第7話 『恩寵「再現」』


〔王国歴377年 従地神月ムウンゼウルラーザ5日〕



 夕食と入浴を済ませ、寝る前にする習慣の魔法制御の訓練も終わり、そろそろ寝ようかとベッドに潜り込む時に、何となくの考えが頭をよぎった。


 『もしかして、「傀儡使くぐつつかい」って人形も操れるのでは?』という考えだ。


 傀儡くぐつって人形という意味も有った気がする。

 うーん、でも、この新居に人形が有る訳ないしな。


 そう言えば、人形と言えば、異世界で見た人形たちは「凄い」という言葉しか出ない品だったな。


 俺に一生分の記憶を見せた人間が買った人形たちなんだが、プラスチックとか言う変わった素材で造られた可動人形だ。


 確かあっちの単位で30㌢から40㌢くらいまでの高さで、本物の人間に近いところまで関節が動く構造をしていた。

 中には透明な人形も有ったりして、その人形は中に入っている部品も良く見えて、「へー、こんな風に関節を再現しているんだ」と感心した事を覚えている。


 その異世界人はそんな人形を何体も買って、それらに色々な格好をさせて、多種多様な人物像をパソコンと呼ばれる魔道具を使って絵画にしていた。

 そう言えば、手だけの人形も買っていたな。


 そして彼は本業では無いが、そのパソコンと呼ばれる魔道具で書き上げた絵画を公開して、その反応を楽しんでいた。


 そんな生活に直接貢献しないモノに情熱を注ぎ、その活動を支える様なモノを作れるくらい、こちらの世界と比較して圧倒的に進んだ文明と文化を享受していた事に今更ながらに気付かされる。


 きっとこちらの世界で造られるには何百年何千年と時間が必要な気がするな。



 う? エレムが今思い出した俺の記憶に反応したな。

 え、急に膨大な魔力を練りだした?

 とんでもない量の魔力を吸い上げられているが、知っている魔法とは似ても似つかない術式を展開している?


 魔力が何かの形を描きだした。

 もしかして、今さっき思い出した人形たちか?

 ああ、確かにあの時の人形たちだ。


 俺はほんの10秒足らずで実体化した5体の人形を呆然としばらく見ていた。

 


 エレムが嬉しそうにした直後、その内の1体に吸い込まれた。

 おお、不器用に、カクカクとした動きで、その女性を模した人形が立ち上がった。


 これまでの付き合いで一番嬉しそうな気配がエレムから伝わって来る。

 あっちの世界のラノベで読んだ「受肉」というヤツか?



 これが謎だった恩寵「再現」か。


 こんな恩寵、「精霊憑き」しか使えないのではないか?

 膨大な魔力と難解な術式を使いこなせる能力なんて精霊以外に存在するはずが無い。

 ましてや俺からも魔力を吸い取ったが、大概の人間では無事に済まない負荷が掛かった。


 もしかすれば、天陽神ゼントゼウル様は、異世界の技術や知識をこちらの世界に導入しようとされているのだろうか?


 とは言え、何でもかんでも導入するのも考え物だ。

 その辺りの舵取りは精霊のエレムがするのかもしれないな。

 そんな重責、俺の様なただの普人ヒュームには荷が重過ぎる。


 そんな事を考えていると、エレムが入り込んだ人形が胸の前で腕を組む格好をした。

 心なしか、動きがスムーズになっているし、バランスも良くなっている。


 何をするのかと見詰めていると、エレムから物資を調達して欲しいという思念が流れて来た。

 珍しい。

 どちらかというと、気ままに漂っている事が多いエレムだが、この様なお願いをされたのは初めてだ。

 採取場所は未公開のダンジョンの第2層に造るから、出来たら早めに調達して欲しいらしい。


 エレムの願いを叶える事は当然だ。

 この子が居なければ、ここまでの力を得れなかったし、何と言うかずっと一緒だったから半身みたいなものだからな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


〔王国歴377年 従地神月ムウンゼウルラーザ7日〕



 昨日帰村したグスタフソン騎士爵が、帰って早々に今日の早朝から開拓村の全員に広場に集まる様に命令を出した。


 何となくだが、未公開のダンジョン絡みの様な気がする。

 昨日の公文書提出はダンジョン発見の報告か、それとも調査開始の報告の様な気がするからだ。


 

 ちなみに昨日の西の森の探索だが、やはり北の林より1ランク上の魔獣ゴレーザー・ディエランがゴロゴロ居た。


 まあ、それくらいなら予想の範囲内だ。

 俺たち3人なら余裕を持って討伐出来る。

 ある程度強い魔獣ゴレーザー・ディエランはどちらかと言えば群れを作らないからな。せいぜい親子で行動するくらいだ。

 個別に対処が可能だ。


 問題は、魔獣化ゴレーズンした鏖殺猿ジェノヴ・エイヴィの群れの痕跡が有った事だ。

 鏖殺猿の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィは8級相当の魔獣ゴレーザー・ディエランだ。

 中堅を脱したベテランの実力派パーティでも、嫌がる相手だな。

 なんせ、鏖殺猿の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィ5頭の群れは、全員が4級討伐士で組んだパーティでさえ、油断していると不覚を取る危険な相手だからな。

 しかも、執念深く、群れの1頭を殺すと最後の1頭が死ぬまで襲って来る。


 それが10匹から15匹の群れを作って狩りをした跡が有った。

 6級相当の鏖殺猩猩の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・オラウィグが率いている可能性が高い。


 グスタフソン騎士爵には昨日の時点で報告済みだが、村人を西の森に入らせないようにしないと悲劇が起きるな。

 




「みんな、早朝から集まって貰って済まない。2つ報告がある。1つ目は良くない報告だ。西の森に鏖殺猩猩の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・オラウィグが率いている鏖殺猿の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィの集落が出来ている兆候が有る。対策が終わるまで西の森には立ち入りを禁止する」



 開拓村にとって鏖殺猿の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィという名前は忌まわしい連想をさせる。

 数十年前に鏖殺猿の魔獣ゴレーザー・ジェノヴ・エイヴィに皆殺しされた開拓村の事件が有ったのだ。

 その事件まで殺人猿の魔獣ゴレーザー・キリ・エイヴィと呼ばれていたが、その事件以降は名前も変わってしまったくらいに衝撃的な事件だった。



 グスタフソン騎士爵はみんなの反応を見た後で、声を張り上げた。


「2つ目の報告だ。一昨日、王政府に申請していた要望が通ったとの連絡が有った。その連絡とは、新たに見付けたダンジョンの帰属をこの村に正式に授与するというものだ」



 一瞬の間が有って起きた出来事は歓声だった。


 発見したダンジョンの帰属を村に認めるという言葉は、開拓村にとって最上級の吉報だ。

 端的に言えば、ダンジョンは領主に金鉱山に匹敵する富を齎す。

 更に、ヒト・モノ・カネを開拓村に齎すだけに、経済効果を考えると、金鉱山以上の価値を生み出す。


 ダンジョン誕生の裏側を知っている俺からすれば、みんなの様な新鮮な喜びに浸れないが、アルマもエッサも満面の笑みを浮かべている。



 リリーだけはピンと来ないのか不思議そうな顔をしている。


「お兄様、この村にとって良い事が起きた、って事でよろしいのでしょうか?」


 さすがに賢くて可愛いリリーでも、ピンと来ない事は有る。

 周りの喜びようから、良い事が起こった事は分かっても、大人の事情までは実感出来ないのだろう。


 だから、俺はほんの少しだけ演技を交えて、笑みを浮かべながら言って上げた。



「ああ、この村が発展する大きな理由が出来たんだ。これもきっと、リリーが来たからだな」




 俺の言葉を聞いて、後ろの2人、異世界風に言うと外野の2人が自分達こそ原因だとアピールをしだしたが、無視だ、無視。



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