死んで当然

プロローグ

四月十日

「この度は誠に申し訳ありませんが採用を見送らせていただきます。四十万様のこれからのご活躍をお祈りしております」

「……はい、ありがとうございました」

それだけ言って乱暴に通話を切り、スマホをベッドに投げた。

「ふざけやがって……何が『誠に申し訳〜』だ。微塵も思ってねえだろそんなこと。後でクチコミに星一投稿してやるからなド三流企業が。」

 俺の名は四十万一、二十二歳。就職活動が上手くいかないまま大学を卒業してしまい、現在実家暮らしで無職。このままではいけないと思い、バイト・正社員問わず求人に応募するがどうにもうまくいかず、日々履歴書を書き続けるだけの日々を送っていた。

「どいつもこいつもふざけんなよ……我が国には職業選択の自由が憲法で制定されてんだろ?面接やって落とすって憲法違反だろうが。しかも人手不足だっつってんのに採用しねえってどうなってんだよ、頭おかしいんじゃねえか」

 俺の大きな独り言は誰にも届くことはなく、俺はぶつぶつ独り言を続けながら、唯一の趣味であるネットサーフィンを始めた。

「また活動家が変なこと言って炎上してやがる。政治家もまた不祥事で炎上してるし……こいつら学ばねえな。けど、俺よりランクが低そうなやつがいると安心する。俺はまだましな方なんだ」

現在無職の俺には誇れるものなど何も無いが、ちっぽけな自尊心と自己肯定感を保つため、日々自分より地位が低い人間を探している。

「あ〜あ〜羨ましいなあ。活動家は周りに文句言うだけで仕事になるし、政治家は寝てるだけで金貰えるし、努力が実るとかいう奴らは運で成功者になっただけだし、俺もそういう人間になりてえなあ。なんで一生懸命仕事探して、めんどくせえ履歴書書いて、かったるい面接を受けて、努力している俺は恵まれないのにこんな環境が良くて努力なんか微塵もしてない運だけの馬鹿共は恵まれてるんだ……。この世に神様なんて言うのはいないんだな」

冗談めかして文句を言いながらも自分の心は憂鬱そのものだった。何度応募しても落としやがるし、面接を受ける前に不採用通知をメールしてきやがるふざけた企業の人事ども。努力すれば何事も上手くいくなどとふざけたことを抜かす運だけのふざけた成功者ども。大した努力もしてないのに文句ばっか言って金稼ぎするふざけた活動家ども。選挙の時は票を金で買い、不祥事を起こせばだんまりを決め込んでほとぼりが冷めるのを待つだけのふざけた政治家ども。失敗続きの自分の心情を察してか、焦らなくていい、自分のペースでいいと言ってくれる両親に一向に良い報告をできないふざけた自分。この世に存在する理由がわからなくなったふざけた自分。未来の姿が想像出来なくなったし、想像したくもなくなってしまったふざけた自分。消えてしまいたくなったし、全部消したくもなった。もしかしたら自分がこの世に生まれた理由は、どうしようもない愚か者どもを自分諸共地獄に突き落とすためなのかもしれないと思えるようにもなったが、俺にそんな度胸はなかった。俺はふざけた奴らにはない世間の常識をわきまえる知能と知性、人としての道徳だけは持ち合わせていた。手段を選ばなければ、俺が毛嫌いする人としてのなにかを捨てたふざけたケダモノと同じことも出来るかもしれないが、それだけは嫌だった。せめて清らかに生きることだけが今唯一できる親孝行だと思っていた。あの日が来るまでは。

 四月十三日

 父親が死んだ。仕事帰りの途中で車に轢かれたそうだ。事故を起こした相手は事故を起こした瞬間から保険会社に連絡して、全ての手続きを保険会社の仲介でしてきた。警察も何故か事故を起こした方の言いなりになっているようで、したくもない示談が強制的に成立させられた。母親は相手の態度に腹を立て、「失礼ではないですか、人を一人死なせておきながら。誠意や申し訳ないと思う気持ちはないの?」と問い詰めたが、相手は「誠意ってなんだよ、金か?金なら出してやるから、それで手打ちにしてくれよ。」と半笑いで答えた。その答えを聞いた母親は父親の死のショックと、相手の言動によるショックですっかり気を病んでしまい、元から弱かった体はそれに耐えきれず、父親の死から二週間後、あとを追うように死んでしまった。俺は一瞬でほとんどを失った。祖父母は既に亡くなっているし、親戚は父親の葬儀が終わってすぐ、相続の話を始めるようなふざけた奴らがほとんどだったから頼りにならないし頼りたくもない。この日、失望感と虚無感で靄がかかった頭で、これからどうするかを考えた。無職の俺には時間があるし、両親が残してくれた財産もある。だが、それしかないのだ。そしてまた絶望に苛まれ全てが嫌になった俺は、あることに気づいた。もう俺に失うもの、恐れるものはないじゃないか。俺は清らかに生きるという自分の心の中の唯一の誇りを捨て、人として超えてはならない線を越えることを決めた。自らの手を汚しながらも、人としての誇り、道徳を持たない愚か者どもに裁きを下しすことが、自らの役目なのだと確信した。手始めにこの決意をさせるに至った原因である新井裕太郎を殺すことにした。

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