眼帯おじさん

「んじゃお兄、おやすみー」

「おう」


 俺たちは別々に分かれて自分の寝室部屋へと入る。俺は部屋の電気をつけると、目覚まし時計で時刻を確認した。時刻は21時30分を過ぎている……が、俺はまだ眠くないのでベッドに横たわってスマホの電源をつける。そして……ありさちゃんが歌って踊っている動画を見ながらニヤニヤする。


「こんなにも可愛い天使が、俺にハグをしてきたんだ。ちょー最高って言うしかないだろッ!!」


 ナナクロはありさちゃんを含めて5人のグループで、センターはありさちゃんではないが……俺はダントツでありさちゃんが可愛いと思っている。ライブ動画のコメント欄を見ても、ありさちゃんのことを推しているファンは多く、『1000年に1人の逸材』というコメントがあった。分かるぜ……ありさちゃんは確かに1000年に1人の逸材と呼ばれてもおかしくないほどの端正な顔立ちをしているからな。


「まさかうちの高校に転校してくるとはなぁ……」


 これから俺と彼女の関係はどうなっていくのだろうか? 友達と言う関係で終わってしまうのか……それが一番ありえるな。彼女とは友達以下でもなく友達以上でもない。高校を卒業するときに彼女がアイドル活動をしているかは分からないが……元気でねー! って言って俺たちの関係は終わるに決まってる。


「ありさちゃんがアイドルをやめたら、俺の生きがいは無くなっちまうなぁ……」


 俺はスマホの画面に映っているありさちゃんを見ながら呟く。


「今はどこで何してるか分からねぇけど……あの人も言ってたからなぁ。何かに夢中いぞんしてねぇと、生きるのは難しいって……」


☆★☆★


 3年前、当時14歳だった俺は横断歩道を歩いていたところ……右折してきた軽自動車とぶつかって左腕と左足を骨折する重傷を負った。軽自動車を運転していた運転手が車内から出てきて俺に声をかけ、救急車を呼んだ。運転手はよそ見をしていて俺にぶつかってしまったらしい。その後、俺は救急車で近くの総合病院に運ばれて緊急手術をした。そして、目を覚ますと……両親と妹が俺の手を握って見守っていた。


 交通事故が起きてから2日が経ち、俺は入院している部屋が4人部屋だということに気づいていた。左腕と左足にはボルトが入っていて、ベッドから移動することは不可能だったので親に持ってきてもらった小説を読んでいた。


 すると、頭は包帯でぐるぐるに巻かれていて左目は眼帯をしている、隣のベッドの40代と思われる男性が俺に話しかけてきた。


「ボロボロやなぁ! 何があったん?」


 俺は読んでいた小説を手に持ちながら、話しかけてきた男性の方を向いて口を開く。


「交通事故に遭って……それで……」


 すると、男性はベッドから降りて俺のベッドに座って口を開いた。


「俺が言うとるのは怪我のことじゃない……お前の心のことや」

「えっ……」


 心のことって……何を言ってるんだ? この人は?


「お前がこの部屋に来てから、俺は思っとった。心がボロボロやと……」

「あの……心がボロボロってどういう意味ですか?」


 俺がそう聞くと、男性は耳の穴をほじりながら口を開く。


「死んだ魚の目をしとるねん……お前」

「えっ……?」


 男性は俺の目をじっと見ながら再度口を開く。


「ええかぁ? お前に今必要なのは『生きがい』や」

「生きがい……ですか……」

「お前、何か夢中になって楽しんでへんやろ」


 その言葉を聞いて、俺は確かに今まで心の底から本気で楽しいと感じたことはなかった。学校では話している奴は居ても友達とは呼べなかったし、彼女もいない。平日は学校に通い、休日は一人でブラブラと外に出るか、家で小説を読んでいる日々。確かに楽しいわけがない。


「その通りです……」


 俺は下を向いてそう言うと、一点を見つめる。すると、男性は俺の肩を両手で掴んだ。俺は思わず顔を上げる。


「ええかぁ? 人間ちゅうのは、何かに夢中いぞんしてへんと生きていくんは難しいんや。生きづらくなく。せやから、お前は……夢中いぞんできるものを見つけろ。ちなみに俺は……女やけどなぁ!」


 そう言って男性はゲラゲラと笑う。男性を見ていた俺は、つられてクスッと笑った。そして、俺は微笑みながら男性に向かって口を開いた。


「ありがとうございます。あなたのおかげで生きるという行為……いや、ゲームを楽しんでやろうと思います!」


 男性はフッと笑い、俺の肩を叩いて口を開く。


「死んだ魚の目をせんくなったなぁ。人生と言うハードゲームを楽しく攻略してみぃ! お前なら……俺は出来ると信じとる!!」


☆★☆★


 スマホをベッドの上に置き、ベッドに横たわっている俺は、そんな過去を思い出して口角を上げる。


「あなたのおかげで人生と言うハードゲームを楽しんでますよ。生きがいのトリガーとなる推しができて……推しと出会い、一緒にクレープを食べてハグまでされた。攻略できているかは分からないけど……少しづつ前進はしているんじゃないかと思います。感謝してます、眼帯おじさん」


 俺はそう呟くと、部屋の電気を消して眠りについたのだった。

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