第4話 契約

う〜む、さてどうしたものか。いや、どうしたもこうしたも、返事には『YES』か『NO』しかないけど、どうしたものか。


 俺は告白したこともなければ、されたこともない。今回が初めてだ。

 告白はすっごい勇気がいる行動だと、どこかで聞いたことがある。


 だから、適当に返すのは失礼だろう。例え、相手が愛重めでストーカー気質の女の子でも。

 俺の気持ち的には、彼女こいびとという存在は正直どちらでもいい。いたらいたでいいだろうし、いなかったらいなかったらで、一人で適当に過ごせばいい。そんな感じだ。


 九野京……もし、彼女と付き合ったらどうなるのだろうか。間違いなく言えるのは、好きゆえの行動がさらに過激になることだろう。

 もし、断ったら断ったらで、何されるか分からない。さいあく、監禁……まではいかずとも、軟禁ぐらいはされる可能性だってある。

 いや、それは流石に漫画の読み過ぎか。けど、ストーカー行為はエスカレートしそうだ。


 それなら、付き合った方がまだ制御できるか?

 それだと、理由がなんか嫌だな。


「結くん?」

「ん? なに?」

「その……催促つもりは全くないけど、できれば返事聞かせて欲しいなって」

「あ、ああ、そうだよね。うん、ちょっと待って」


 ほんとどうしたらいいんだ。

 俺は、どうしたいんだ? 付き合いたいのか? それとも嫌なのか?

 俺にそんな余裕あるのか? 俺は、小説家になりたい。今は全く芽なんて出てないけど、諦めるつもりはない。


 一人暮らしに掛かるお金だって、バカにならない。今は、バイトでどうにかなっているし、今までだって友達がいないから遊ぶお金なんていらなかった。

 お金も時間も全部、自分のためだけに使えた。けど、今、彼女ができたら、彼女との時間やお金を用意しないといけない。

 そんなこと言っていたら、一生彼女なんてできないぞと言われそうだけど、俺は今までも一人だったし、これからも一人でいい。人間関係なんて面倒なだけだ。


「ごめん、付き合えない」

「…………どう、して? 私のどこが気に入らないの? 言ってくれたら、ちゃんと治すし、結くん好みの女の子になれるように頑張るよ!」

「違うよ。九野さんは、とても良い女の子だと思うよ」

「だったら……どうして」

「俺に余裕がないんだ」

「余裕……もしかして、小説?」


 俺は、ビクリとした。

 なぜ、知っているんだ。小説が好きと言ったことはあっても、書いているとは一度も言ったことないし、書いている所を見せた覚えもない。


「ふふ、ビックリしてるね」

「そりゃ、そうだろう。一回も言ったことないし」

「言わなくても分かるよ。大好きな人のことだもん。大好きな人のことは、何でも知りたいし、把握しておきたいものだよ」

「っ……だから、そういうことだから、時間とかお金とかそういう面で余裕が」

「だったら、その時間私が買い取る」

「買い……え? はっ? どういうこと?」

「結くんの一番の問題は時間よりお金でしょ?」

「いや、時間もないよ」

「それは、大学とかバイトとかがあるからでしょ?」

「そうだけど」


 正直、何度も大学やバイトがなければ、好きなだけ時間を使えるのにと思ったことはある。

 だけど、現実はそう甘くない。バイトを辞めれば、収入源がなくなり、まともや生活ができなくなる。

 大学を辞めれば、正社員にしろフリーターにしろ、社会に出ることになる。

 バイトを辞めれば実家に戻るだけだが、そこから大学に通うとなれば、そこで時間を取られる。バイトと比べれば時間は余るが、実家は親や弟がいて騒がしいせいで、集中して小説を書けないかも知れない。


 大学を辞めたって、どちらせよ親が黙ってないだろう。

 京の言う通り、本当の問題は金なのかも知れない。


「そこで提案があるの」

「提案?」

「そう。私と恋人契約を結びましょう」

「恋人契約? どういうことだ?」

「私と付き合ってくれるなら、毎月結くんにいくらか渡すの」

「金を払う代わりに彼氏になれってことか?」

「言い方はあまり好きじゃないけど、簡単に言えばそういうこと」


 ようするに、レンタル彼氏、彼女みたいことか。

 レンタルではなく、本物の恋人になるという点では違うが。


「端から見れば、俺が九野さんに貢がせているみたいじゃない」


 そういうと、京は手をピクッとさせ、睨むような視線で俺を見る。


「他人からどう見られようが、どうでもいいんだよ? 私と結くんのことなんだから。私が好きで大好きで、好きでいてもらうためにお金を出しているんだから。それに、私と恋人同士になったら、他人なんて見る暇なくなるよ? 結くんの眼には私だけを映してほしいし、私の眼だって結くんだけを映すよ? 今だってそうだよ。

 私と結くんだけの世界なんだから、他人なんて入れなくていいし、入れる気もないし、気にしなくていいんだよ?

 私だけを見て、私だけを感じて、私だけのことを考えていてくれたらいいんだよ?

 私だけを愛して、私も結くんだけを愛す。それだけでいいんだよ?」

「お、おう」


 言いながら徐々に迫ってき、いつの間にか俺は壁際まで迫られていた。

 それと同時に俺は思った。どちらの選択をしようと、俺は九野京から逃げられない……逃させてはくれないと。


「わかった……わかったから、一旦離れて」

「あ、ごめんね」


 二人とも元の場所に戻り、俺は告白の返事をした。


「えへへ♡ はぁー、よかった。告白もそうだけど、返事を待つのもすごくドキドキするね。でもこれで、結くんを独り占めできるね。

 これから末永く・・・よろしくね?

 あ、お金はちゃんと毎月払うから心配しないでね?

 だから、ちゃんと私のこと好きでいてね? ずっと一緒にいてね?

 浮気なんてしちゃ……ダメだよ? させる気も暇も与えないけど。ふふふふ♡」

「ははは……。俺もすごくドキドキするよ」


 色んな意味で。


 そして、冒頭に戻る。


「今月分も渡したことだし、今日は何しよっか」


 あれから、京と付き合いだして一年前が経った。

 付き合い出した当初、京は俺に毎月十万円渡すなどと言い出し、流石に多過ぎだと話し合いになり、あーだこーだと言い合い、五万円になったのだ。

 もちろん、五万円でも多いほうだ。そもそも、付き合うのに金は掛かるが、掛かる方向性がおかしい。

 なんて、もう今更の話だ。


 少なくとも、五十万以上は渡されているのだから。

 だったら、バイトはやめたのかと聞かれれば、やめてはいない。だが、日数は減った。

 週四だったのが、週二になった。バイトの収入は減ったが、その分時間に余裕はできた。

 しかし、京はそれに納得いっていないようだ。


 京の計画は、俺が今までバイトに使っていた時間全てを自分のために使わせようとしていたようだが、それでは完全に俺がヒモみたいになるため、少しの抵抗にと週二だけ入れた。


「ねぇねぇ、結くん♡ ベタベタ、イチャイチャ」


 それでも、残りの週二分と大学が休みの日などは、こうして毎回家に来て、ベタベタしている。

 最初の方は、名残惜しそうに帰っていったが、最近は泊まるようになり、家に京の私物が増えてきた。


「チュッチュッ」

「京、跡つけるなよ」

「え〜、いいじゃん。結くん、カッコいいし優しいから、勘違い女が近付いてくるかも知れないから、私のだって印付けておかなきゃ。あ、後で私にも沢山付けてね♡」

「んぅ…………」


 恋人同士になってからと言うものの、予想していた通り、京の愛が過激になってきている。

 少しでも時間があれば、必ず一緒におり、休みの日は朝から晩、たまに次の日まで常にいる。

 ラインの内容もまた少し変わった。俺関連なのは変わりないが、最近はどんな髪型が好きとか、スカートはロングかミニどっちが好きとか、どんな下着が好きとか、こんな下着を着けているという写真付きで送ってきたりと、こっちでも過激になってきている。


 お陰で、京が持っている下着を把握してしまった。

 京は自分から俺のことを色々把握しようとしてくるが、京は自分から俺に自分のことを把握させようとしてくる。

 何が好きとか、何をしているとか、最近ハマっているものとかいろいろだ。


「そうだ。最近、結くんの小説色々な人に読まれるようになったよね」

「そうなんだよ。なんか、急に読まれるようになったんだよな。全然付かなかったブクマも増えてきたし」


 変化と言えば、俺の方にもあった。

 最近書き始め、投稿している小説が読まれているのだ。それに、ブクマ……ブックマークも増えた。

 今までずっと異世界ファンタジー系ばかり書いていたが、新作はラブコメモノを書いている。それも、京を手本にしたヤンデレものだ。


 爆発的に増えたわけではないが、徐々に読まれている感じだ。


「やっぱり、読まれたらより一層やる気が出てくるものだな」

「ようやく、結くんの凄さが分かってきたようだね」 「凄さって、今までと比べたら読まれている方なだけで、まだまだだよ」

「これが切っ掛けでこれからどんどん読まれるようになって、小説家に一歩ずつ近付いていくかもしれないよ」

「そうなればいいけどな」

「なるよ。結くんは、頑張ってるもん」

「はは、ありがとうよ」

「うん!」


 そして、これが切っ掛けで、俺は思うように小説が書けなくなったのだった。

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