第2話 勘違い

 昼食後、次の講義が始まるまでの間、いつものベンチで小説のアイデアを練っていると、隣の自販機から人の気配を感じた。

 ピッと言う音とガシャンと言う音をさせ、購入者はそのままどこかへ行くかと思えば、俺の前に気配を感じた。


 前を見ると、今しがた自販機で買ったであろう深夜の紅茶を両手で持った、今日何度目かの彼女の姿があった。

 彼女は、こちらを前髪越しにじぃーと見ていた。

 流石の俺でも、こうも三度も用があるのないのか分からず、俺の周りをウロウロされると、ストーカー……とかそういうものを考えてしまう。


 彼女はじぃーとこちらを見てるだけで、何か言ってくるわけでも、してくるわけでもない。ただ、そこにいるだけ。

 危害を加えて来ないなら、それでいいじゃないかと思いもするが、ただ何もなくじぃーと見つめられるのも居心地が悪い。


 ここで一休みしたいが、俺がいつも占領しているせいで、できないのかも知れないと思い(無理矢理にでもそう思うしかない)、俺はスマホをポケットにしまい、ベンチを譲ることにした。

 別にお気に入りの場所を譲るぐらい構わない。静かな場所ぐらい、探せば他にもあるさ。


 次の講義まで、まだ数分あるため、適当な場所で時間を潰そうと校内を歩き回っているのだが、後方から自分のとは違う足音と気配を感じる。


 チラッと振り返れば、例の彼女が一定の距離を取りつつ、着いてきている。

 朝から一体なんなんだろうか。付き纏いされるようなことを何かしただろうか。

 あれか、俺にノートを触られたのが、嫌だったのだろうか。

 それならそうと、口で言ってくれれば謝るし、それでも気がすまいなら、新しいノートを買わしてもらうよ。


 とにかく俺は逃げようと、速歩きし、あちこち行きながら、男子トイレに避難した。


「はぁーはぁー」


 流石のあの子も、男子トイレの中までは追って来れないだろう。

 しかし、そんなに俺にノートを触られたのが嫌だったのだろうか。

 自分の手を見ながら、大きなお世話だったのかと少しへこむ。

 トイレをしたわけでもないが、何となく手を石鹸でキレイに洗った。


 トレイを出ると、驚いた。

 あの子がいた。


「…………その、ごめん」


 もう、ここまでされたら、素直に謝るしかない。

 親切心で拾うのを手伝っただけで、俺は悪くないかも知れないが、人には色々あるものだ。人にはバレたくない秘密とか、触られたくないモノとか。きっと、俺はそれに触れてしまったのだ。

 だったら、もう言い訳などせず謝るしかない。


「あのノートのプリントが、人に触られたくない程大切なモノだって知らず、勝手に拾ってごめん。謝られても気がすまないなら、弁償するよ」


 深々と頭を下げた。彼女は、何も言わない。

 ああ、きっと言葉にならないぐらい、怒っているのだろう。

 これは弁償はするしかないと思いながら、恐る恐る顔を上げると、彼女は困惑した表情を浮かべ、目が合うとあたふたとし始めた。


「ん?」

「っ!!?? !? っ!! っ??」


 怒って……はない? どういうことだ?

 取り敢えず、彼女が怒っていないことは分かったので、ベンチに座ってもらい落ち着いてもらった。


「えーっと……俺になんか用がある……のかな?」

「コクッコクッ」

「…………」

「…………」


 この間はどうすればいい。彼女が俺に用があるのはわかったが、それ以降は分からない。

 というか、俺と彼女が出会ったのは昨日が始めてだし、それ以降大した関わりもなかったはず(教室や食堂はノーカン)だ。

 まさか告白!? 昨日のあの瞬間に俺に一目惚れしたと言うのか!?

 なんて、そんなわけないな。そんな都合の良い展開があるなら、今頃俺に彼女の一人や二人いるはずだ。

 現実はそう甘くない。彼女の一人や二人どころか、友達の一人すらいないのだから。


 スマホを見ると、そろそろ教室に向かわないと遅刻しそうな時間だった。

 

「そろそろ次の講義が始まるから、俺行かないとダメなんだけど……」


 ベンチに座ってから、ずっと俯いていた彼女がパッと顔を上げた。

 彼女もポケットからスマホを取り出し、画面を弄り、俺に見せてきた。


 スマホに映し出されていたのは、今日の講義の時間割で、次の講義は……俺と同じだった。

 ……やっぱり、この子ストーカーじゃない?


 結局、何の用があったのか聞き出せず、時間も時間ということで二人で教室に向かい、同じ席に座った。


 講義中も特に何かあったわけではないが、隣からチラチラと視線を感じたのは気のせいだろうか。


 俺は今日これを受けたら、もう終わりなので、後は家に帰るだけだ。

 さっき彼女の時間割を見たとき、彼女も同じ様子だった。だからと言って、別にこの後遊ぶわけでも、一緒に帰るわけでもない。


 チャイムが鳴り、帰る準備をしていると、袖をクイクイと引っ張られた。確かめるまでもなく彼女だ。

 彼女はまたスマホを俺に見せてきた。今度は、ラインのQRコードを開いていた。


「もしかして、交換しようって?」

「コクコク」

「別にいいけど」


 不思議な子ではあるが、別に断る理由もなく、彼女のQRコードを読み取り、友達追加した。


《京》


きょう? って名前なの?」


 彼女は否定するようにフルフルと首を振った。

 彼女はタタッとスマホで何やら文字を打っていると、ピコンと彼女からラインが来た。


『けい、九野京くやけいと言います』

「ああ、けいって言うんだ。ごめん」


 そして、またピコンと彼女からラインだ。


『よく間違われるので、気にしないでください』

「そうなんだ」


 というか、近くにいるんだから、普通に話せば良くないかと思いもしたが、それができたらさっきの無言の時間はなかったか。

 ラインを通しての会話ならできるのか。なら、さっきの用事を聞いてみるか。


「結局、俺に用ってなんだったの?」


 少しして、彼女もとい京からラインが来た。


『昨日、ノートを拾ってもらって、お礼が言えなかったので、改めてお礼を言おうと思いまして』

「なんだ、そんなことか。別に気にしなくていいのに。俺は、てっきり大事なノートを勝手に触られて怒っているのか思ったよ」


 京ははて? という風に、首をかしげた。

 俺は勘違いだったことを説明した。


『ごめんなさい!! ただお礼を言いたかっただけなのにですが、私見ての通り人と話すのが苦手で、それで、機会を伺っていたのですが、それが逆に変な勘違いさせてしまったようで。本当にごめんなさい!!』


 この子、ラインではすっごい喋るな。

 案外、対面で人と喋るのが苦手なだけで、本当は喋るのが好きな子なのかしれない。

 その後、拾ったお礼にと深夜の紅茶をもらった。あれは、自分で飲むようではなく、俺にあげるようだったみたい。


 それに、深夜の紅茶は、よく飲むからちょうどよかった。

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