二話 異世界召喚
突然爆発するように――ただし音はなく――広がった光に閉じていた目を開けると、カラスマの視界は不可解で埋まっていた。
「なんでしょう、これは。会長、わかります?」
「わたくしが知るはずもないでしょう」
近くにいた学生の集団も思い思いに驚きのリアクションをしていたが、主導的な立場にいるらしい男女二人は比較的落ち着いた様子を見せている。
「……」
それに対して声を上げるでもなく無言のカラスマは大人の落ち着きを見せている……ということでもない。不測の事態において、最初に声を上げたものは対処を押し付けられる。そんな環境に長くいた男の悲しい条件反射で静かにしているだけだった。
「おじさんは知ってる?」
「え……? いや、私も何が何だか……、はは……」
だが中でも華やかな印象の外見ながら妙に落ち着いた目つきの女子生徒――薄茶色の髪には多色の髪留めがつけられ、制服も着崩している――が、気安く話しかけてきたものだからカラスマの沈黙作戦は失敗に終わる。
といっても、ほかの学生たちは目線すら向けてこず、この状況においても通りすがりのおじさんことカラスマは背景の一部でしかないようであったが。
この状況――それは突然場所が変わったことを意味している。夜の街中で、何でもない歩道を彼らは歩いていた。少し離れたところにはコンビニも見えていたが、人通りは少なかった。だが今立っているのは屋内で、外からの光は明るく、何より見慣れない風景だった。
無機質なコンクリート建築でなければ、和風の木造でもない。言ってみればゲームで見るような城。最初に勇者が王様から使命を託される荘厳な中世ヨーロッパ風建築。そんな中に見覚えのない意匠の旗が据えられ、これまたゲームでしか見たことがないような重厚な鎧の集団が立っている。
「ようこそ、使徒様がた!」
朗々とした声が響き、それが自分たちに向けられたものだと気づくと、カラスマと学生たちはますます混乱する。どうやら鎧が目立って気付かなかっただけで、その間に非武装の人間もいたようだとは理解するが、その人間が絨毯みたいに分厚く派手な色味の布をぐるぐると巻き付けたような格好で、熱を帯びた目で「使徒様」などと呼びかけてきたのだから、意味がわからない。
これが何かの演劇の一場面だというのなら、そのストーリーを想像することもできたのかもしれないが、自分の身に……それも突然に起こったことであれば、ただただ戸惑いしか湧いてこない。
「わたくしたちのことを使徒と呼んだようですが、それはいったいどこのどなたの“使いの徒”なのでしょうか?」
だがカラスマとは違って戸惑うばかりではなかったらしい腰までの長い黒髪の女子生徒――さきほどは「会長」と呼ばれていた――は、毅然と質問で返す。言葉こそ敬語だが、遥かな高みから見下ろすような態度だった。それを感じ取ったのか、凍るような視線を向けられた先では布ぐるぐる巻き男が怯んでいる。
「使徒様がたは召喚の衝撃で記憶が混濁しておられるご様子。まずは休憩できる場所へとご案内しますので……」
しかし相手もそれなりに場数を踏んだ者ではあったようだ。黙り込んでしまうようなこともなく、すぐに表情を澄ましたものに取り繕って、大仰な仕草で部屋の出口へ腕を向けたのだった。
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