おバカで安心

 午前の授業が終わり、昼休みになった俺たちは……学校の屋上に置いてある古びたベンチに座って昼飯を食べていた。鶴瀬さん……いや、ありさちゃんが作ってくれた手作り弁当を食べているのだが、弁当の中身はゆかりがかかっている米にタコさんウインナー、甘い卵焼き、小さなサバの塩焼きにプチトマトだ。どっかの誰かさんとは違って、味も薄くなくて食べていて思わず笑みがこぼれてしまう。


「ありさちゃんの手料理、初めて食べたけど……ちょーうめぇなぁ!!」


 そう言って彼女の方を向くと、彼女は頬を赤らめていた。そして、口を開く。


「そう言ってくれると……その……とっても嬉しい」


 彼女は頬を赤らめながら弁当を見つめている。なぜか俺と目を合わせようとしないが、もしかして恥ずかしがっているのだろうか? 恥ずかしがっているのだとしたら……何に対して恥ずかしがっているんだ? 別に恥ずかしがるようなことを言ったりした記憶はないが……まあ、いいや。


 俺は彼女が作ってくれた弁当を食べ進めるのだった。


 俺たちは弁当を食べ終え、手を合わせた。


「ごちそうさま」

「ごちそうさん!」


 俺は雲一つない青空が広がっているのを見ながら、呟いた。


「こんな日々が毎日続けばなぁ……」

「ん? 不知火くん、今何か言った?」


 俺は目を閉じながら口を開く。


「いやぁ~、何も言ってないよ」


 俺は目を開けて彼女の顔を見つめながら、言葉を続ける。


「それよりさぁ、今日の放課後って予定ある?」


 彼女は首を横に振りながら口を開く。


「ううん、特に予定はないよ。どうして?」

「タピオカミルクティーが無性に飲みたいんだよ」

「…………意外だね。不知火くんの口からタピオカミルクティーなんてワードが出てくるなんて……」

「そうか? 一人で買いに行くのなんか寂しいし、恥ずかしいから……放課後、付き合ってくれないか?」


 そう言うと、彼女は真剣だった表情から一転して、口元が緩んでニヤケ面をしながら口を開いた。


「不知火くんがそこまで言うなら……仕方ないなぁ! 付き合ってあげるよ!」


 どうしてこんなにニヤニヤしてるんだ? ありさちゃん……。よく分からない部分がある人だけど……彼女が一緒に付いてきてくれるならありがたい。駅近のタピオカ専門店は、放課後になると学生が長蛇の列を作って並んでいるからなぁ……。しかも、9割がカップルやミンスタグラムに写真を投稿する女子高生の集団だからな。そんな中に地味な男子高校生が一人で並んで注文するのは、ハードすぎるッ!


 すると、彼女はベンチから立ち上がり、俺に一言言ってその場を後にした。


「それじゃあ放課後、楽しみにしてるね!」


 俺は彼女が屋上から立ち去っていくのを見ると……首を傾げた。


「楽しみにしてるねって言ってなかったか?」


 彼女がその場を後にする際、俺の頭の中はタピオカミルクティーのことでいっぱいだったから、彼女が言った言葉をはっきりと覚えていない。それじゃあ放課後までは覚えているけど……あっ! 楽しみにしてるじゃなくて、楽しもうねって言ったはずだ! そうかそうか、俺の聞き間違いだったか……。


「にしても……今日も天気がいいなぁ……」


☆★☆★


 食べ終えた弁当箱を持って屋上を後にした私は、顔を真っ赤にしながら恥ずかしい感情を抱いていた。なぜかというと……つい、不知火くんに『放課後、楽しみにしてるね!』と言ってしまったからだ。私の本心を彼に伝えてしまった。私はなんて失態を犯してしまったんだッ! バカバカバカ! 私のバーカ! 彼に惚れていることがバレてしまっただろうか? ……いや、ギリギリバレてないと思う。そう思いたい! 


 私は真剣な表情でそんなことを思いながら廊下を歩いていると、つまずいて転びそうになる。


「あッ……!」


 私は無意識に目を閉じると――男子の声が聞こえたので目を開く。


「おいおい、大丈夫か? えーと……鶴織つるおりさんだっけ?」


 私の体を支えて、転びそうになっていたのを助けてくれたのは……不知火くんとよく話している男子生徒だった。苗字は分からないけど……不知火くんが蓮夜って名前で呼んでいるのは知っている。私は彼の顔を見ながら口を開いた。


「ありがとうございます。助けていただいて……蓮夜さん」

「いいってことよ! それよりさぁ、鶴織さん……羅一どこにいるか知ってる?」

「誰ですか? 鶴織って……。私は鶴瀬ですけど……」

「あれ? そうだっけ?」


 不知火くん、こんな人と本当に友達なのかしら? 人の苗字を間違える、おバカさんだけど……。


「不知火くんなら、もうすぐ教室に戻ってきますよ」

「鶴織さん……」

「鶴瀬です」

「どうして羅一がもうすぐ教室に戻ることを知ってるんだ?」

「えッ……」


 しまった! 相手がおバカさんだからって気を抜いてた! 不知火くんが教室に戻ることを言うってことは……不知火くんの行動を知っていることをバラしてしまったものじゃない! どうしよう……なんて誤魔化せばいいか――。


「あれ? 蓮夜、どうして鶴瀬さんと一緒なんだ?」


 不知火くんに見つかってしまった! ヤバイヤバイ! この蓮夜おバカさんを誤魔化せられるルートが見つからないッ! …………詰んだわ。


「どこに居たんだよ、羅一。見つけてたんだぞ」

「すまねぇな。腹が痛くてトイレに籠ってた」

「昨日も同じこと言ってなかったか?」

「そうだっけ? よく覚えてないわ(ありさちゃんと昼飯を食べていることを隠している)」

「……まッ、そういうことなら仕方ねぇな! んなことよりさぁ――」


 不知火くんたちは教室の中へと入っていった。


 私は深呼吸をすると……心を落ち着かせて内心思うのだった。


 蓮夜おバカでよかったぁ……と。

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