女心

 午後の授業が終わり、放課後になったのだが……今日は彼女からの誘いもないので帰ろうとしたところ、スマホが振動してメッセージが送られてきたことに気づく。


「ん? 妹からか?」


 ズボンのポケットからスマホを取り出して、メッセージを確認すると……。


『これからどこか遊びに行きた……行かない?』


 メッセージの送り主は、ありさちゃんだった。俺以外に友達がいないのだろうか? 彼女は……。思い返してみれば、彼女が転校してきて3日目になるが……彼女がクラスの奴らと話してるところを一度も見てないな。クラスの奴らと友達になりたくないのか? だけど……だとしたらどうして、俺とは話してくれるんだろう? 席が隣だからか? 他に理由が思いつかないなぁ……。


 俺は彼女にメッセージを送り返す。


『いいよ。いつもの場所で待ってる』

『分かった!』


 お気づきかもしれないが、学校にいる時の彼女と、俺と二人きりだけの彼女は口調も違うし、態度も違う。まあ、仕方のないことなんだけどな……学校で知名度が高いと、アイドルの西園寺ありさだとバレてしまうかもしれないから。


 俺はスマホをズボンのポケットにしまい、教室を出て裏路地いつもの場所で集合するため向かうことにした。


 目的の場所に着いて15分くらい経つが、まだ彼女の姿はない。俺はスマホでゲームをして時間を潰していると……彼女が汗をかきながら姿を現した。


「ハァ……ハァ……。不知火くん、待たせちゃってごめんね!」


 荒い息をあげている彼女を見て、俺は思った。


 顔が赤くてとってもエロいと――。


「そんなに待ってないから気にしないで。それよりも……どうしたの? そんなに息を荒げて……」

「ちょっとお腹が痛くてトイレに入ってたんだ。それで……学校からここまで走ってきたの」

「走ってこなくてもよかったのに……。大丈夫? 今はお腹痛くないの?」

「うん、大丈夫! 出すもの出してきたから!」


 ありさちゃんの口から『出すもの出してきたそのような言葉』は聞きたくなかったなぁ……。まあでも、彼女が元気ならそれでいい! 俺が見たいのは、元気に笑っている彼女だから……!


「んで、今日はどこに行くか決めてるの?」


 すると、彼女は俺から視線を移しながら口を開く。


「決めてない……。だから、どこに行けばいいのか分からない」

「そっか……」


 ん~、彼女が喜んで楽しんでくれる場所ってどこだ? カラオケ……は少し違う気がするし。遊園地…はこの近辺にないし……どこにあるんだ!? 彼女が喜んで楽しんでくれる場所ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!


「あっ……!」


 俺はピカッと閃いて、彼女に提案をする。


「映画館とかはどうかな?」

「映画館……行きたい! 早く向かおう! 不知火くん!」

「あっ……ちょ……!」


 俺は彼女に腕を引っ張られながら、近くの映画館へと向かうのだった。


 映画館の建物の前に着いた俺たちだが、俺は口を開いて彼女に言う。


「ありさちゃん、腕を離してほしいんだけど……」

「あッ! ごめん!」


 彼女は咄嗟に掴んでいた俺の腕から手を離す。


「痛ててて……」


 俺は彼女に掴まれていた腕の部分を手で触る。映画館に着くまでずっと掴まれていたので、赤くなっている……が、これは俺にとってご褒美なのだ。なぜなら……推しの指紋や手汗が、俺の腕に付着しているからだ! 俺のことをキモいと思った奴もいるかもしれない……と言うより、キモいと思う奴が大半だと思うが、別に俺はキモいと思われてもいいッ! プライドなんざ、とっくに捨ててきた!!


「ありさちゃんは何か見たい映画ある?」

「昨日から公開してる『恋愛ドロップス』という映画が気になっているけど……」

「じゃあ、それを見ようか」


 すると、彼女は驚いた表情で俺のことを見てきた。そして、口を開く。


「不知火くんは見たい映画ないの!? 見たい映画があったから、映画館ここにしたんじゃ……」


 俺は顔の前で右手をブラブラと横に振りながら口を開く。


「ないよ~。映画館なら、ありさちゃんが喜んで楽しめるかな~って思ったから選んだだけ」

「不知火くん……私のためを思って……」


 なぜか彼女は頬を赤らめながら、俺のことを見つめている。別に今、そんなに暑くないけどなぁ……むしろ、少し寒い。なんか俺、彼女に変なこと言ったか? いや、言っていないはずだけど……。だとしたら、どうして彼女は頬を赤らめているんだ? …………女心が分からねぇ。


「不知火くん!」

「は……はいッ!」


 いきなり名前を呼ばれたから、びっくりして裏声で返事しちゃった! ちょー恥ずかしいッ!


「不知火くんは自覚ないと思うけど……不知火くんが思っている以上に、私は不知火くんのことを想ってるよ」

「えッ……。それってどういうこ――」

「さあ、恋愛ドロップス見るためにチケット買おう!」


 そう言うと、彼女は映画館の中へと入っていく。俺はそんな彼女のことを見ながら呟く。


「やっぱり、女心が分からねぇ……」


 彼女に続いて、俺も映画館の中へと入っていくのだった。

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