ファーストキス

 自宅の前に着いた俺は、玄関のドアを開けて口を開く。


「ただいま~」


 そう言うが、妹からの返事はない。リビングの電気がついているから、きっと聞こえていないだけだろうと思い、俺は靴を脱いでリビングへと向かう。


「帰ったぞ~」


 しかし、リビングは電気とテレビがついているだけで妹の姿はない。俺は辺りを見回すが……テーブルの上にコンビニ弁当が二つ置いてあるだけである。一体どこにいるのだろうか? 妹の靴は玄関にあったから、家の中にいるはずなのだが……。まあ、そのうち現れるだろうと思い、俺は妹が現れるまでソファーに座り、テレビを見て待つことにした。


「19時を過ぎたけど……」


 あれから20分ほど経つが、未だに妹が現れない。


「どこにいるんだよ……」


 俺がソファーから立ち上がった――目の前にバスタオルを体に巻いている妹が現れた。


「あっ……お兄、おかえり」

「おかえり……じゃねぇよ! お前がどこにいるのか心配したんだぞ! まさか風呂に入っていたとはなぁ……」

「お兄が私のことを心配してくれるなんて……これが兄弟愛ってやつなのね!」


 そう言って妹は涙を流す。俺は見抜いているけどな……その涙が偽りの涙だということを……。コイツ、俺がどれだけ心配したのか分かってないだろ。うん、絶対に分かってない! のんきに風呂に入ってやがって……。


 俺は額に青筋を浮かべながら、深呼吸をする。


「とりあえず服を着ろ。飯を食うのはそれからだ」

「お兄、妹の胸を見て興奮しないの?」

「はあ? 興奮するわけねぇだろ。バカなこと言ってんじゃねぇ」


 すると、妹は不敵な笑みを浮かべると……俺に抱き着いてきた。


「どうだ! 私の奥義、おっぱいアターック!」

「…………」


 俺は抱き着いてきた妹のことを無表情で見つめる。ちょー無表情で見つめた。コイツは何をしているんだ? 何が私の奥義、おっぱいアターック! だよ。お前はAカップの貧乳なんだから、おっぱいと呼べるものを胸につけてないだろ。俺はありさちゃんにハグをされたから分かるんだ。おっぱいの感触が。妹よ、お前は勘違いをしすぎだ。そんなんで俺が興奮したり、混乱したりするわけがないだろ。


「一つ、言ってもいいか?」

「ん?」


 俺は無表情のまま、妹に向かって言い放つ。


「お前の奥義、俺には通用しねぇぞ」

「ど……どうして……!?」

「どうしてもなにも……お前、貧乳だから感触が伝わってこねぇんだよ。おっぱいの感触が」


 そう言うと、妹は俺から抱き着くのをやめて離れる。そして、下を向きながら口を開いた。


「お兄は……お兄は、おっぱいの感触が分かるの?」

「まあ……つい最近、おっぱいの感触を知った。これが……おっぱいかぁーって思った」


 妹は俺の顔を見つめると……不愛想な表情で言い放つ。


「童貞のくせに……」


 俺はそんな妹のセリフを聞いて、額に青筋を浮かべる。


「童貞で悪かったなぁ! てか、童貞だと何か悪いんですかねぇ!? そんなに童貞童貞って言うなら……お前で童貞を卒業してやろうかぁ!!」


 妹で童貞を卒業するのは冗談だけど……妹の態度と言葉に、俺は腹が立ってしまった。妹だって処女のくせに……俺だけ童貞と言われるのは不平等だろ。


 すると、妹はドン引きした表情で言葉を発する。


「お兄……それマジで言ってる?」

「冗談に決まってんだろ。お前なんかとヤりたくねぇよ」

「本当に……?」


 妹は疑いの目を向けてきたので、俺は大きな声で口を開く。


「嘘じゃねぇよ! そんな目で俺のことを見るなッ!!」

「ふーん」

「なんだよ、その反応は」

「なんでもな~い」


 妹はそう言うと、二階の自室へと向かおうとしたのだが……何もないところで転びそうになる。


「うわッ……!」

「ハッ……!」


 俺は頭で考えるよりも先に、妹のことを助けていた。たまーに生意気でイラつく妹だが、俺のために一生懸命、料理を作ってくれる。優しい部分もあり、ウザイ部分もある妹だが……俺はそんな妹のことが好きなのだろう。だから、俺は転びそうになっている妹を無意識に助けようとしている。これが……兄弟愛ってやつなのかもしれない。


「んー! んー!」

「ん?」


 ちょー近距離で妹の声が聞こえる。俺は目を閉じているので、妹が無事なのかを確認するために目を開ける――俺は目を開けると同時に、頭の中が真っ白になってしまった。なぜなら……床に倒れている妹の唇に、俺の唇が重なっていたからだ。


「!?」


 俺は大きく目を開けると、動揺しながら内心思う。どうして……どうしてこうなるんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!! 俺のファーストキスの相手が……妹になるなんてッ! どうしたらこんな風になるんだよ!? 俺はただ転びそうになっていた妹を助けただけだぞ! 最悪だ……最悪の事態だ。まさか妹とキスをする日が来るなんて……。


 すると、妹は俺の頬を両手で触って……唇を離した。妹の顔が真っ赤になっているのが一目見てわかる。俺は妹とキスをして恥ずかしさよりも、絶望感に浸っていた。ファーストキスの相手が……妹。


「もう最悪! 童貞のお兄にファーストキスを奪われるなんて……!」


 俺は涙目になりながら、妹に向かって言葉を発する。


「それはこっちのセリフだ! こうなるなんて思ってもなかった!」

「……着替えてくる」


 そう言うと妹は起き上がり、立ち上がって階段を上り、自室へと行ってしまった。


 俺は大きなため息をついて、その場で叫んだ。


「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!」


 俺はしばらくその場から動けなかったのだった。

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