みある者たちを熟慮の末に選抜して召喚したということ。そして助力兼報酬として極めて強力なギフトを与えると言われた……。
概ねそのような内容を口々に確認し合っている。
そんな学生たちの様子を部屋の端で見ていたカラスマは顎を撫でつつ思案する。あるいは単に困っていた。なにせ、学生たちは大体同じ体験をしていたようであるのに、カラスマが徐々に思い出してきたものだけは違っていたからだ。
不思議な真っ黒な空間。何も見えない中ではっきりと“いる”と認識できたジャシーンと名乗る何者か。ジャスティアなる者が世界間の召喚を行うようなので潜り込ませられそうな者をその辺から選んだということ。そして純粋にジャスティアとその信者への嫌がらせとしてそれなりに有用なタレントを与えると言われた……。
類似があるようで真逆なカラスマの体験だった。
「(何かこう……異世界での神と神の諍いに巻き込まれたというような雰囲気ですかねぇ……)」
脳内で思考しているだけのことにしても、妙にのんびりとしているカラスマだった。しかしこれはこれで彼は十分に困っている。事実として、どうすればいいのかもはっきりとしない。
このことをこの場でつまびらかに明かして積極的に協力関係を築こうとするべきなのか、ほのめかす程度にして様子をみるのか、あるいは全てを隠蔽して袂を分かつ前提で動くべきなのか……。
しかしカラスマが決断する必要はなかった。
その前に部屋を訪れた者によって事態が推移したからだ。元から誰も注目していなかったカラスマの存在感は、さらに薄れていく。
「初めまして、使徒様がた。私はここソノワ王国で王より宰相を任されているマイア・フランソス・ハイだ。早速だが順にこのアナライズボードへと手を置いてほしい。これはその者が神より授かった祝福を我ら人間にも理解できる形で示してくれる道具だ」
入室して早々に自己紹介、これからすること、その詳細の説明を一度に終えた人物は五十から六十歳くらいにみえる女であり、宰相という地位がぴたりと似合う雰囲気をしていた。賢そうだが冷たそう……、それがカラスマが抱いた素直な印象だった。
学生としてこういうことに慣れているからか、あるいはもっと保身的な打算か、それとも純粋な好奇心か、なんだとしても彼らはマイアに従ってぞろぞろと前に出る。そして名乗らなかったために名も知らない部下らしき連中が持つ青い半透明な板へと次々に手を置いていく。
先陣を切った「会長」が手を置いてすぐに、なぜか読める知らない文字で『シラギク――
「通常はその者の名だけを、神よりの祝福があればその名称も表示される」
傍らで補足説明をしているマイアの言葉にしても、カラスマしか聞いていないのではないかと思えた。しかし当のマイアが気にした様子はないし、カラスマは生徒指導の教師でもないのでただ黙って様子を見守る。
そしてすぐに、カラスマ以外の全員のアナライズボードによる鑑定が終了した。
明るい金髪で中肉中背の、優しい表情を崩さない男が『ショウ――
そのショウの隣にずっといる、はつらつとした黒髪ショートカットの女が『アツコ――
カラスマに先ほど話しかけてきた、華やかな印象の女が『ミッカ――
口数少ないが威圧的な存在感のある、いかにもスポーツマン然とした逆立った短髪の男が『テツ――
ほかの誰からも距離を取られている様子で、雑な脱色でむらのある白髪をした男が『サク――
長身だが猫背で長めの髪もあまり整えられていないせいで陰気そうな印象だが、意外と周囲との会話も多い男が『キョウジ――
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