兄弟

 着替えを終えた妹がリビングに戻ってきた。俺は床に四つん這いの状態で下を向いて、ボソボソと独り言を呟く。


「妹とキスをしてしまった。恋愛として好きでもない人とキスをしてしまった。俺はこれからどうやって生きていけばいいんだ? キスをした時の記憶を忘れたくても忘れられない。あぁー! 俺はどうすればいい!? どうやって妹と関わっていけばいいんだ!? もう今までのようには関われない! どうする……どうするどうするどうするどうするどうする!! 何が正解なのか分からないッ!」


 完全に俺は冷静さを失っていた。仕方ないだろう……恋愛として好きではない、血の繋がっている妹とキスをしてしまったのだから……。ハプニングというのは、このようなことを言うのだろうか? いや、きっとそうだな。これがいわゆる、ハプニングってやつなんだ。妹の唇がとても柔らかかった感触が記憶に残っている。あー! 消してしまいたい! 俺の脳内から妹とキスをした記憶を消去してしまいたいッ! だけど、そんなことはもちろんできず、過去を変えたり過去に戻ったりすることもできない。してしまったものは、仕方ないんだと思うしかないのだ。


「お兄……ご飯食べよ」


 俺は四つん這いの状態で、話しかけられた妹の顔を見つめる。


「ハプニングがあった後に、飯を食べる気になるか? 俺には理解できな――」


 すると、妹は大きな声で言葉を発する。


「お兄もわざと私にキスをしたわけじゃないし、私を助けようとしてくれたんでしょ!? 確かに、ファーストキスを奪われたのはショックだけど……私は、変態でバカな男にファーストキスを奪われるよりマシだと思ってる! お兄の気持ちもわかるけどさぁ……立ち上がらないと前には進めないよ! ポジティブに捉えれば、少しは気持ちも落ち着くし、冷静になれる」

「玲愛……」

「さっきのことは仕方のないことだった。はい、おしまい! それでいいじゃん!」

「…………」


 俺は妹の言葉を聞いて、コイツは凄いなぁ……と思ってしまった。恋愛として好きでもない奴にファーストキスを奪われたのに、ポジティブに捉えて『仕方のないことだった』で終わらせる。俺はそんな妹に感心してしまった。いつまでもこのままじゃ何も進まない。俺も妹のように立ち上がって前に進まないと……!


 俺は四つん這いの状態から立ち上がって、妹の方へと歩く。


「お兄?」

「…………」


 俺は妹のことを強く抱きしめて、感謝の言葉を伝える。


「お前のおかげで立ち直れそうだ。ありがとう!」

「お兄……」


 俺は妹から離れると、微笑みながら言葉を発した。


「飯、食おうぜ!」


 妹はそんな俺のことを見つめると……笑顔で首を縦に振った。


「うん!」


 俺たちは椅子に座って、テーブルの上に置いてあるコンビニ弁当を手に取る。


「ハンバーグ弁当……どうしてハンバーグなんだ?」


 すると、妹はキリッとした表情でこう言った。


「私が食べたかったからッ!」

「……そうですか」


 俺は妹に質問したのが間違いだったと思う。弁当の蓋を取り、割り箸を手に持って手を合わせる。


「いただきます」


 俺はハンバーグを一口食べる――美味しいけど、ちょー美味しいわけではない。値段に見合ったそれなりの味だ。米も炊き立てではないので、ふっくらした食感ではない。まあ、所詮はコンビニ弁当だから仕方ないか……。


 俺は割り箸を手に持ったまま、食事をしている妹に話しかける。


「なんか学校で変わったこととかないのか?」


 妹は口の中に食べ物が入っている状態で口を開く。


「どうしてそんなこと聞くの?」

「単純に気になっただけだ。それと、口の中の物が見えるから飲み込んでから喋ってくれ」


 妹は口の中の物を飲み込んで喋る。


「特に変わったことはないよ。あっ! でも、一つだけあるわ」

「なんだ?」

「…………今までは1週間のうちに2~3人に告白されたけど、最近はほぼ毎日、告白されるようになった」

「そ……そっか」


 どうでもいいー……。質問した俺がバカだった。俺は言葉を続ける。


「告白される方も大変だと思うけど……頑張れよ。俺は告白されたことないから、お前の気持ちが分からないけど……」

「んなこと知ってるよ~! お兄が告白なんてされるわけないし~! モブ顔のお兄のことを好きになる女子なんているわけな――」


 俺は椅子から立ち上がって、妹に近づき……頭をグリグリする。


「痛ッ……! なにすんの、お兄!」


 俺は妹の頭をグリグリするのをやめて、口を開く。


「確かに、俺はお前とは違って告白されたことねぇけど……お前は俺のことを甘く見すぎだッ! こんな俺のことを密かに惚れている女がいるかもしれねぇだろ!?」


 妹は顔の前で手を横に振る。


「いやいや、それは100%ありえないよ。あっ、でも……」

「でも?」

「希望を持たせないとなんか可哀想だから、99%にしておくね」

「…………」


 うん、やっぱりコイツは俺のことを甘く見すぎだし、凄くムカつく。


 俺は妹の頭を先程よりも更に強くしてグリグリする。


「痛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!!」

「このやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおう!!」


 兄弟とは、このような関係で合っているのだろうか?

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