優しい人
俺たちは目的の中華料理屋へ着いて、店の前で立ち止まっていた。スマホで調べた通り、年季が入っている建物でこじんまりとしており、一言で表すなら『老舗』だろう。
彼女は店の建物を見つめながら、口を開いた。
「THE・中華料理屋って感じだね」
「そうだね……。寒いし、中に入ろっか」
「うん」
俺たちは開き扉を開けて、店の中へと入る。
「いらっしゃい」
そう言ってきたのは、厨房に立っている、いかにも頑固おやじのような店主だ。年齢は70代だろうか? 短髪の白髪に、眼鏡チェーンを付けている眼鏡をかけており、鷹のような鋭い目つきをしている。正直、ちょー怖い。怒鳴られたりするんじゃないかと心配になる。ちなみに、客は俺たち以外に誰もいない。
俺たちは二人席に座り、メニュー表を見る。メニュー表には数えきれないほどのメニューがあり、麺類だけでも30種類以上はあるのではないか? その他に、ご飯ものや一品料理……サイドメニューや飲み物がある。
「不知火くんはどれにする?」
彼女にそう聞かれて、俺は頭を悩ます。うーん、そうだなぁ……昼にタンメンを食べたから、麺類は食べたくないんだよなぁ……。となると、ご飯ものになるけど……中華丼や天津飯、チャーハンなどがある。餃子は絶対に頼みたいし……よし、決めた!
「天津飯と餃子にしようかな」
「う~ん、私も餃子食べたいなぁ……」
「じゃあシェアする?」
「えっ……いいの?」
俺は微笑んで頭を掻きながら口を開く。
「3個で十分だからさ……」
「ありがとう。じゃあ、私は……味噌ラーメンにする」
「りょーかい」
俺は厨房に立っている店主に声をかける。
「すみませーん。天津飯と味噌ラーメン、餃子をお願いします」
「…………はいよ」
なんだか店主が喋るまでの間が長かったけど……まあ、無事に注文できたから良しとするか。
すると、彼女が俺の名前を呼んできた。
「不知火くん……」
「ん? どうした?」
「その……不知火ってとっても優しいよね」
「…………」
今まで一度も優しい人なんて言われたことなかったけど……まさか、推しからそのような言葉を言っていただけるとは……なんてご褒美なんだッ! 誕生日に食べたいものや欲しいものが手に入るのと同じぐらいのご褒美だぞ! そうかそうか。俺って……優しい人なのか……。
俺はそう思いながら微笑んでいると、彼女はテーブルに視線を移す。
「私は……大好きなんだ」
「大好きって……何が?」
「その……」
「その?」
彼女は頬を赤らめながら、俺の顔を見つめる。
「あな――」
「はいおまち」
店主が注文した料理を持ってきて、テーブルに並べる。
「ありがとうございます」
俺が店主にお礼をすると、店主は口角を上げて口を開いた。
「熱いから気を付けて食えよ」
そう言うと、店主は厨房へと戻っていった。外見はとっても怖いけど……本当は、お客さんのことを思っている優しい人なんだろうなぁ……。
俺は運ばれてきた出来立ての天津飯を見るが、彼女が何か言おうとしていたので聞き返す。
「ごめんごめん。それで、何が大好きなの?」
彼女は運ばれてきた出来立ての味噌ラーメンを見つめながら口を開く。
「あな……」
俺は首を傾げる。
「あな?」
「あな……る」
「えっ……」
しばらく沈黙が続き……彼女が顔を真っ赤にしながら口を開いた。
「あれ!? 私、何言ってるの!? 不知火くん、今のは聞かなかったことに――」
嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!? ありさちゃんが……ありさちゃんの口から……アナルなんて言葉を聞くことになるなんてッ! アナルが大好きなのか!? マジで言ってるの!? いや……嘘をついているようには見えないから本当なんだろう。でも、珍しいぞ……アナルが好きな人は。てか、アナルが大好きってどういうこと!?
「ま……まあ、人間だから性癖があるのは当たり前だよね。大丈夫……大丈夫だから」
「不知火くん、ドン引きしてるじゃん! 全然大丈夫じゃなさそうだし――」
「ほら、冷めないうちに食べよう」
「違うのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!」
俺は苦笑いをしながら天津飯を一口食べる。甘酢がとっても美味しく、卵も焼きすぎでもなければ、焼きなさすぎでもない……絶妙な焼き加減だ。うん、美味しい……とっても美味しい。彼女のアナル発言を忘れてしまいそうだ。
彼女は顔を真っ赤にしながら、味噌ラーメンを食べている。
「美味しい……じゃなくて、さっきの発言だけど――」
俺は顔の前で両手を広げて口を開く。
「まあまあ、少し落ち着こうか」
「落ち着けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
「忘れることはできないけど……できないけど……大丈夫だよ」
「だから、全然大丈夫じゃないから!」
「友達をやめたりしないから、安心しなよ。つうか、俺はありさちゃんと関係を断とうなんて、一切思ってないし……」
「本当に?」
「推しに嘘なんかつかないよ!」
そう言って俺は、彼女に笑顔を見せる。
「…………やっぱり不知火くんは、優しいね!」
そう言って笑顔を見せた彼女は、とても美しくてつい見惚れてしまうのだった。
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