第一章

五月十一日

 普通車の免許を取得し、新井を拉致する手筈を整えている俺は、奴を拉致するタイミングを伺うため、奴の会社のホームベージに記載されているプロフィールを覗き、できる限り奴の行動を予測しようとした。ホームベージにはこう書いてあった。

『新井裕太郎(二十八)、株式会社エフォートアンドドリームの代表取締役と社長の兼任。有名私大を卒業し、その後大学時代の同級生らと共に会社を設立。特技は他の社長との付き合いで始め上達したゴルフ、趣味は酒と車。一日一回終業時間後にその日あったことを頭の中で整理するために社内の喫煙所で煙草を一本、時間をかけて吸う。』

狙ってくれと言っていると思えるほど、一人で煙草を吸う時間が狙い目だ。奴の会社の清掃員にでもなりすまして奴に近づき、人を一人入れられるように改造した掃除用具を積むカートに奴を隠し、連れ去る。その後は煮るなり焼くなり俺の思いどおりになる。早速実行に移すとしよう。

 

五月十二日

俺の名は新井裕太郎。会社の代表取締役兼社長だ。事業の調子が上がって以降、ほぼ毎晩豪遊をしている。約一ヶ月前に起こした人身事故の夜も飲酒運転の状態で人を轢き、多少の面倒が起きたが些末な問題だった。警察は金と権力に従順だ。どちらかと言うと俺の車が傷ついた方が大きな問題だった。俺の車を傷つけた奴とその家族に修理費を請求しようとしたが、流石にそれはまずいと警察共に言われ自腹をきるしかなかった。この一件のせいか知らないがパパラッチどもが俺や俺の会社の従業員の周りをうろつきまわるし、その挙句には俺の会社を辞めたという奴が雑誌の編集部にパワハラだの脱税だのが日常茶飯事だった嘘をつきやがる。そもそも俺の会社は設立してから5年しか経っていないし、会社が儲けている分給料も良くしてるから入ってくる奴、入ってこようとしてる奴はそれなりにいるが、出ていく奴はまだ一人もいない。それなのに雑誌の編集部はウラがとれていないでまかせの記事を書きやがるし、それを読んだバカ共は鵜呑みにして俺を悪人と決めつけて、罵詈雑言を放ってくる。そのせいでストレスが溜まり、前まで一日一本だった煙草は二本、三本と日を追う事に増えていった。今日も例の記事のせいで周りからの視線が気になってしょうがなかったが、うぬぼれや気のせいなんかではなく、確かに俺に向けられた視線を感じた。鳥肌が立ち、悪寒がする程の冷えきった鋭い視線だったが、どこからかは分からなかった。会社につくと中山健が不思議がりながら話しかけてきた。

「裕太郎おはよう。早速で悪いんだが……」

中山健(二十七)、建築学科卒。大学時代の四人の親友のうちの一人であり、最初に友人になった男だ。健は自分に自信がないのかあまり自分の意見を話さない。ただ意見を求めるとかなりの確率で的確な意見をくれるため、慎重派で思慮深いといえる。会社の重役のうちの一人である。健は占いを趣味にしており、占いの結果で周りを振り回すことがたまにある。信心深いかどうか分からないがそれが面白く、一緒に遊ぶようになった。

「美香からなんか連絡無かったか?」

俺はスマホを確認してみるが美香からの連絡はない。

鈴原美香(二十七)、人文学科卒。俺の大学時代の親友のうちの一人であり、彼女でもある。大学時代から金遣いが荒く貯金ができなかったが、もういい大人なんだし将来のことも考えて金遣いの荒さは直したほうがいいんじゃないかというと、彼女は「そんな癖はもう直したわ」と言い、貯金残高がかなりある預金通帳を見せてくれた。真面目に社会人として働きだし、計画性と自制心を身に着けたはずの美香からの連絡は来ていないのは確かに違和感がある。

「美香っていつも朝早いし、遅刻とかしないだろ?電車が遅延でもすりゃ遅刻してくるかもしれないが、その時は連絡くれるしな。だけどもう始業時間になっちまうし……。なんか嫌な予感がしてな。朝のテレビの占いで美香の星座のさそり座が最下位だったし、裕太の星座のおうし座は下から二番目だったから、何となく、な。」

嫌な予感は俺もうっすらと感じていた。証拠として朝の俺に向けられた冷えきった視線……普段占いを信じない俺でも今日の占いは当たってるんじゃないかと感じた。健は続けて言った。

「そういえば……幸一も来てないんだけど、連絡来てるか?あいつの酒癖は大学の時からひどかったが、うちの会社が軌道に乗り始めてからは調子に乗って、もっとひどくなったよな。前も酒の飲みすぎで起きられなくなって、仕事すっぽかしたからなあいつ。あの時は俺が代わって何とか出来たからいいけどよ……なんであんな酒飲みでだらしないのに成績だけはいいんだか。」

木下幸一(二十九)、留年経験ありの経営学科卒。大学時代の親友のうちの一人で、会社の稼ぎ頭である。ある酒場で泥酔しているところを気まぐれで介抱したのが腐れ縁の始まりで、その日以降絡まれるようになった。だらしない割には博識で、話してみると面白いやつだと思い、本格的に友達付き合いを始めた。今では何か経営などで悩むと、真っ先に相談をしたりするほど信頼していた。あいつは俺たちが見ていないところでも頭を使っているから、酒癖ぐらいは大目に見ている。それでも、二日酔いで会社に行けないと連絡はくれるから若干心配でもある。健と二人で話していると、春奈が話しかけてきた。

「幸一はともかく、美香まで連絡してこないなんて珍しいこともあるんだね。何か恐ろしいことの前触れだったりして……。なんてね、冗談だよ。もしかしたら幸一は二日酔いでダウンしているから連絡できない、美香は急に外せない用事が入って、連絡できるほど余裕がない……とかかな。あんまり心配しなくても大丈夫でしょ、二人ともいい大人だしね」

松本春奈(二十八)、民俗学を専攻していた。四人いる親友の最後の一人である。座右の銘は『事実は小説よりも奇なり』でサスペンスやミステリー、ホラー小説を読んだり、映画を見たりするのが趣味だが、それが高じて廃墟探検も一時期趣味にしていたらしい。俺と知り合った時にはもう廃墟探検から引退しており、美香が春奈と高校時代からの親友だからか、廃墟探検の現役時代を知っているのは美香だけだ。男女問わず話しやすいため、人脈が広い。春奈から心配しなくても大丈夫だよと言われたが、どうしてもいやな予感が振り払えなかった午前十時頃、美香からトークアプリで連絡が来た。

『ごめん……今日は会社行けそうにないや』

『どうした?風邪でも引いたか?』

『そうなの……朝に連絡できなかったのは、朝イチで病院に行ってたから、ごめんね』

『気にしなくていいよ。早く治るといいな。』

『うん。ありがとう。』

『今日仕事帰りに見舞い行くよ。なんか食べたいものある?』

『その事なんだけど……風邪をあなたや会社の人に移したくないから家には来ないで欲しいなって……』

『そっか……わかった。お大事にな。』

『ありがとう。早く治すためにも今から寝るね。おやすみ。』

『おやすみ』

美香との連絡が取れたことで、朝に健と話したことで生じていた不安が一気に解消された。健にも後で教えてやろう。そう考えていると外回り中の健から連絡が来た。

『今大丈夫か?』

『大丈夫だけど……なんかあったか?』

『いや……大したことじゃないんだけど……午後にも一個行かなきゃいけない取引先がいるからさ、会社に戻らないで直接行って、そのまま今日は直帰しようと思ってるんだが、大丈夫か?』

『ああ、別にいいよ』

『サンキューな。あと話は変わるんだが、美香から連絡来たか?』

『連絡来たよ。風邪ひいて病院に朝イチで行ってたって。風邪移したくないから見舞いには来ないで欲しいってさ』

『そうか……風邪ひいただけか、やっぱ心配しすぎだったか。さっきまで取引先と会議してたんだが、正直気が気じゃなくて、集中できなかったんだ。』

『真面目に会議に参加してくれよ、まだうちの会社は伸び盛りなんだからさ』

『ハイハイ、わかってるって。午後からは真面目に仕事するからお説教はやめてくれ』

昼休憩中、春奈に先程美香と連絡が取れたことを話すと春奈は安心したように息を吐いた。気にしないようにしていてもやはり不安だったのだろう。すっかり安心した俺は午後から外回りに行く春奈を見送ると、午後の仕事にとりかかった。午後三時ごろ、春奈からも今日は直帰すると連絡がきたため、了解の返事をした。その後は何事もなく、せわしなく時が進み終業時間になった。今日もいつもの習慣である一人煙草を社内の喫煙所で吸って、帰宅した。

 

五月十三日

今日も通勤中に昨日感じた視線と全く同じ視線を感じた。やはり気のせいではないと確信を持ったが、視線を感じたほうを見ても怪しい人間はいない。昨日は駅を出たら視線を感じなくなったのに、今日は駅を出て会社まで歩いている道の途中でも視線を感じる。この道は大通りで様々な店が立ち並び、そこを抜けるとオフィス街に出る。そのためこの道を朝の通勤時間に通る人間はかなり多く、ほとんどがスーツ姿だから怪しい奴を特定できない。さらに視線を感じるといっていちいち振り返ってみたり周りを見渡そうとすれば俺が不審者扱いされる。二つの問題により、犯人を確かめることができず、せめてもの抵抗で早歩きで会社に向かった。会社に入ると視線はなくなったが、これで視線の主に会社を知られてしまった。警察は実害がないと捜査しない木偶の坊のため、誰に相談しようか迷ったが、とりあえず健たちに相談することにした。

「健、春奈、おはよう。早速で悪いんだが相談があって……」

「あら、おはよう」

「おはよう裕太郎。実は俺も春奈も相談したいことがあって、裕太郎を待ってたんだ。」

「二人も何かあったのか?先に聞かせてくれ」

「実は、春奈も俺も誰かにストーキングされてるかもしれないんだ。昨日の朝から外にいる間はずっと視線を感じるんだ。」

「昨日は私たち直帰したじゃない?取引先の会社を出た瞬間から視線を感じるの。それが家までついてきて……すごい怖かった」

「二人もストーキングされてるのか……。実は、俺も昨日の朝からストーキングされてる気がして、いろんなところから視線を感じるんだ。昨日は駅を出たあたりで消えたんだが、今日の朝に至っては会社の目の前までついてきたんだ。気が気じゃなかったよ、犯人もわからずじまいだし」

「何されるかわからなくて怖いから、今日は一緒に帰らない?」

「俺もそれがいいと思うけど、警察に相談はしなくていいのか?」

「相談してもなあ……襲われたとか怪我させられたとかじゃないから警察も取り合ってくれないだろ、あいつら使えねえからな」

「それもそうか……じゃあとりあえず今のところは俺たちで何とかするしかないか」

「そうだ、ちょうど思い出したんだがちょっと前までどこぞの雑誌の記者たちが俺たちの周りをうろついてたよな。またうろつき始めたんじゃないか?」

「そうだ、その可能性もあるわね。まあ何にしろとりあえず私たちで頑張りましょ。……そういえば美香と幸一は?今日も来てないみたいだけど」

「美香からは連絡がきたよ。風邪は治った気がするけど、大事をとって今日は休んで明日には必ず行くって言ってたな。幸一からは今日も連絡来てないな」

「二日連続で連絡なしなのはさすがに心配だな……。こっちから電話してみるか」

健が、電話で幸一に電話をかけると、数秒の発信音の後、帰ってきたのは耳を疑うような音声アナウンスだった。

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』

俺は驚いて声が出なかった。二人も目を見開いてい驚いているように見える。昨日は連絡を取らなかったが、一昨日は一緒に飲んだから連絡を取った。昨日の間に携帯を新しくしたのか?でも電話番号は引継ぎができるから電話番号を変更する理由はない。持っていた携帯をどこかで落としてなくしたから新しくしたのか?それでも引き継ぎは可能のはずだが……。理由がわからず混乱してくる。そうしていると幸一の電話に何度もかけなおしていた健が自分に言い聞かせるように言った。

「こうなったら……幸一の家に行って様子見に行こうぜ。あいつ携帯新しくして、気分転換とか言って番号も新しくしたんだろ。それで、俺たちに番号新しくしたって連絡しようとしたけど俺たちの番号が思い出せないし、引継ぎもミスったからトークアプリのデータもなくなった。だから俺たちに連絡してこなかった。で、どうしようもなくなったからやけ酒してる……って状況なんだろ」

「まあ、健の予想があってるかどうかはわかんないけど、様子は見に行こうか。二日間音沙汰無しはちょっと心配だし」

「そうだな、じゃあ今日の仕事が終わったら三人で幸一に会いに行くか」

そう言って解散しそれぞれの仕事を始めた。健はその後、空いた時間があれば電話をかけなおしているが、帰ってくる言葉は最初に聞いた音声アナウンスのみ。その後は何事も起こらず終業時間を迎え、朝に話し合った通り三人で幸一の家に向かった。向かっている途中に、昨日から感じていた視線をまた感じたので、そのことを二人に話すと二人も昨日から感じていた視線と同じ気がすると答えた。ちょうど帰宅時間のため、人通りは多い。そのせいで犯人を捜そうとしても分からないし、今は幸一のほうが重要だろう。

 幸一の家は都市部のマンションであるため人通りが多いままであり、幸一の家に着くまで視線も着いてきた。逃げるようにマンション内に入ると、インターホンで幸一に呼びかけたが全く反応がない。鍵もかかっているし、中の様子を確認できない。そこで管理人の人に事情を話して、鍵屋を読んでもらい管理人立会いの下、鍵を開けてもらった。中に入ると普通の光景が広がっていた。男の一人暮らしにしては片付いている部屋には誰もいなかった。いたずらかと思い、部屋中を探し回ったがどこにもいない。もしかして家に帰っていないのかと思い、管理人に監視カメラを見せてもらったが、一昨日夜、帰ってくる幸一がしっかり映っていた。帰ってきていたことは確定したのだが幸一はどこに消えたのか。最近嫌なものに付きまとわれている俺たちは嫌な予感がしてならなかった。監視カメラをよく見ていると、顔が監視カメラに映らないままマンションを出入りした人間が一昨日から今日までの間に三人いた。黒い帽子をかぶり黒い服を着た全身黒づくめの男、配達員のような見た目の男、目深につば広の帽子をかぶった女だった。黒づくめの男が大きなキャリーバッグ、配達員は複数の段ボールを積んだ台車、帽子をかぶった女はボストンキャリーを持っていた。それぞれが大人一人を中に入れて持ち運べそうなものを持っており、誰もが怪しく見える。しかしこれ以上に分かったことはなく、俺たちはもう帰ることしかできなかった。管理人に礼を言い、マンションをあとにした。

 帰り道の途中、帰り道を行く俺たちは一言も話さなかった。昨日から感じ続けていた嫌な予感が大きくなってくる。その時、また例の視線を感じ、とっさに振り返ると人影が見えた。健と春奈も俺につられて振り返り、奴の姿を確かめたようで、おびえていた。もう日が落ちて暗くなって顔も見えないし、身長や体形にこれといった特徴もなく、男か女かもわからない。ただすっかり恐怖に飲まれた俺たちは足早にそこから離れることしかできなかった。駅まで戻ってくることができたが、恐怖を感じていた俺たちはろくに会話ができなかった。健が今日は全員誰かの家に泊まるべきだと言い出した。確かに、一緒に帰るといっても家の方向が違うため途中で別れることになってしまうし、あんなことがあった後だといつもより一人になるのが恐ろしく感じる。その亜ため、健の提案を承諾し、駅から一番近く、広さもある俺の家に二人を泊めることにした。幸一の家に行ったり、帰り道の途中で夕飯を食べたりしたから、家に着くころには八時半頃だった。春奈が風呂に入っていて、俺と健は静寂に耐えられず適当なニュース番組を見ていた。連続殺人犯の四人目の犠牲者が出てしまったという話だったが、今は聞いていられなかった。リモコンを持っている健にチャンネルを変えてほしいと言った時に、美香から連絡がきた。すっかり風邪が治ったから、明日から会社に復帰するとのことだった。病み上がりだから明日はあまり無理するなよと返事をしておいた。健に美香から連絡がきたことを伝えたが、そうか、と一言だけで表情は暗いままだった。風呂から出てきた春奈にも伝えたが、よかったわねと一言いうのみで、顔にいつもの明るさは戻らなかった。昨日の朝から何者かによってされ続けているストーキング、幸一の失踪、暗闇にたたずんでいた謎の人物、ストーキングをしてくる奴らと謎の人物の関係、俺たちが狙われている理由、これらが俺たち三人の頭の中を支配していた。それでも眠ろうとして、頭から無理やり振り払おうと違うことを考えようともしたが、一向に頭から離れなかった。けれど、それらをぼんやりと考えているうちに眠っていてしまったみたいだった。


五月十四日

昨日はまともに寝られなかったからひどく頭が痛むが、それでも今日は仕事がある。ほかの二人もよく寝られなかったのか調子が悪そうだった。俺たちは調子が悪い体を無理やり奮い立たせて、支度を済ませ三人そろって会社に向かった。会社に向かう前に今日の運勢を確認するため健が見ていたニュースでは少女行方不明の話をしていた。

『立花美由紀さんが行方不明になってから今日でちょうど十年となりました。三年前に警察は、生存推定期間の七年が終了し見つかっても生存の見込みがないとして捜索を打ち切っています。それ以降、立花さんの両親はボランティアの捜索隊の協力のもと行方不明となった地域周辺を範囲を広げながら捜索し続けています。立花さんの母親は、せめて死ぬ前にもう一度だけ、美由紀さんに会いたいと話しました。さらに美由紀さんが行方不明となった原因の人物について、何があっても許すことはないとコメントしています』

 そんな事件もあったなとぼんやり考えていると、春奈がもう会社に行く時間だよと言い、テレビの電源を切った。会社に向かっている途中、一昨日から感じ続けている視線を昨日までよりも強く感じるようになった。ついてきている人数が増えたのか、俺たちの心が弱ってきているからなのか定かではないが自然と足早になってしまう。二人もそれを感じているようで、何も言わずとも俺と同じように足早になっていた。傍から見れば三人そろって早足の俺たちが一番怪しく見えるだろうが、もうそんなことを考えている余裕などはなかった。昨日までは視線は会社の中には入ってきてはいなかったから会社につけば大丈夫と安心していたが、今日に限っては会社に入っても視線を感じる。三人しか載っていないはずのエレベーターでもそれ以上の人の気配を感じ、振り返ってみるがそこにあるのは鏡とそれに映った三人で、三人のおびえた顔が滑稽に映っていた。朝のうちにすっかり気をやられてしまった俺たちをオフィスで待っていたのは浮かない顔をした美香だった。俺たちを見ると明るく挨拶してきたため挨拶を返したが、途端に暗い顔になってしまうから理由を聞こうとしたら美香が先に問いかけてきた。

「三人とも……何かあった?息も乱れてるし、なんかそわそわしてるし。」

「まあ……いろいろあってな。でも美香こそ何かあったんじゃないか?さっき暗い顔してたろ」

「うん……実は、誰かが私の周りをうろうろしていて、ずっと見られてるような気がするの。気のせいなのかな」

「いや、気のせいじゃないと思う。俺たちも誰かにずっとつきまとわれてるんだ。ただ見てくるだけでほかには何もしてこない。直接何かされたわけじゃないが気味が悪くて仕方ないよ。しかもそれが一昨日からずっとだ、参っちゃうよ」

「それに……美香が風邪で休んでる二日間、幸一が会社に来ないし、連絡もしてこないの。それで昨日幸一の家に様子を見に行ってみたんだけど、家に幸一がいなくて……。監視カメラを見せてもらったら、家に帰ってることは確かだったから、誰かにバッグか何かに詰められてさらわれたかもしれない……。何がどうなってるの?」

大学時代からつるんでいる五人が何者かに狙われていて、すでに幸一はさらわれたとみていい。だが、犯人はなぜ俺たち五人を狙うのか、五人に共通して恨みを持つ人間などいないはずだし、美香や春奈にフられた奴らの逆恨みだとしても関係がない幸一をさらうなんてことするのか?疑問は増えていく一方だが、我々は社会人であり、仕事は今日も山積みなので、とりあえず仕事を始めるしかなかった。それぞれがそれぞれの仕事を始めるがいまいち仕事に身が入らない。これから外回りがある健と春奈は、心底外に出たくはなさそうだったが観念して出て行った。五分もたたず、健から誰かに見られていると連絡が届き、春奈からも同様の連絡が届いた。今日はお得意先がうちの会社に来る予定になっていて会社を離れることはできないから二人には応援のメッセージを送るほかなかった。会社に来たお得意先と応接室で商談をしている間に社内でも事件が起きた。商談が始まってすぐ、十時頃に美香がトイレに行ったっきり一時間たっても戻らないという。確認のため一番近いトイレを見に行ったが個室の中にもいなかったらしい。その後手分けして社内中のトイレを確認したがどこにもいなかった。血迷った挙句、男子トイレの中も確認し始めたが当然いなかった。その後社内中を探し回ったが美香を見つけることができなかった。何か用事が出来て、外に出て行ったのかもしれないと思ったが誰にも伝言を残していないのは不自然だ。ここで俺は幸一と同様に、誰かに連れ去られた可能性を考え始めた。そこで、受付の人に十時頃出入りした人間がいなかったかと聞いたところ、今日の商談のために来たお得意先の一行だけだと答えた。監視カメラも確かめたが間違いはなかった。監視カメラの映像が改ざんされている可能性もあるが素人目にはわからないだろう。お得意先の人たちは俺が出迎えて社内の案内として一緒に行動していたため、美香をさらう隙なんて無かったはずだ。つまり美香は会社の中から忽然と消えてしまったことになる。手当たり次第に社内の人に美香のことを聞いて回った。違う部署の人たちにも聞いたし、清掃員にも聞いてみたが特にめぼしい情報はなかった。電話して発信音を探ってみたが美香の電話が見つかったのはトイレの一番奥の個室、その便器のタンクの中だった。社内から急に人が消えるのはさすがに事件だと思い、警察を呼ぶことにして、健と春奈にも商談が終わり次第急いで戻ってきてくれと連絡しておいた。警察は五分程度で到着し、社内の人たちに事情聴取を始めた。社員たちからはすでに俺が事情聴取を行っているから目新しい情報は出てこないだろう。警察にも監視カメラを確認してもらい、映像がすり替えられている等の痕跡がないか確かめてもらったが、不自然なつなぎ目などはないためおそらく改ざん等はされていないということだった。警察が社内の捜索を開始しようとしているとき、健から今終わったからこれから帰ると連絡がきた。そのすぐ後に春奈からも今から戻るねと連絡が届いた。しかし、警察の社内捜索が終わり、警察が撤収しても二人は戻ってこなかった。美香がいなくなったばかりか、健と春奈もいなくなってしまった。すっかり日も暮れ、終業時間になったとき、俺はいつもの習慣であるタバコを吸いに行った。いつもよりも速いペースでタバコをふかし続けていると清掃員が入ってきた。

「頼むから今は一人にしてくれないか?俺のせいで帰るのが遅くなるようなら残業代でも出してやるから」

「やめておいたほうがいいと思いますよ。次にさらわれるのはあなたかもしれませんし、一人になるのはよくないと思います」

「なんで、次にさらわれるのが俺だって言うんだ?」

「今日さらわれた美香さん……あなたと付き合ってらっしゃるでしょう?恋人が誘拐されたら次に誘拐されるのはその片割れ……。さらった犯人はあなたか美香さんの元交際相手で、復讐のため二人を誘拐する……。小説なんかではよくある話ですよ」

「ここは現実だ。作家の都合のいいように作られた世界なんかじゃねえ。そんな三流作家が書きそうな犯人の動機で誘拐されてたまるかよ」

「そうですか……まあ、昔の偉人か作家だったかは忘れましたが、『事実は小説よりも奇なり』なんて言っている人もいたんですよ。何が起きても不思議じゃない、世界をわかりきってる人間なんてこの世にはいないんですからね。世界をわかりきった奴から死んでいくんじゃないかと私は思います。私みたいな若輩者が言うのもなんですが」

「何言ってんだよ、急に変なこと言いだしやがって、今はお説教なんか聞く気じゃないんだ。一人にしてくれよ頼むから!」

「そうですか……後悔すると思いますよ。せっかくご友人たちに会わせてあげようと思ったのに」

「は?何を言って……!」

奴は俺の言葉を遮るように俺の体に何かを押し当てた。それはバチバチッと激しい音を鳴らして俺に激痛を与えた後、意識を奪った。意識が薄れていく間際、奴の声が聞こえた。

「これで最後だな……そこそこてこずらせやがったな、こいつら」

 

 目を覚ますと廃工場のような場所にいた。地面に座った状態で手を柱に縛り付けられており、動けない。右隣の柱には何故か美香が同じ状態で縛り付けられていた。誘拐された美香はここに連れてこられていたのか。左隣には健が縛られていた。健は午後の取引先から帰ってくると連絡していたが、健も美香と同じように誘拐されている。俺の右斜め前には幸一がいた。幸一だけは最近一度も連絡が取れなかったがこんな目にあっていたとは。左斜め前には春奈がいた。眠らされているのかぐったりしていて起きる気配がない。よく見ると俺以外の四人の口が布でふさがれていた。さっきまで気絶していた俺は、隣の美香に呼びかけるが、美香も気絶しているのか反応がない。そうしていると俺達以外の人の気配を感じた。今まで悩まされていた冷えきった鋭い視線が暗闇の中から向けられている。視線の主は目が覚めたかと暗闇の中から呼びかけて来た。

「誰だお前は!?さっさとこの縄をほどきがれ!」

臆することなく暗闇に向かって吠えると、視線の主がゆっくりと暗闇から出て来た。その姿には見覚えがある。

 

「質問にはひとつずつ答えてやる。一つ目、俺の名前は四十万一。四月十三日、お前が車で轢き殺した四十万敏行の息子だよ。二つ目に縄だが……お前が生きている間には決してほどかない。」

新井は激しく動揺している。四十万の名前に聞き覚えがあったからだろう。なければこちらが困るが。奴はまた声を張り上げながら質問をしてきた。

「何のつもりだよ!?復讐のためだとしても俺以外の四人は関係ないだろ!?どういうつもりだ!?」

「質問が多いな。まあ一つずつ答えてやるからそんな声を荒らげるな。一つ目、何のつもりか……自分で答えを言ってたじゃないか。復讐のためだよ。二つ目、お前以外の四人について……俺はそいつらにあまり興味はないが、そいつらに復讐したい人間は意外といるもんだ。いわば復讐代行だよ。三つ目、どういうつもりか……殺すつもりだよ、お前ら全員」

新井を殺すため奴の大学時代のことを調べていると、新井には親友四人がいることが分かった。最初はこいつらを新井を釣るための道具にでも使おうと思っていたが、こいつらには誰にも話せない黒い過去があり、それのせいで不幸になった人間がいることが分かった。俺はその人たちに会いに行った。その人たちが恨みを持っている人間たちすべてとつながっている新井が俺の恨みの対象であり、新井に復讐を遂げるとともに、それ以外の四人には俺の復讐のための道具にする。その四人にも望むなら裁きを下すか、そしてその内容を決めてほしいと打ち明けた。すると彼らは涙ぐみながらあいつは死んで当然の人間だから、頼むからできるだけむごたらしく殺してくれと言った。年齢のせいで罪に問えなかったり、犯罪として立件されることがなかったり、事故として処理されてしまったため、奴らは公的な裁きを受けていないという。彼らは司法に絶望していた。もう怒りも消え、諦めや無力感が心の内を埋め尽くし切っていた時、俺が訪ねてきたらしい。彼らは決してこのことを他言せず、協力も惜しまないと約束してくれた。彼らのためにも俺は必ず、こいつらを地獄に落とさなければならない。彼らの涙ながらの頼みを思い返していると、また新井が口を開いた。

「俺に復讐なんてお門違いだろ!てめえは親父が死んで、俺は車が傷ついたんだからおあいこだろうが。知らねえジジイの命なんかより俺の車のほうが価値があるんだから、俺が復讐するほうが理にかなってるんだよ!分かったらさっさと縄をほどけ!」

いかれた奴のいかれた主張を聞いていると、声の大きさも相まって頭が痛くなってくる。だが、その声の大きさでほかの四人も目を覚ました。一斉に状況把握のため口を開きだすが、猿轡で話せないようにしたから四人は唸ることしかできない。俺は新井に猿轡をかませ黙らせると、鈴原美香の猿轡を外し、話せるようにした。

「ではこれより、粛清裁判を開廷いたします。原告は代表者として田山義弘さん、こちらにどうぞ。被告人は鈴原美香、弁護人は新井裕太郎、中山健、木下幸一、松本春奈の四名。えー鈴原の罪状は売春行為と、売春行為を性被害として告発し示談金をせしめた行為の二つになります。相手方の田山さんはこれにより、会社をクビになり、鈴原が相手方たちの名前をSNSで公開していたため再就職もできず、そのストレスで精神障害を患い、現在は生活保護と自治体の手当で他人の目におびえながら生活しています。ほかには佐藤克也さんや飯島博人さん等は自殺をしてしまっています。ほかにも何人か被害を受けた人はいますがそれぞれ社会復帰が困難になり、まともな生活はしていません。原告たちは鈴原被告に死刑を求刑しています。弁護団側は何か反論がありますか?」

猿轡をかませたため新井以外は話そうと思っても話せないが、唖然として言葉もないようだった。鈴原は「私は悪くない、あいつが悪い」と繰り返している。新井は何かを必死で話そうとしているが言葉になることはないし、聞く気もないため無視した。

「弁護団側からの反論はないようなので、このままだと鈴原被告は死刑となります。そのため鈴原被告に最後のチャンスとして自己弁護の機会を与えようと思います。何かあればどうぞ」

「こんなことして許されると思ってるの!?昔の話なんてどうでもいいし、もうどうにもならないし、なんで今さらこんなことされなきゃいけないの!?そもそも売春なんかやってない!適当なこと言わないで!私がやってたのはパパ活で健全なの!そんな汚らわしいものなんかと一緒にしないで!このことは誰にも言わないし黙っててあげるからさっさとこれ外して家に帰して!」

「反省してないなこれは……。これは死んで当然の女だって言われても仕方ないな」

「反省なんてするわけないでしょ!?あんなきもいおっさんたちから金もらって何が悪いのよ!あんな奴らが持ってるよりも私が使ってやったほうが有意義よ!それにきもいおっさんに少しでもいい夢見せてやったんだから当然の報酬でしょ!」

「性根まで汚い女だな……。最初お前を拉致してきたとき少し楽しませてもらおうと思ったんだが、汚れた女だからってやめといて正解だったぜ。……さて、自己弁護の機会を与えたのが間違いだったと確信できるほどひどい自己弁護でしたが、原告側、何かありますか?」

「いえ、特には何も……。早くこいつを殺してください。声を聴いているだけで、怒りが湧き出て耐えられなくなりそうです」

「そうですね、ではそろそろ判決に移りたいと思います。被告人鈴原美香は、複数の人間の人生を再起不能にまで追い込んだだけでなく、人の命までをも奪った。その行いは自らの意志によって行われたものであり、悪意の認識は十分だったといえる。さらに反省の色もなく開き直り、更生の余地はなしといえます。よって被告人鈴原美香を、死刑に処します。それではこれより、死刑を執行したいと思います」

「ふざけたこと言わないで!私はあいつらに買われたの!私は被害者!あいつらが逆恨みしてるだけ!」

「そうだな、逆恨みかもな。でも客は売り物しか買えないんだよ、売り始めた時点でお前の負けなんだよ。それに逆恨みだろうが何だろうが、お前は他人に死を願われていることに変わりはないんだ。」

そういって美香専用の処刑道具がある場所をライトで照らした。

「なに……あれ。ほんとに殺す気?冗談でしょ?なんで私が殺されなきゃいけないの?ねえ、謝る!謝るから許して!」

「被告人がそう言っていますが……どうします?許すか許さないかは田山さんが決めてください」

「絶対に許しません。早くあいつが死の痛みに苦しむ顔が見たいです。それだけが今の私の願いですから」

「そういうわけなので、被告人の鈴原は諦めるように」

「待って!なんでもする!今持ってるお金全部あげるし、この体も好きにしていいから!なんでもするから殺さないで!」

「なんでもする……?じゃあごちゃごちゃ抜かしてないでさっさと死んでくれ。お前は死んで当然の人間なんだ。生きていても何の意味も価値もない、周りに厄災を振りまくだけの疫病神なんだからな」

そういわれると、鈴原は狂ったようにわめきだし、泣き散らした。これでは死刑執行ができないので二、三発殴って黙らせ、処刑台まで引きずっていった。服をすべて脱がせ、鈴原の体を大の字になるように固定した。その下には鋭くとがった大きな槍が鎮座していた。

「待って!殺さないで!謝る!私が悪かったから!私が謝るって言ってんだからさっさとこれ外せ!おい!聞こえてんでしょ!」

「何回も謝る謝るって言ってた割にはあの状況になってもごめんなさいの一言もないし、逆切れしてくるし。売春なんかやる女は怖いもんですね」

「あんな異常な精神状態なんだから売春なんて汚いもの始めるんでしょうね」

「おい、新井!お前が結婚しようとしてたのはこんなどうしようもない女なんだから、それをわざわざ始末してやる俺に感謝しろよ。さて、田山さん……あなたに殺人の責は負わせたくないので装置起動のボタンは私が押します。田山さんはあいつの近くに行って、苦しむ顔を目の前で見てやってください」

「はい、そうします。四十万さんありがとう。あなたのおかげで私の気持ちが晴れますよ。明日からは今までより前向きに生きていけそうです」

「それはよかった」

田山が鈴原の近くに行ったことを確認し、死刑執行の開始の合図を送った。槍は鈴原が縛られているほうに、上に動き出した。槍の先端が鈴原の股に触れ、鈴原は悲鳴を上げる。鋭く磨かれた槍は鈴原の体の中の肉を貫いていく。槍が体の中を進むにつれ、悲鳴も大きくなっていき、槍に滴る血の量も増えていく。体の真ん中あたりまで進んだところで鈴原が気絶してしまったが、間近で見ていた田山が鈴原の気絶に気づき、俺に合図を送ってくれた。合図を受け取った俺は槍に電流を流すことで鈴原の意識を呼び戻した。胸のあたりまで槍が進むと鈴原の体に槍が浮き出ているのがはっきりと分かった。鈴原が悲鳴をあげなくなったため、田山が何度も呼びかけたり、電流を流してみるが反応がなく、絶命していると判断した。最後の仕上げとして一思いに槍を突き上げ、股から口までを貫いた。槍は鈴原の口から飛び出し、先端を鈴原の臓物と血で赤く染めていた。鈴原の処刑が終了し、最後まで見届けた田山は、本当にありがとうと礼を言い残し、暗闇の中に去っていった。鈴原の死はほかの四人に恐怖を刻み込んだ。もう逆らうことはできないだろう。

「なかなか時間がかかってしまったが、ようやく一人目の裁判が終わったな。まあ安心しろ、今日は長くなるからな。お前ら全員今日のうちに殺してやるからありがたく思ってくれよ。……さて二人目の裁判に移りましょうか。原告は井上良子さん。被告は木下幸一。さっき弁護団は仕事しなかったし、今回からいなくてもいいか。被告の罪状は殺人。今から六年前、あるサークルの新入生歓迎会がありました。そこでは十人近くが集まって居酒屋で酒を飲んだり、つまみを食べたり、おしゃべりをしていたそうですね。そこにいたのは先日二十歳になったばかりの井上俊樹君。お酒は初めてだから控えめに飲んでいたのに、ノリが悪いと言われたあげく周りもそれに乗せられ、俊樹君をあおりまくった。初めてのお酒と初めてだった飲み会、そしてその集まりの中では一番年下だった俊樹君は断り切れず、そこそこの度数のお酒を一気飲みしてしまった。発症する急性アルコール中毒、俊樹君はもともとお酒に弱かったのか一気に重症になってしまったが、周りは冗談だと思って倒れこむ俊樹君を囲んでげらげら笑ってたそうで。でもそのうちの一人が俊樹君が呼吸をしていないことに気づいた。みんなパニック状態に陥り、救急車を呼ぼうとしたのは一人もいなかったと。結局隣の席で新入社員の歓迎会をやっていた人たちが救急車を呼びましたが、俊樹君は助かりませんでした。あと五分か十分でもあれば俊樹君は助かったかもしれないが、その時はみんなで死にかけている俊樹君を笑いものにしていた時だった。すべての元凶である最初に俊樹君をあおったのが、木下被告だった。そして、警察はこの件については事故として処理した。井上さん、今の話に間違いはないですか?」

「はい、間違いないです。警察はこの事件を不運な事故だと言って……。事故なわけない!俊樹はあいつらに殺された……。あの男が親玉です。あの男が……俊樹を殺したんです」

「ということだが木下、何か弁明はあるか?あまり聞く気はないが一応裁判の体裁を保っておかねばならないからな」

「俺のほかにも……飲み会に参加してたやつがいたはずだ。なんで俺だけがこんな目に合うんだよ!?答えてみろよ!」

「答えてやるから安心しろ。理由は三つ……。一つ目、お前が新井の友人だから、俺が新井に復讐するついででこんな目に合ってる。文句を言うなら新井に言え。二つ目、俊樹君が死んだ原因だから。お前が俊樹君に一気飲みコールなんかしたからこうなってるんだ、恨むなら過去の自分でも恨んでろ。そして三つ目、意外かもしれないが別にお前だけがこんな目に合ってるんじゃない。お前は真っ先に眠らせてここに連れてきたから知らないだろうけど、今、世間を騒がせてる連続殺人事件ってニュースがある。あれで殺されてるのは、あの時俊樹君に一気飲みさせたお前のサークルの友人たちだ。何事にも協力者がいるとスムーズに物事が進められる。協力ってのはいいもんですね、井上さん。」

「そうですね。四十万さんや、ほかの人達にも協力してもらってここまで成し遂げられました。俊樹を死に追いやった者たちはすべて私の手で葬ってきましたが、それもこれで最後なんですね。本当にありがとうございます、四十万さん。それに、皆様も」

「感謝はこいつを殺してからで結構ですよ。さて、じゃあそろそろ木下に自己弁護の機会でも与えるとするか。なんか言いたいことでもあるか?」

「……あれはただの事故だ。俺は悪くないし俺以外の奴も悪くなんかない。強いて言えば……あの程度で死ぬようなあいつが……俊樹が悪いんだ。あいつが死んだせいでサークルは取り潰しになったし、テレビや雑誌の記者どもが毎日大学に取材に来やがる。大学側も俺を見捨てて停学処分にしやがったんだ。おかげで留年させられて無駄に学費を払う羽目になった。しかも俺の家にも毎日記者どもが来やがるし、親父は俺と母さんを捨ててどっか行っちまったし、母さんはノイローゼになって最後には自殺したんだ……。どれもこれも全部、あの野郎があの程度で簡単に死にやがるからだ。てめえのせいでもあるんだぞクソババア。お前があんなガキ生まなきゃ俺はこんな目に合わずに済んだんだよ。俺はお前のせいで人生狂わされたんだ。お前に復讐する権利なんかねえ、俺が復讐する側なんだよ。それにしょうもないガキ一人死んだぐらいで復讐だなんだと好き勝手四人も殺しやがって……地獄に落ちろアバズレが」

聞いていた井上と俺は絶句した。あの事件があっても酒を浴びるほど飲んで笑っていられる時点で、事件に対する罪悪感がみじんもないのは察しがついていたが、ここまでひどい他責思考をしているとは思わなかった。井上もこんな奴が息子の命を奪ったのかという怒りと悲しみで震えていたが、少しすると落ち着いたようだ。

「井上さん、大丈夫ですか?」

「はい、何とか……。あまりにもひどい物言いでしたが、今からこいつを殺して俊樹の無念を晴らせるのでどうでもいいです」

「お前は俊樹なんていう馬鹿なガキのために一体何人から恨まれるようなことをするんだ?過ちを繰り返すなんて馬鹿な真似はやめろ。わかったらさっさと拘束を外せ愚か者ども」

「井上さん、あいつの言葉は下らん辞世の句です、聞くに値しない」

「大丈夫です、わかっています。これは私の怒りを晴らす行為ではなく、俊樹の無念を晴らす行為であると。四十万さん始めていただけませんか?」

そういわれた俺は木下専用の処刑器具が置いてあるエリアの明かりをつけた。とはいってもさっきの鈴原ほど凝ったものではない。井上のリクエストもあって簡素なものになった。木下を処刑エリアに引きずっていくと井上に声をかける。彼女たっての願いであとはすべて彼女がやる手はずになっている。井上は周りに準備しておいた酒を開けると木下の体にかけだした。用意していた酒は世界で最も度数が高いスピリタス。体の隅々にかけ終えると次は木下の顔を固定し、無理やり酒を飲ませ始めた。限界まで酒を飲ませると余った酒をすべて木下の体とその周りに撒き散らした。最後にマッチを一本つけると、木下の方に投げた。撒いた酒に一瞬で引火し、木下の体が炎に包まれていく。井上の思い通りになりたくなかったのか最初はこらえて声をあげなかった木下だったが、次第に苦しみに耐えられず、叫び声をあげてしまう。しかしそれもわずかで次第に声を聞こえなくなっていったが、炎はいまだ燃え盛っている。井上はそれを瞬きもせず見つめていた。酒の匂いが消えていき、人の焼けるにおいがはっきり感じられるようになってきたころ、井上が口を開いた。

「ありがとうございます、四十万さん。こんな私的な復讐にあなたを巻き込んでしまって……。でもうれしかったです。私の苦しみを聞いてくれる人は今まで何人かいましたが、ここまでしてくれた人はいませんでした。でもそれも当然のことで、その人たちは理不尽に家族を失った経験なんてないんですから。……あなたは私と同じですね、四十万さん。理不尽に家族を失いながらも復讐のために新たな人生を歩みだした。でも……おそらく私たちは碌な死に方できないでしょうね」

井上はそう言うと再び燃える木下を見つめ始めた。井上の顔は憑き物が落ちたかのように穏やかで、人が焼けていく炎を眺めながら笑みを浮かべている彼女は恐ろしく思えた。夜は長いがこれが燃え尽きるのはまだ先になるだろう。井上に次の審判に移るが大丈夫かと尋ねると、彼女は「私のことは気にしないで大丈夫です。次に進んでください、残りの人のためにも」と答えた。夜は長いが、今日のうちにあと三人始末しなければならないため、少しペースを速めることにした。

「では本日三度目の裁判を開廷いたします。原告は立花翔子さんと立花徹さん、代表者として立花徹さんに来ていただいています。被告は松本春奈。罪状は誘拐と殺人未遂となっています。今から十年前、松本が高校生だったころ、松本は廃墟探検を趣味にしていた。とはいっても夜に人通りの少ないトンネルに行ってみたり、もうだれも住んでいない一軒家に入ってみたりそこまで大それたことはしていなかった。しかし松本は調子に乗り、通っていた高校から近いところにある山のふもとの廃墟に探検しようとしていた。それを当時友達だった立花美由紀さんとほかの数人に話したところ彼女達も行ってみたいと言い出した。美由紀さん以外の二人は関係ないので紹介は省きます。一人では心細かったあなたは素人の彼女達も探検に連れていくことにした。探検予定日、友達と遊びに行くと言って家を出てから、その日以降二度と家に帰ってくることはなかった。立花さん、間違いはないですか?」

「間違いない。美由紀がいなくなったのはこの女のせいなんだ……。今すぐにでも殺したいが、まだこの女には用があるんだ。美由紀がいなくなった時のこと、すべて話してもらわなきゃならないんだ。あそこで何があって、美由紀がいなくなってしまったのか答えてもらおう」

「とのことだ、松本。お前には自己弁護の前に美由紀さんが行方不明になった経緯について嘘偽りなく詳細に話してもらう」

「わかった……。探検の日の朝、学校を集合場所にしていた私たちは合流すると早速、山のふもとの廃墟に向かった。廃墟に向かっている途中で由美子達にその廃墟がもともとどんな場所だったのかを話していた。あそこはもともと重度の精神病者を隔離するための病院で、発作を起こした一人が病院内の全員を殺害しその後自身も自殺したといううわさが残っていて、それに紐づけられるように、殺された人間の霊が出るとか自殺した殺人犯の怨霊が出るとかのうわさも出ていた。幽霊なんかに興味はなかったけど廃墟探検を趣味にしていた私にとっては格好の場所だった。昔から大人の人たちが、あそこには絶対に行くなって言ってたからずっと気になっててついに行くチャンスができた。行ってみるとただの崩れかけた病院で外観に特徴はなかった。正面玄関が施錠されていなくて簡単に入ることができたんだけど、中は何かに荒らされた形跡だけが沢山あって、人殺しの痕跡なんてどこにもなかった。美由紀の提案もあって奥に進んでみたけど特に何もなくて……。そこは六階建てだったから上にも行ってみようって話になったんだけど上にもめぼしいものは何にもなくて……でも雰囲気は楽しめたしそろそろ帰ろうかなんて話していた時に、友達の一人が病院の地下を見つけたから、最後に地下をのぞいてみようって話になって……。地下に降りて行ったけど専用の手術台ぐらいしかなくて、これだけだったし、もう帰ろうってみんなに言ったんだけど……。ここに通れそうな抜け道があるって美由紀が壁の割れ目を指さして言ったの。私は素人の美由紀に『最初に見つけたのは美由紀なんだから美由紀が最初に入ってみてよ』って言ってしまった。ほかの二人は美由紀に怖いし危ないからやめておいた方がいいって言ってたんだけど、結局美由紀は荷物をその場に置くとその割れ目に入っていっちゃった。一時間待っても二時間待っても戻ってこないから怖くなって追いかけようとしたけど、追いかける勇気が出なかった。だから警察に連絡するためにいったん電波の届くところまで出たんだけど……。私が警察を呼んでも警察は全然来なくて……。そこから事情を説明して捜索してもらおうとしても土地の所有者がどうとか権利がどうとか言い出してあと回しにされた。ようやく捜索してもらうときになって地下の割れ目の先にいるはずだと伝えたけど割れ目の捜索は現状の装備では無理だからいまは捜索できないって……。三日後に割れ目の捜索をしたけどもう美由紀はどこにもいなかった。割れ目には美由紀が通った痕跡は残っていたからそこを通ったことだけは確かだって言われたけど捜索は難航していまだ見つからない……。私が話せるのはここまで」

「……ニュースにはなっていないが、美由紀は見つかってるんだ。……一部だけ、右腕と左脚が。手が残っていたから指紋が取れたんだ、美由紀の腕で間違いないって言われたよ。美由紀が生きているかどうかはまだわからないがおそらく生きていたとしてもまともな状態じゃないだろうな……。美由紀がこんな目にあったのは、お前のような下らん女が下らん廃墟探検なんぞしやがって、下らんことを言い出しやがったせいなんだ……。美由紀の腕を切り落として道端に捨てた奴ももちろん見つけ出して報いを受けさせる。だが、まずは美由紀がいなくなる原因になったお前を……」

「私は美由紀が失踪してしまった原因、あなたに殺される理由がある。私は他人の人生を台無しにした死んで当然の人間だからいつか来るかもしれないこの時を待ってた。どうぞ好きなように」

「では……判決を下します。被告人松本春奈を死刑に処します。立花さんもそれでよろしいですか?」

「はい……、美由紀のためにここまでやったんですから……」

 立花の返答を合図に松本専用処刑エリアの明かりをつけた。そこには椅子と台、電動のこぎりが置いてあった。立花からの要望で用意したものだが、彼は自分の娘がされたのと同じように松本の体を解体する気なのだろう。松本を椅子まで連れて行こうとするが、彼女は全く抵抗する意思を見せずおとなしくしていた。彼女を股を開いた状態で椅子に座らせ拘束し、舌をかまないよう口にタオルをかませきつく縛った。立花は神妙にしている松本を見て一瞬躊躇したようだったが、覚悟を決め電動のこぎりを握りしめた。電動のこぎりの電源を入れ、彼女の肩に狙いを定め刃をあてがった。人の肉を裂く音と松本の口から漏れ出た悲鳴が廃工場内に響いた。刃は骨に達し骨を断つ甲高い音が響き始めたと同時に彼女は悲鳴をあげなくなっていた。痛みに耐えかね気絶している状態の彼女の右腕を切り落とすと、俺に目配せをした。それを合図に熱していたこてを止血処置として彼女の切り落とされた傷口に押し付けた。人の肉が焼けるにおいがするとともに、傷口を焼かれた痛みで彼女は意識を取り戻した。彼女は涙を流していたが執行をやめるよう頼むそぶりは決して見せなかった。立花は彼女を見て迷いが生じていたが、それを振り切るように雄たけびを上げると次に彼女の左脚の付け根に刃を向け、押し当てた。この時、人の肉が裂ける音と彼女の苦痛に耐える唸り声に混ざって立花の嗚咽が聞こえていた。彼女の左脚が切り落とされる頃には彼女は痛みと出血により絶命しており、立花も電動のこぎりの電源を落とすと張りつめていた糸が切れたかのようにその場に座り込んだ。彼はうわごとのように娘の名前をつぶやいている。しかし少し経つと多少は落ち着いたようでゆっくりと立ち上がり、俺に向かって軽い会釈をすると足を引きずるように去っていった。復讐を遂げた立花の顔はひどくやつれているように見えた。足を引きずるように闇の中に去っていく彼の背中を見送り、次の審判に移ることにした。木下の体はまだ赤く燃え盛っている。

「次の裁判に移ろうか。残りは二人だし気合を入れていこう。さて、次の裁判の原告は佐藤幸恵さん、被告は中山健。罪状は殺人。五年前、中山はとある建設会社に現場監督者として就職しました。中山が現場監督を務める初めての現場でミスが発生し、組み立てていた足場が崩落し、その時真下にいた佐藤英二さんが下敷きになり死亡しました。建設会社は賠償を佐藤さんに支払いましたが中山は責任を取って辞任という形をとって逃げ出し、謝罪や説明を一切行わなかったと。佐藤さん、間違いはありませんか?」

「ええ、間違いないわ。こんな若造のせいで旦那が死んでしまったのよ。しかも謝罪もなしに逃げたと思ったら……。のうのうと生きているだけでも殺したいぐらい腹立たしいのに、友達のよしみなんて調子に乗って急成長中の会社に転がり込んでエリートぶって遊び惚けてるなんてありえないでしょ?私もあんたが旦那を殺してくれたおかげでお金だけはもらえたから、旦那を失った悲しみを癒すためにいろんなことをしたわ。手芸をやってみたりしたけど思い浮かべてしまうのはあの人の顔。もう着ることのないセーター、身に着けないマフラーに手袋をいくつ作ったかわかる?定年までもう少しだったから、退職したら一緒に旅行に行こうなんて言って話し合ってたのにそれも全部無駄になった。音楽でも聴いて気を紛らわせようとしたけど、あの人はこの曲をどう思うかなんて考えてしまう……。あなたは人の命だけでなく、周りの人間の人生も台無しにしているの、わかっているかしら?わかってるわけないわよね、わかってたら逃げ出したりしないもの。でも大丈夫、今から嫌でもわからせてあげるわ。冥途の土産にでもしておきなさい」

「まあ、佐藤さん少し落ち着いてください。せっかく復讐相手の最期を見届けるんですから、愚かな人間の最期の言葉を聞いてみませんか?それに一応これは裁判の形をとっているのでこんな奴にも自己弁護の機会は必要なんです。どうかご理解いただきたいのですが……」

「ええ、もとよりそのつもりです。先ほどの立花さんは相手の言葉によって心が揺らいでいるように見受けられましたが、私はそのようなこと決してないでしょう。それに、愚かな人間の言葉はどこまで空虚で的外れなのかを確かめたいのでぜひ自己弁護とやらをしていただきたいところです」

「とのことだ中山。佐藤さんの要望に応えられるよう自己弁護に励むんだな、ほらさっさと話せ」

「あれは……ただの事故だ。建設途中に起きてしまった不幸な事故、俺は悪くないんだ。俺の設計、建設手順の指示は完璧だったはずなのに、俺と同じタイミングで入ってきやがった底辺大卒の野郎が俺の指示を無視しやがったんだ。あんたの指示なんか聞けないってな。底辺のくせに調子に乗りやがって……。死んだあのジジイも……、佐藤英二とやらも同じだったよ。俺より年上だからって俺が決めた工事の工程に口出ししやがるし俺の方が上の立場なのに俺に敬語も使わねえ。俺よりバカなんだから黙って言うこと聞いてりゃよかったのに、あんな馬鹿死んで当然だな。それに俺もお前のせいで不幸になったんだよババア。馬鹿が死んだくらいでわめきやがって、そのせいで俺は会社を辞めさせられる羽目になったし、この事故のせいで俺を雇おうとする会社もなくなっちまった。……全部馬鹿どもが起こした事故なのになんで俺のせいにされるんだよ!俺の指示を聞かなかった馬鹿と俺に反抗する馬鹿が全部悪いのに……。お前も俺のせいにしようとしてるだろ、クソババア。悪いのはあんたの旦那だ、恨む対象が違うんだよ。俺はお前らなんかとは違ってエリートなんだよ。なんで全員俺を目の敵にするんだよ……。俺がエリートだから僻んでんのか?どいつもこいつも俺の足引っ張りやがって……。とにかく俺はこんなところで死んでいいような人間じゃない。死ぬべきはこんなくだらないことをするお前ら底辺の人間どもなんだ。わかったらさっさとこれを外せ。今回だけは俺の寛大な心に免じて許してやるからな。馬鹿な人間の行いを許すのもエリートの使命だからな。おい、聞いてるのか?聞いてるんだったらさっさと外せ。お前ら底辺とは違って俺の時間は貴重なんだよ。わかったら早く……」

「黙りなさい、もう結構。どの程度愚かなのか確かめようとしたのが失敗だったようね。生きる価値がないのはあなたのほう、そんな思考ではかかわった人間すべて不幸になってしまうわ。だからせめて今ここで殺してあげる。それが世のため人のためになりそうだもの。私の復讐だけでなく、社会のための行動ができるなんて誇らしく思えるわ。さあ、四十万さん。早くこの男に死刑宣告をしてちょうだい」

「わかりました、佐藤さん。……では中山、お前を死刑に処する」

そういって中山専用処刑エリアの明かりをつけた。上に鉄骨がいくつか吊るされているだけの簡素なものだがこれは佐藤の死んだ夫と同じ死に方をさせてやりたいという要望によるものだ。本当に俺を殺すのか、社会にとって大きな損失になるぞとわめき散らかす中山を鉄骨の下まで引きずっていった。横たわらせ、その場を離れると佐藤に合図を送った。合図を受け取った佐藤はボタンを押し、鉄骨を落下させた。鉄骨が地面に届くまで中山の助けてくれという無意味な懇願が続いたが、鉄骨の落下音がすべてをかき消した。鉄骨の落下による埃が払われたとき、そこには鉄骨の山と血しぶき、体の破片だけが残っていた。鉄骨が中山の体を断ち切って地面に突き刺さりそびえる様はある種の芸術のようだった。中山の死を見届けた佐藤は晴れやかな顔で礼を言った。ちょうどそのころ木下の死体も燃え尽き、眺めていた井上は穏やかな笑顔で礼を言うと佐藤と一緒にきわめて普通な世間話をしながら帰っていった。そしてこの場には俺と新井、そして四人の死体だけが残された。

「やっとお前の番だよ、新井。随分と待たせちまったが別にいいよな。どうせお前には用事なんかねえだろうし、あったとしてももう意味もないからな。さて、お前の裁判を始めるとしよう。もう傍聴席には誰もいないし口調を取り繕う必要も、公式の裁判のように進行する必要もない。お前は俺の父親をひき殺し、母親を死に追い込んだ極悪人だ。俺のすべてを奪っていった死んで当然の人間だが、最後に自己弁護という名の遺言だけは残させてやるよ。ありがたく思うといい」

「ふざけたことぬかしやがって……。お前はどうでもいい人間たった二人失っただけで、四人殺して俺も殺そうとして……。我慢しろよ!そんな貧乏くさい親死んだぐらいでごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ!なんでお前みたいなしょうもない人間の復讐で俺が死ななきゃいけないんだ!」

「俺の両親をどうでもいいといったな……。だが俺からすればどうでもいいのはお前以外の四人だ。俺はお前さえ殺せればよかったんだが、あいつらに恨みを持っている人間がいることが分かってな……。お前以外はついでで殺した。お前の言うようにどうでもいい人間だったからな」

「ふざけたこと言うんじゃねえ!あいつらは俺の親友でかけがえのない存在だ。お前らなんかとは違うんだよ、あいつらは。それを好き勝手殺しやがって、自己中もいい加減にしろよ!」

「自分のダチは大切でそれ以外はどうでもいいってか?……俺はそのお前の考え方を尊重するよ。だからあいつら四人を殺したんだよ、俺にとってどうでもよかったからな、同じ事だろ。それを自分の時だけは良くてほかの奴が言うのは駄目って……ガキかてめえは。まあでもこれで勉強になったな、世の中そんな都合よくいかないって。今さら遅いか、どうせこれから殺されるんだし。でも地獄で役に立つかもしれないし、ちゃんと覚えておけよ」

俺は新井との問答を打ち切り、処刑の準備をするためにその場から離れようとした。すると新井が途端にわめきだした。

「待て!本当に殺す気か!?そんなことが許されると思うのか!?今ならまだお前の馬鹿な行いも許してやる。だからやめろ、殺さないでくれ!頼む、金ならある!好きなだけやるから殺さないでくれ!好きなだけやるぞ、これから一生遊んで生きていけるほどの金をやるから…。だから頼む!」

「やっぱ金か……。お前が俺の父さんをひき殺した時もおんなじこと言ってたよな。母さんがお前に誠意をもって謝罪しろって言った時お前は……。誠意ってなんだよ、金か?って言ってたな。お前のその言葉のせいで母さんは心を患ったんだ」

「なんだよ、金嫌いなのか?そうだよな金は使ったらなくなるもんな。わかったじゃあ金をいくらでも使えるようにしてやる。俺を生かしておいてくれれば、俺は今まで通り会社の経営をするし、それで稼いだ金はお前が好きなだけ使っていい。これならいいだろ、どれだけ使ってもなくならないんだ、夢みたいだろ。これならどうだ、な?」

「俺はお前みたいな金にとりつかれた馬鹿が嫌いなんだよ。それにどれだけ懇願しても無駄だ。お前の未来はお前の大好きな金では買えないんだからな」

俺はそれ以降も金で釣ろうとしてくる新井を無視し、鹿江を施している車のエンジンをかけると最後にもう一度新井と話してやろうと思った。

「新井、お前を今からあの車でひきつぶす。お前が俺の父さんをひき殺した車と同じ車種だ。お前が死んだそのあとはお前の首に縄をかけて天井からつるしてやるよ。俺流のやり方で弔ってやる、感謝しながら死ぬといい」

そういい捨て新井との対話を終わらせると、新井を廃工場内の中央部にある柱に縛り直し、車の仕掛けを作動させた。外からボタン操作でアクセルに重しを載せて急発進できるようにした単純なものである。最高スピードで急発進していった車はあっという間にわめき続ける新井を引きつぶした。首より下が押しつぶされており、大量の出血とともに内臓が飛び出ていた。俺は無事だった新井の首に縄を縛ると滑車を使って上まで吊り上げると固定した。その後念入りに俺たちの痕跡を掃除した後、ワープロで作った天罰と書かれた紙を置いてその場を去った。この場所は父親が所有していた工場の一つだが、父親が死んですぐに工場を閉場し、土地をほかの会社に売り渡していて来週から解体工事が始まることになっている。死体は見つかることになるが警察は犯人が俺たちと気づくことはないだろう。協力者たちには手袋と帽子、マスクを着用させていたので殺された五人以外の痕跡は見つかることはない。凶器はそのままにしてあるが、持ち帰る方がリスクがあると判断した。これで両親の復讐は完了したが、警察なんぞにつかまる気は微塵もないし、奴らは俺を逮捕できないだろう。


五月二十一日

 警察署に応援要請が届いた。話によると今日解体予定の廃工場から、五人の無残な死体が発見されたという。死体はどれも凄惨な殺され方をされていることから怨恨の可能性が強いとのことだった。連続殺人事件の捜査で人員がとられており、人手が足りないようだった。上司に先に現場に向かって情報を集めておけと言われ、俺と部下の香山が先に廃工場に向かうことになった。

「朝っぱらから死体拝まなきゃならないなんて難儀な仕事ですねえ、滝沢さん」

「俺もそう思うが、あまりそれを大きな声で言うもんじゃねえ。それに一番難儀なのは殺された人たちだ」

「それもそうですね、まあそれにしても連続殺人事件が進行中だっていうのにこっちでは五人の殺しって…。いったい何がどうなっているのやら」

「行ってみれば多少なりともわかるだろ。連続殺人の被害者と今回の被害者、どこかでつながってるかもしれないしな」

「そうですよね、行って調べてみないとわからないですよね」

「そういうことだ、気張って行けよ。向こうは人手不足なんだ、それなのに五人の死体見て気絶でもされたら足手まといが増えちまうからな」

「了解です!」

現場に着くと応援要請をしてきた田畑警部が出迎えてくれた。挨拶を手早く済ませ、早速事件現場である廃工場内に入ってみた。そこには首から下がつぶされている首つり死体、鉄骨の落下によって体が潰され破片がそこらに飛び散った死体、右腕と左脚が付け根から切り落とされているだけでなく、傷口が焼てこか何かによって痛々しくふさがれている死体、全身が真っ黒にただれた焼死体、体が鉄の棒か何かによって貫かれた串刺しの死体があった。三つの死体は回収され袋に入れられていたが首つり死体と串刺し死体は回収が難航しているらしい。五人の遺体を確かめた後、田畑警部から一枚の紙を渡された。そこには大きく天罰と書かれていたがワープロかパソコンで作ったものらしく筆跡の特定は不可能だった。殺害に使われたと思われる凶器はそれぞれ現場の死体の近くに置いてあったようだが、凶器から指紋などは検出されなかったそうだ。手袋痕ぐらいは出そうなものだと思ったがそれすら出なかったという。しかも廃工場内を詳しく調べても犯人の痕跡と思われるものは一切発見できなかった。しかしながら死体から財布が発見され、その中には免許証や社員証などの身分証があったことから被害者の身元は簡単に特定できた。殺されたのは新井裕太郎、鈴原美香、中山健、木下幸一、松本春奈の五人であること、彼らは同じ会社に勤めている同僚であり、新井がその会社の社長をやっていること、その新井は一か月近く前に事故を起こし警察の世話になっていることが分かった。この時世話をしたのが田畑警部の部下らしい。現場で分かったことはこれきりで残りは調べて回ってみるしかなくなってしまった。廃工場殺人事件の本部が構えられている会議室に戻るとまず、五人の交友関係を洗い出すことから始めた。怨恨といえば過去の人間関係が原因だと推測できる。しかし、あそこまでむごく殺すということはどれほどの恨みを持っていたのだろうか。五人の過去を探ってみてわかったことは五人は大学時代からの友人であったこと、新井は事故を起こして警察の世話になっているが、ほかの四人もそれぞれ起こした事件で警察の世話になっていること、彼らが起こした事件では関係者が必ず一人以上は死んでいることであった。我々はこの被害者たちに話を聞いてみることにし、まずは新井の事故で父親を失った四十万の家に向かうことにした。その話を聞いた田畑警部の部下が自分は遠慮しておきますと言い出していたが田畑警部が一喝して同行することになっていた。四十万の家に着き、インターホンを押す。少しして出てきた四十万は人当たりのよさそうな青年だったが、我々が警察だということを告げると顔をしかめ、田畑警部の後ろに隠れているようにしていいた部下の顔を見るとその顔には怒りが浮かんでいるように見えた。新井の件で話を聞きたいというと長くなりそうなら中で話しませんかと中に入れてもらえた。そこそこ広い平屋の一軒家だが一人暮らしをしているらしい。田畑に頼まれ、俺たち応援組は基本的には聞き役に徹して、気になったことがあれば質問する役割になった。

「県警の田畑と申します。右にいるのは部下の矢島。我々の後ろで立っているのは隣の県からの応援できてくれた刑事たちで、武骨な方が滝沢さん、お若い方が滝沢さんの部下の香山さんです」

「これはご丁寧にどうも、私は四十万と申します。あなたの部下の矢島さんには以前お世話になりましたよ、新井が起こした事故の時に」

「ほう、そうでしたか。矢島の働きぶりはどうでした?さぼったりなんかはしてませんでしたか?」

「田畑さん、本題からずれて……」

「矢島さんは新井に買収されていまして、本当は新井の飲酒運転の件もあって被害届を出そうとしたのですが、もみ消した挙句強制的に示談を成立させてくれましたね」

「本当ですか、それは……。確かに人が死んでしまうほど大きな事故だったのに示談なんておかしい話ですな……。矢島、どういうことだ」

「あのーすみません、本題に移りませんか?今回はその要件でここに来たわけではありませんし……」

「うむ……香山さんの言うとおりだな。四十万さん申し訳ありません、こいつの処遇は一旦あと回しでよろしいですか?今の話が本当かどうかも確かめなきゃならんので……」

「はい、大丈夫です。それで、今日ここまで来て私に聞きたいことって何ですか?」

「新井裕太郎のことについてなんです。新井は今日の朝、旧四十万製鉄工場で死体となって発見されました。死因は轢殺、車にひかれて死亡していたことになります。しかし新井の死体は滑車を利用して天井からの首つりにされていました。新井の死亡推定時刻は五月十四日の午後九時から十二時の間だとみられています。その時間に何をされていましたか?」

「アリバイってわけですか……。私を疑っているんですね、新井に恨みを持つ人物だから。でも私は犯人ではないですよ。その時間居酒屋で集まりをしていたんですから」

「集まり?何の集まりですか」

「『エフォートアンドドリーム被害者の会』です。この会社の重役であり、新井の友人でも会った鈴原美香、中山健、木下幸一、松本春奈。彼らに恨みを持つ者達と新井に恨みを持つ私で結成した会で単に奴らの悪口を言い合い、傷口をなめあいながら酒を飲んだりするだけの集まりです。会員は私、田山さん、井上さん、立花さん夫妻、佐藤さんの六人です」

「じゃあ事件があった日は彼らと一緒にいたんですね。では集まりをした居酒屋の名前は?」

「『酩酊屋』っていう居酒屋です」

「そうですか、お答えいただきありがとうございます」

「すまん、ちょっといいか。四十万さん、あんたが犯人じゃないとしてほかに犯人になり得そうな奴に心当たりはないか?」

「心当たりはないですね。新井という人間は、あらゆる行動が敵を作る行動につながる人間だと私は思っているので、恨みを抱いている人なんて私以外にもいっぱいいると思いますよ」

「そうか……ありがとう」

「では、お時間いただきありがとうございました。我々は失礼しますね」

「ちょっといいですか。聞きたいことがあるんですけど……。指紋とかって残ってなかったんですか?」

「そうです。指紋も手袋痕も、唾液も髪の毛も遺体以外の人間のものは発見できませんでした」

「そうだったんですか……答えていただいてありがとうございます」

「いえいえ、それでは失礼します。また数日後、もう一度お話を伺いに来ることがあるかもしれませんが、その時もよろしくお願いします」

そう言って四十万の家を後にした。近所の人にも話を聞いてみたが彼はここらあたりでは誠実な人間として通っているらしく、明るく挨拶してくれたり、重い荷物を持っているところを助けてもらったりなどいい話はたくさん聞けたが、悪い話はほとんど聞かなかった。強いて言えば無職であるぐらいだが事件には関係ないだろう。その地域を後にすると次に田山の家に向かった。

 彼はかつて鈴原美香の事件で破滅し、恨みを持っている人間のうちの一人であった。彼女は売春に恋愛詐欺を繰り返しており、あまたの男性が被害者になっている。四十万が話していた被害者の会の会員のうちの一人でもあるらしい。田山が住むアパートにつき、ベルを鳴らしたが彼は一向に出てこない。ベルを繰り返し押しながら呼びかけるとドアを少しだけ開けて田山が顔を出した。

「警察だろ?あんたら。俺はお前らみたいなバカとは付き合うのをやめたんだ。さっさと帰ってくれ。それに、俺に何か聞いたところで期待していた答えは得られないぞ。俺は引きこもりだからな、外のことなんか知らないしどうでもいい。わかったら帰れ」

「その答えが期待していたものかどうかはこちらで判断します。少しだけお時間いただけませんか?鈴原美香のことで」

「……なんで今さらその女の名前が出るんだよ、何があった?」

「お時間いただければ話せる範囲で詳しく話しますよ」

「ちょっと待ってくれないか……。今他人を部屋にあげられるほど整頓されてないんだ、片付けの時間をくれ」

「はい、わかりました。ここで待ってますので終わったら声をかけてください」

田山は急いで部屋の中に戻ると掃除を片づけを始めたようだ。五分ぐらいたったころ田山からさっきよりはましになったから上がってくれと声をかけられた。部屋に上がらせてもらうと彼は生真面目なのか歓迎されていないはずなのに茶を用意してくれた。田畑が茶を一口飲むと話を切り出した。

「お時間いただきありがとうございます。私は田畑、県警の警部です。隣にいるのが矢島、私の部下です。私たちの後ろにいるのが滝沢さんと香山さんで彼らは応援できてくれた刑事です」

「はあ……なかなかの大所帯だな。もう知ってるだろうけど俺は田山。それで今回は何の用でうちまで来たんだ?」

「単刀直入に行きましょうかね。今日の朝、鈴原美香が死体で発見されました。彼女は鉄の槍のようなもので貫かれて殺されました」

この話を聞いた瞬間田山の顔には笑みが浮かんでいた。田畑もそれに気づいているようで、すかさずそのことを質問した。

「田山さん、今笑いませんでしたか?人が死んだ話を聞いて笑うなんて……。いったいどうしましたか?」

「笑うにきまってるだろ。俺たちをあんな目にあわせた奴が新進気鋭の上場企業なんて下らん取材で顔を出すたびに死んでくれないかと祈ってたんだが、まさか思い通りになるとはな。やっとまともに寝られるって思うとそりゃ笑っちまうよ。いやぁ、安心したよ。この話をするためにわざわざ来てくれたのか、悪かったな最初あんな対応して。また面倒ごとに巻き込まれるんじゃないかと嫌で嫌でしょうがなかったんだ。許してくれよな。いやぁ、それにしてもあいつ死んだのか!どんなふうに死んでたんだ?貫かれたって言ってたけどどう貫かれてたんだ?前からか、それとも後ろから、いや下からってのもあるか。で、実際どうなんだ?」

「……彼女は下から貫かれていました」

「そうかそうか、俺の予想は当たってたな。下から貫くなんてまるでかつてのヴラド三世が行っていた串刺しみたいだな」

「……おい、なんで人の死をそんなに笑っていられるんだ?お前には感情っていうのが……」

「お前が言う感情とやらを失う原因があの女だったんだよ。あれは死んで当然、殺されて当然の女だ。やってくれた奴には感謝しかないよ。いや、多少は怒りもあるか。なんで俺にやらせてくれなかったんだって怒りだけどな」

「……もう結構です。これからは私の質問に答えていただけませんか」

「ああ、いいよ。俺は今気分がいいからな。で、質問はなんだ?」

「五月十四日の午後六時から八時ごろ、これが彼女の死亡推定時刻なんですが、何をされていましたか?」

「その時間は……居酒屋で飲んでたな。酩酊屋っていう呑み屋で俺を入れて六人で飲み始めたあたりだったと思うな」

「その五人とはどんな関係ですか?ご友人とか」

「友人ではないと思うな、ある会の会員の集まりだよ。一般的に友人と思われるほど親しく付き合ってるような気もするが、向こうにはその気がないのかもしれんな」

「ある会とは……エフォートアンドドリーム被害者の会、ですよね」

「なんだ、知ってたのか。じゃあなんでわざわざ聞きに来たんだ?俺以外の誰かがしゃべったんならもうそれ以上の情報はないと思うぞ」

「この話は四十万さんに聞きました。彼はこの会の会員についても話してくれましたよ」

「四十万君か……。あの青年は真面目だ、このふざけた社会ではまともに生きられないぐらいに。彼はかなり細かく話してくれたんじゃないか?なおさら俺のところに来る意味が分からん」

「あなたのアリバイを確かめるためと、彼の話との矛盾がないかを確かめに来たんですよ」

「そうか、まあ何にしろ俺が話せるのはここまでだな。四十万君から話も聞いたそうだし、俺は彼と同じぐらいしか知ってることはないと思うぞ」

「いや、まだあんたに聞きたいことがある。田山、あんた以外に鈴原に恨みを持っている、もしくは持っていそうな人間ってどれぐらいいるんだ?」

「そりゃいっぱいだ。奴の毒牙にかかった人間は全員奴を殺したいほどに恨んでるはずだ。売春に関してはあんな奴を買っちまった俺らにも非があるかもしれんが恋愛詐欺だけはあいつがすべて悪いからな。逆恨みってわけでもねえはずだ」

「そうか、わかった。ありがとう」

「では我々はこれで失礼いたします。お時間いただきありがとうございました」

「ああ、もう会わないことを願っているよ」

田山からの事情聴取は終了したが、彼の言う通りなら鈴原殺しには容疑者が大勢いる。いったんそのことは後回しにしてエフォートアンドドリーム被害者の会の残りの会員に話を聞きに行くことにした。行く途中で田山について近所で聞き込みをしてみたが、大した情報は得られなかった。彼はあまり外に出ないようで、聞いた話では挨拶はするが世間話はあまり付き合わないらしい。碌な情報を得られず意気消沈しながらも次の事情聴取の対象である井上の家に向かった。インターホンを鳴らすと彼女はすぐに出てきたが、俺たちの姿を見ると怪訝な顔をした。

「こんにちは井上さん。県警の田畑です。木下幸一についてお話を伺いたくて来ました。今お時間よろしいですか?」

「ええ、大丈夫ですが……。木下?なんでいまさらそんな男の名前が……。まあ、とりあえずここでは何ですし、どうぞ上がっていってください。お茶でも出しますよ」

「ありがとうございます。それではお邪魔します」

閑静な住宅街にある彼女の家は周りの家よりもひときわ大きく、経済力の違いが一目見るだけで分かった。家族で住むにしても持て余しそうな広さだが、なぜだかそれ以上にがらんどうのように感じた。

「お時間いただきありがとうございます。先ほども名乗りましたが私は田畑。隣にいるのが矢島、後ろの二人が滝沢さんと香山さんです。」

「ご丁寧にありがとうございます。ご存じだと思いますが私は井上です。……それで、今日はどういったご用件で?」

「先ほども申しました通り木下幸一についてです。彼が今朝、郊外の廃工場で死体で発見されました。我々は怨恨による殺人とみています。あなたは彼に恨みを持っていますよね?五月十四日の午後七時から八時ごろ、どこで何をされていましたか?」

「何を言い出すかと思えば……私を疑ってるんですね?まあ恨んでいるのは事実ですし、木下が死んだという話を聞いてほっとしているのも事実ですが……。でも残念ながら私は犯人ではありませんよ。私はその日集まりに行っていたんですから」

「エフォートアンドドリーム被害者の会の集まりですよね。四十万さんと田山さんから聞きました」

「あの二人からもう話を聞いていたんですか……。ならなんでわざわざ私のところに?私のアリバイは彼らが立証してくれてるじゃないですか」

「念のための確認です。あと、こうして話しているときに聞きたくなることができるかもしれませんからね」

「そう、今の俺みたいに。井上さん、あなた以外に木下に恨みを持ってそうな人間を知らないか?」

「さあ、木下を知ったのはあの時の事件だから。それ以外かかわったことないし、何にも。でも、あんな性格してたしそこかしこに敵でも作ってたんじゃないの?」

「そうですか……。すいません、もう一ついいですか?ここには何人で住んでます?広い割には家具が少なくて気になってしまって」

「ここには一人暮らしです。一人息子だった俊樹は木下に殺されてしまったし、夫とはつい十日ほど前に離婚してしまって。その時に夫が使っていた家具や持っていきたいといった家具を渡してしまったんです。だからこんなにガラガラになっちゃったんです」

「そうだったんですか……。すいません、話しにくいようなことを聞いてしまって」

「いえ、大丈夫です。気にしてませんから。それで、ほかに聞きたいこととかあります?たぶんそんなにご期待にそえるような答えはないと思いますけど」

「いや、大丈夫です。井上さんもなんだかお疲れのように見えますし、我々はこれで失礼させていただきます。どうもご協力いただいてありがとうございました」

井上の家を出た後は毎度の聞き込みだがこれも特に収穫はなかった。いたって普通の主婦らしく、最近パートにも出るようになったが特に変な噂はなかった。唯一若い男を家に招いているという下世話な話を聞いたが、若い男の特徴をよく聞いてみると四十万の特徴と一致した。彼は例の集まりで顔見知りであるので特に違和感はないが、なぜ彼一人だけ家に招くのかという疑問は残る。それはおいおい彼らに質問するとして、次の家に向かった。次の目的地は立花家だが、彼らの家は少し都市部から離れた位置にあった。少し田舎のような風景で一軒一軒が大きく、それぞれに庭がついている。周りが畑のおかげで見通しもよくのどかな雰囲気を感じる。立花家につきインターホンを鳴らすと、中から女性が出てきた。おそらく立花翔子さんだろう。

「すいません、我々警察のものでして。松本春奈さんについてお話を伺いたいんですが」

「はあ……あまり話せることもないと思いますが……。よかったらどうぞ、立ち話もなんですし」

「ああ、ありがとうございます。それではお邪魔させていただきますね」

彼女の家に上がらせてもらったが、生活感もありつつ、それでいて立花さんが掃除好きなのか隅々まで掃除が行き届いているようだった。

「私、県警の田畑と申します。こっちが矢島、後ろにいるのが滝沢さんに香山さん。どうぞよろしくお願いしますね」

「私は立花翔子といいます、よろしくお願いします。……それで松本春奈についてとは……何かあったんですか?」

「ええ、実は今朝、はずれにある今日解体予定の廃工場で彼女の遺体が発見されまして……。おそらく彼女は殺されたんだと思っています」

「それでなんで私のところに……。まさか疑ってるんですか?私のこと。私はやってません!」

「あなたの旦那さんはどうでしょうか?彼は今どこに?」

「あの人は今仕事に行っています。そもそも彼女はいつ殺されたんですか?私たちにアリバイがあるかもしれないじゃないですか」

「それもそうですな。彼女が殺されたのは五月十四日の午後八時から九時ごろ、あなたは何をしていましたか?」

「その日なら友人たちとお酒を飲みに行っていましたよ。もちろん夫とも一緒に」

「エフォートアンドドリーム被害者の会ですよね。四十万さんから聞きましたし、田山さんと井上さんからも話を聞いています」

「あらそう、じゃあもう私が話せることなんてあまりないんじゃないかしら?」

「いえ、ありますよ。あなた以外に松本春奈を恨んでいる人物がいるかどうか聞きたいんですが……」

「さあ、彼女については特に何も知らないですけど。私たちは美由紀の失踪の原因になった人だからって恨んでるだけで、ほかの人が彼女をどう思うかまではちょっと……」

「彼女が恨まれそうな性格してるとかもわかりませんか?」

「私は彼女の悪い部分しか見れなかったんだからどう考えても恨まれる性格してるって思います。でもそれは私たちだけがそう思っているだけで、本当はそんな人じゃないのかもしれませんよね。だから私にだって彼女が恨まれてるかどうかなんてわかりません」

「そうですか……ありがとうございました。我々はこれで失礼します」

「ええ、お疲れ様です」

立花家を後にすると例のごとく聞き込みを始めた。立花夫妻は十年が経った今でも、美由紀さんの捜索を続けているらしく、そのことについて同情するような話ぐらいしか聞けなかった。もう夕方になってしまったが、今日のうちに事情聴取はしておくべきだろうということで、最後の目的地である佐藤家に向かった。佐藤家は商店街に近く、あまり大きくない一軒家だった。呼び鈴を鳴らそうとしたところで後ろから声をかけられた。

「あら、私の家に何か用?それにあなたたちの顔、見たことないけどどなたかしら?」

「私は県警の田畑と申します。こっちが私の部下の矢島、そちらのお二人は滝沢さんと香山さんです。佐藤さんに中山健についてお話を伺いたくて」

「そうですか、お話も長くなりそうですし、上がっていってください」

「ありがとうございます、お言葉に甘えさせていただきます」

佐藤家に上がらせてもらったが彼女の家には様々なものが置いてあった。楽器に生け花、作りかけの編み物、壁には写真も飾られていて彼女の多趣味さが伺えた。

「それで、中山健?いまさらそんな男の話を聞きたいの?」

「そうなんです。彼は今朝、町はずれの廃工場で遺体で発見されたので」

「へえ……。それで、私に何の関係があるの?私が殺したとでも?」

「いえ、あなたがやったんじゃないかっていうわけではないんです。ただ、彼は佐藤英二さんの事故死の原因であるので、あなたには彼を殺す理由があることになるんです」

「なるほど、そういうこと……。で、彼はいつ殺されたの?私にはアリバイがあるかもしれないわよ?」

「あなたのアリバイの裏は取れています。エフォートアンドドリーム被害者の会の集まりで、四十万、田山、井上、立花夫妻、そしてあなたの六人で、酩酊屋という居酒屋で吞んでいたんですよね」

「そこまでわかってるならなんでうちまで来たのかしら?」

「あなた以外に中山健に恨みを持っている人間がいるか聞くためです。それで心当たりはありませんか?」

「そうねえ……。事故を起こした時に勤めていた会社の従業員なんかは恨みでもあるんじゃない?あの事故の三年後ぐらいに事故後の信頼回復ってやつがうまくいかなかったのか倒産しちゃったもの」

「そうですか、貴重な情報ありがとうございます。……それでは、我々はこれで失礼させていただきますね。ご協力ありがとうございました」

「犯人捜し頑張ってくださいね」

激励をもらいながら佐藤家を後にし、本日最後となるだろう聞き込みを始めた。彼女は旦那の事故死後、賠償金と退職金を大量にもらったためか様々な趣味を始めたらしい。前までは料理や読書ぐらいだったらしいのだが、急に多趣味になって不思議に思ったと話を聞けた。しかし、その情報はおそらく事件には関係がないと判断され、今日の収穫は犯人につながるような情報に限って言えばナシという状況だった。酩酊屋に向かって店主に話を聞いてみようとも思ったが、四十万達の話が本当なら今は営業時間中でお店の迷惑になるだろう。酩酊屋に聞き込みをするなら明日に出なおしたほうが良いということになり、撤収。田畑たちと別れた。

 警察署に戻りテレビを見ているとあの県警の会見が生中継されていた。事件の会見の生中継はあまりあるものではないので珍しさのあまり見入ってしまった。会見によれば、被害者は新井裕太郎、鈴原美香、中山健、木下幸一、松本春奈の五人。容疑者の目星はついておらず、二週間近く前に発生していた連続殺人事件との関連性も不明。動機はおそらく怨恨であることしかわかっていないとのことだった。やはり俺たちとは別ルートで動いていた県警の刑事たちも情報量で言えば俺たちと何ら変わらないといえる。模倣犯や愉快犯の発生を恐れたのか天罰と書かれた紙については会見で公表しなかった。まだ明日酩酊屋に聞き込みに行く予定があるが、俺はすっかり意気消沈していた。一番の容疑者候補だった彼らは彼ら同士で集まっていてアリバイがある。あそこまで自信があるようだと、明日酩酊屋に行っても同じような話しか聞けないだろう。それに彼らの話では被害者はそこらで恨まれて当然の人間であるらしく、容疑者の絞り込みは現段階ではほとんど不可能だった。すぐに犯人が分かって逮捕までスムーズに行けるとは最初から思っていなかったが、今回の事件の凄惨な殺し方と連続殺人のことも相まって犯人を早く捕まえなければと焦っている。しかし、今日はもう何もできないので疲れをとるためにも早めに寝ることにした。


五月二十一日

 今日家に警察が来たがうまくあしらえた。しかし、あの矢島という刑事の顔をもう一度見るとは思ってもみなかった。奴の顔を見ると連鎖的に新井の顔まで思い出してしまう。だが奴は俺が自らの手で地獄に突き落としたことを、心の中で噛みしめることであいつが目の前にいても平静を装うことができた。警察が帰ってすぐに彼らと酩酊屋の店主に連絡を取り、一緒に呑みに行っていたこと、行った店は酩酊屋であること、ほかの質問にはなるべく正直に答えることで、よい印象を植え付け疑われないようにすることを伝えた。警察が来た家から順番に報告が届いたが彼らもうまくやれたようで警察はおそらく俺たちを疑ってはいない。店主からは今日うちに警察は来なかったといわれたが、おそらく時間も遅かったから来るなら明日だろう、用心してくれと返事しておいた。テレビを見ていると県警の緊急会見とやらで生中継が始まった。警察の見立ては正しい。俺たちは怨恨で奴らを殺したし、証拠も残していないはずだから犯人の目星がついていないのも当然だろう。ただ少し驚いたのが、記者が怨恨の理由になるような事件があったんですかと聞くと、彼が起こした事件の概要を詳細に答えだしたところだ。この話を聞いているうちに俺は一つの考えに至り、SNSアプリを立ち上げた。最新ニュースの欄には今回の事件の話が載っており、そこには圧倒的に足りていないはずの情報を適当につなぎ合わせた素人がああでもないこうでもないと言い合いしているようだった。ただ、『殺されて当然だろ、こんな奴ら』という言葉が多く見つけられ、彼らは俺たちの行いに共感してくれていると思えた。

 命の価値は平等なんだといってもやはり悪人は殺されて当然という風潮はある。その悪人の行いがひどければひどいほど、その思いは加速度的に伝播していく。俺は彼らの思考を味方につけることを思いついた。もともと新井殺しはスタートラインであり、そのほかにも俺が個人的に恨みを持つ者や、怒りを覚えているものがいる。奴らを殺しながら奴らの過去の悪行を広めることで、死んで当然という考えは広まっていく。ついには死んで当然の奴を殺してくれるこの人は英雄だと世迷言を言い出す奴や、勝手に模倣犯になってこちらに伸びてくるかもしれない警察の手を引っ込めさせてくれる奴も出てくるかもしれない。はなから英雄になるつもりも、歴史に名を刻むつもりなど微塵もないが、俺のやりたいことがよりやりやすくなるのなら、利用しない手はない。そのことを考えつつ、次のターゲットを誰にするか吟味するためイスに深く腰掛け、目を閉じた。

 

五月二十二日

 今日は田畑と矢島は連続殺人事件の方の捜査に駆り出されたため、俺と香山の二人で酩酊屋に向かうことになった。向かっている途中、香山がスマホを見ながら話し始めた。

「昨日の会見終わってからSNS大荒れですよ滝沢さん。警察は職務怠慢だ、あいつら殺されて当然なんだし、捜査しなくてもいいんじゃね、連続殺人犯も見つけられてないのに無理だろ、なんて言われまくってます。僕たちは一生懸命頑張ってるはずなのに悲しくなっちゃいますね」

「そいつらは所詮その程度ってだけだ。自分が見ているところがすべてだと思ってるから、それ以外の可能性を考えない。今努力が見えていないだけなのに、どういう思考回路をしてるのかずっと努力していないと一瞬で勘違いする。世の中の大抵がこんな人間だが、俺たちはそんな奴らを守らなきゃならん。いやならやめた方がいい、自分を犠牲にする意味なんてないからな」

「それもそうですけど、やめる決心なんて簡単にはつきませんよ。しかも今やめたら無職になっちゃうじゃないですか、それはさすがに嫌ですよ」

「贅沢する気がないなら警官の経験でも生かして警備員でもやるといい。今はどこも人手不足なんだろ、簡単に雇ってもらえるんじゃないか?それにお前は俺より若い。今ならまだセカンドキャリアが間に合うんじゃないか」

「人手不足は嘘ですよ、どうせ都合のいい奴隷が欲しいとしか思ってませんって。……それよりも滝沢さんは警官やめないんですか?今の話を聞く限り、この仕事すごい嫌いそうですけど」

「俺は今月で退職だ。夜勤も含めて給料だけはほかより多少ましだから金はたまったし、隠居でもして盆栽いじりでもするかな」

「盆栽って……。まだそんな年でもないですよね、あまりにも年寄りっぽいですよそれ」

「趣味は人の勝手だろ……。ほら、そろそろ着くから身だしなみを整えろ」

「了解です。それにしても酩酊屋に今、人いるんですかね?」

「それも行ってみりゃわかる。着いた、行くぞ」

 居酒屋酩酊屋に到着したが表には呼び鈴などはない。二階が住居になっているようなのでどこかから登れそうだと裏に回ってみたら、裏の勝手口に呼び鈴がついていた。押してみたが全く反応がない。いないのかと思いながら繰り返し押していると上から怒鳴られた。

「うるせえ!何の用だ!まだ店開ける時間じゃねえぞ……ってあんま見ねえ顔だなあんたら。誰だ?」

「警察の滝沢です。こっちが部下の香山です。ある事件についてお話を伺いたくて来ました」

「警察?ああ、一たちの話だろ?わかった、ちょっと待ってくれ」

そういって彼は下に降りてくると勝手口のカギを開けて、中に入れてくれた。昨日までほぼ聞き役とメモ代わりだった香山がやる気を見せたので、聞き込みは香山に任せることにした。

「さっきは怒鳴ったりしてすまねえ、実はついさっきまで寝てたんだ。おっと、自己紹介がまだだな。俺はここで居酒屋やってる北上隆一だ。気軽に大将と呼んでくれてもいい。……それで一たちについて、だな。お前さんたちが聞きたいのは」

「そうです、事件の容疑者候補である彼らは事件当日の夜ここで集まりをしてたという話を聞きまして……。それは事実ですか?」

「ああ、やってたよ。そこの柱が入ってる壁の裏に席があるだろ?あそこがあいつらの特等席だ」

「へえ、なんでまた特等席なんか用意したんですか?常連相手でもそこまでしませんよね」

「一の頼みなんだ。あいつは俺の遠縁でな、年齢の開きで言えばあいつは孫みたいなもんだ。いい呑み屋はないかなんて聞かれてよ、そりゃあうちしかないだろって答えたんだが、じいちゃんとこは人気過ぎて座る場所ないじゃんなんて世辞みてえな冗談言うもんだからさ、つい用意しちまったよ。一は嬉しそうだったし、一の連れには感謝されたりでいい気分なんだがな。あまりにも孫贔屓過ぎるって常連には文句言われたよ」

「そうですか……。それで事件当時の日は他のお客さんもいたりしたんですか?」

「ああ、やってたよ。あの日は席が六割ぐらい埋まった程度だったかな。まだ月半ばで盛大に飲むような日でもないだろうし、そんな日に呑みに来るのは暇人か蟒蛇か俺の孫ぐらいだ」

「そうですか……お話ありがとうございました。私たちはこれで失礼しますね」

「ああ、次は呑みにでも来てくれや」

礼を言い、居酒屋を後にした俺たちは車に乗り込んだ。収穫はほとんどなかったといっていいほどだった。もっとも疑いの強かった六人のアリバイはほとんど完璧な形で補強されてしまっている。ここまでくると捜査から彼らを除外して考えるほかなかった。一度県警の捜査本部に寄って、情報の共有でもしようかと思ったが、県警の刑事たちもまだあたりを引けていないようだった。

 居酒屋で得られた情報を伝えたが渋い反応をされてしまったが、俺たちも彼らから伝えられた情報を聞いて渋い反応を返すしかなかった。彼らは一番容疑者候補が多い鈴原美香関係から調べ始めたのだがこれといった情報は今のところないらしい。それに人員も連続殺人事件の影響で足りておらず別の意味でも捜査が難航している。そうして頭を悩ませているところに興奮した刑事が飛び込んできた。彼が言うには鈴原殺しでアリバイがない奴が見つかった、任意同行を拒否されたから令状の発行をしなくては、とのことだった。周りのみんなはもう犯人が捕まった気分で喜んでいるようだったが俺はそうは思えなかった。あんな大量に証拠が残りそうな殺し方をしておきながら、証拠の一つも残さない用意周到さがあったのに、アリバイがないのは逆に不自然に思える。令状は無事に発行され、俺たちも別室から取り調べを見ることにした。

 容疑者は高岸、四十代の男で電気技師として働いているらしい。事件当日は家で一人でいたためアリバイはないという。かつて彼も鈴原の恋愛詐欺の魔の手につかまり不幸になった人間のうちの一人である。鈴原に限って言えば彼には鈴原を殺す動機はあるし、殺す技術も存在する。鈴原を死に至らしめた槍には電気が流れる仕組みが搭載されており、彼にはその仕組みを作成、搭載することなどは造作もないという。しかし、彼には鈴原以外を殺す動機はない。面識は一回もないらしく、名前もニュースで初めて聞いた名前だという。この話を聞いてやはり彼は犯人ではないと思い、周りの刑事も彼は違うか、という雰囲気が流れだしたころ、高岸があることを口走った。彼は鈴原の死について天罰だと言い出したのだ。事件現場に起こされていた天罰の紙については会見では公表していないからこれを知っているのは我々と犯人のみである。その状況で天罰という言葉を口にした高岸には、改めて疑いの目を向ける必要が出てきてしまった。偶然で口にした可能性もあるがそれにしては出来すぎている。さらに取調室に飛び込んできた刑事曰く、高岸が銀行で多額の金銭を引き出していたらしい。お金を引き出した日は勤めている会社の給料日でもないし、高岸は副業をしているわけでもないから臨時収入というわけでもないだろう。おそらく委託殺人による報酬なのではないかと思ったが、高岸はこのお金についてはもらった理由など一切話さなかったことから取り調べをしている刑事も彼を犯人と確信し、取り調べを切り上げて送検の準備を始めてしまった。彼はしきりに俺は違うと言い続けていたが誰も聞いていないことに気づくと机に突っ伏してしまった。書類も作成され、送検の準備が整うとすぐにも送検されていった。

 いったんこれで廃工場殺人事件の片が付いたことになる。所轄の刑事たちは田畑警部に連絡しているようで、田畑警部のうれしそうな声が聞こえた。これでいったん捜査本部も解体になる。物的証拠がない以上、状況証拠が決め手になってしまうことになるのだが、今回はそれが十分にある。電気技師であり、殺人に使った道具の準備が容易であること、当日にアリバイがなかったこと、誰からもらったか話せない多額の金銭を受け取り、銀行から引き出していること。おそらく彼が犯人で間違いない。あとは連続殺人事件の解決が急務だがあと二週間足らずで退職する俺には無理だろう。とりあえず今回の事件の犯人が見つかっただけでもよしとして、帰ることにした。その日の夜のうちに、ニュースで高岸の起訴が確定したと報道された。検察にしては早い仕事だと思ったが、彼らも警察同様、最近事件が多発している影響で税金泥棒扱いされていたから、多少証拠不十分でも起訴に踏み切ったのだろう。俺は事件の解決を祝って一人で家で酒盛りを始めた。


 五月二十二日

 夜ご飯を食べながらニュースを見ていたら、廃工場殺人事件の容疑者が逮捕起訴されたらしい。俺が犯人だからそいつは絶対に無罪のはずで、検察は有罪にできる犯人だけ起訴するはずなのになぜ起訴までしているのだろう。理由はわからなかったが、これも好機だと考えよう。奴が捕まってくれれば俺に対する疑いの目は晴れ、次の殺しがやりやすくなるはずだ。それに、俺が次の殺しをやっても関連性が見つけられなければ俺に対する疑いはまず起きることもないし、次の殺しの目途はもうついている。両親の復讐はもう果たしたが、俺の中にはこの社会に対するやるせない思いや怒りがくすぶり続けている。それを晴らすために、俺を雇おうともしないで圧迫面接しかけてきやがった馬鹿どもを皆殺しにする。これが俺の社会に対する復讐の第一歩だ。

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