契約彼女
冬雪樹
第1話 出会い
「はい、これ今月の分」
「……うん」
「これで、今月もちゃんと私の彼氏でいてくれるよね
?」
「うん」
「へへ、よかった」
俺、
この金は、京が俺に好きでいてもらうため、捨てないでいてもらうため、彼氏でいてもらうための“契約金”だ。
先に言っておくが、これは俺から言い出した話ではなく、京自ら言い出した、提案してきた話だ。
なぜ、こうなったのか、それは大学時代まで遡る。
大学時代の俺は、ろくに友達もおらず、一人で講義を受け、一人で過ごしていた。
ボッチは今に始まったことでもなく、とくに友達が欲しいとか寂しいとかと言うのはなかった。
というのも、俺には夢があった。それは、小説家になることだ。
ボッチが故に、休憩時間はぼぉーとするか、寝たふりしかすることがなかったが、クラスに小説を読んでいる人がおり、試しに一冊買って読んでみた。
そしたら、見事にハマった。試しに買った小説がよかったのかもしれないが、今まで一切興味がなかった小説にハマった俺は、それからも様々な小説を買っては読むというのを休み時間や家でもしていた。それが、中学の時の話。
小説家を意識し始めたのは、高校の時だ。高校時代にもなると、本格的に将来の話が出てくる。
進学して大学に行くのか、就職して社会に出るのか。
みんな、どうせするなら好きなこと、面白いことをしてみたいと思うだろう。そこで俺は、小説家を目指してみることにした。
文才があれば、高校生で現役作家になれたかも知れないが、残念なことに俺にはなかった。
いくつか小説を書いては、応募してみたり、ネットに投稿してみたりしたが、反応はイマイチ。
特に芽が出ることなく、大学に進学し、つまらない講義を受けつつ、休み時間には小説を書くなどをして過ごしていた。
そんなある日だった。彼女と……九野京と出会ったのは。
いつものように、人気が少ない自販機横のベンチに座り、スマホで小説を書いていたら、前からバサバサと何かが散らばる音がした。
スマホから目を離し前を見ると、床にノートと紙が散らかっており、それを拾う女の子の姿があった。
紙はノートのページっぽく、講義の内容がキレイにまとめられていた。
数枚こちらにも飛んできており、近くのやつを拾い、女の子に渡した。
「はい、これ」
「あ……。ありがとう……ございます」
女の子の前髪は長く、髪の隙間から恐る恐るという風にこちらを見て、ペコリと頭を下げ、ささと去っていった。
「人見知りなのかな?」
特に気にすることなく、俺はベンチに戻り小説書きに戻った。去っていった女の子が、こちらを振り返っているとも知らずに。
数日後、講義を受けるため、教室でいつもの定位置である壁側に座っていると、珍しく隣に人が座ってきた。
チラッと隣を見ると、前髪が長い、この間床にノートをばら撒いていた女の子だった。
「あ……」
思わず、声を漏らしてしまい、女の子がこちらに向いた。
前髪越しに目が合ったが、女の子はすぐに目を逸らした。
その後、特に会話も関わりもなく講義を受け、終わると昼ご飯を食べに食堂に向かった。
「おばちゃん、今日は天ぷらうどん」
「はいよう。って、今日
「おばちゃんの天ぷらうどん美味しいからね」
「あら、褒めてエビ天一個しかおまけしないわよ」
「ありがとう」
うちの大学は、食堂がなぜか三つもあり、俺はいつも少し離れ、人があまり来ない食堂に来ており、通っているうちにおばちゃんと仲良くなっていた。
「次の子はどれにする」
「…………」
「ん? ああ、あれと同じのね」
他にも人が来たのか。というか、あれって俺のことか? まあ、いいや。
人が来ないと言っても、全く来ないと言うわけでもなく、多くても五、六人程はいる。
それでも、他二つの食堂と比べれば少ない方だと思うが。他のとこは行くことがないから、知らない。
ほぼ貸し切り状態、席選び放題の食堂で、こちらもいつもの定位置、意味もなく真ん中の席に座り天ぷらうどんを食べる。
通常、食堂の真ん中席というのは、陽キャグループが座ると言う謎の暗黙のルールが出来ているため、間違って座った日には、陽キャグループと相席するはめになる。
なので、俺のような陰キャボッチは、こういう人が来ない場所でしか、堂々と真ん中の席に座ることはできない。……自分で言ってて、こんなにも悲しいことはないな。
おまけしてくれたエビ天を食べていると、真隣に同じ天ぷらうどんが乗ったお盆が置かれ、椅子に座る人がいた。
こんなにも席が選び放題の中で、わざわざ俺の隣に座るなんて、どんな奴かと思い隣を見ると、またしてもあの女の子だった。
「……っ!?」
危うく声が出そうになったが、今度は耐えた。
なぜ、この子は、教室でも、食堂でも、わざわざ俺の隣を座るんだ。別にダメってわけでも、嫌ってわけでもないが、なぜ俺の隣に!?
気にしても仕方がないと、俺はうどんを食べる。
うん、天ぷらもそうだけど、やっぱりおばちゃんのうどんは美味しいな。
うどんを食べていると、おばちゃんやって来た。
「はいこれ、ポテト。サービスね」
「おー、ありがとー」
「あら、二人とも知り合いだったの。もしかして、そういう関係? あら、そうだったら、ごめんなさいね。邪魔者はお邪魔するわ。若いっていいわね」
「いや、ちがっ」
否定する前におばちゃんは、戻っていってしまった。揚げたてポテトを俺と女の子の間に置いて。
ポテトのサービスは嬉しいが、ポテトと一緒に置いていった爆弾はどう処理したものか。
ただ(なぜか)俺の隣で食べていただけなのに、彼女と間違われて迷惑しているであろう女の子の顔を見ると、うどんを食べていた手は止まり、顔を俯かせ、耳が赤くなっていた。
「…………」
これはどっちの反応だ? 照れからくるものなのか、怒りからくるものなのか。
どちらにせよ、既に爆弾は爆発していたらしい。
う〜む、ま、取り敢えず、女の子にもポテトすすめておくか。
「よかったら、一緒にポテトどうぞ。サービスのやつだけど。ここのポテト美味しいから」
「…………」
無反応か無視かと思ったら、小さくコクリと頷き、細く白い指を伸ばし、ポテトを一本摘み、食べた。
俺も一本摘み食べ、その後無言で二人並んで、天ぷらうどんを食べつつポテトを食べた。
何気に、誰かとこうして食べるのは初めてだった。
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