両想い

 駅のホームで電車を待っている私は、不知火くんにハグをしたことが頭の中から離れずに、顔を真っ赤に染めていた。もじもじしながら電車が来るのを待つ私。


「どうして私、あんなことしちゃったんだろう!?」


 本人には失礼だけど、不知火くんは顔がカッコいいわけでもない。傍から見たら冴えない顔をしてる地味な男子高校生と思われるかもしれないけど……私は彼と一緒に居て居心地がいいと感じてしまった。彼の言動などが私を惚れさせる要因になるのだ。


 私は深呼吸をして、呟く。


「あの時の私は、頭で考えるよりも先に行動に移してた」


 衝動的に行動してしまった私は、それだけ彼のことが好きだということなのだろうか? いや、好きじゃなかったらハグなんてしようとしない。私は今まで恋愛というものをしたことがなかった。好きという感情がどのようなものなのか理解できなかった。私のファンの人たちは、私のことをどのように好きだと感じているのか分からなかった。


 だけど……彼に惚れてしまった今の私なら、好きと言う感情がどのようなものなのか理解できる。好きになってしまった相手のことが頭の中から離れなくて、抱きついてキスをしたいという欲求が現れてくる。これがいわゆる……性欲というものなのだろうか? 


「不知火くんなら……」


 彼なら私のファーストキスをあげてもいいと思っているし、恥ずかしいけど性行為をしたって構わないと思っている。将来的には彼と結婚して、子供を作りたいとまで思っている。


 私は頬を赤く染めながら、荒い息をあげる。


 私のすべてを彼に授けたい。この世からいなくなるまで、彼のそばにいたい。彼が困っていたら助けてあげたい。今の私は……彼のことしか考えられなくなっていた。


『まもなく2番線に電車がまいります。黄色い点字ブロックの後ろまで下がってお待ちください』


 電車のアナウンスがホーム内に響き渡り、待っていた電車が走ってきて停車する。


「興奮しすぎて頭がおかしくなりそう」


 私は電車に乗り込んで、彼のことを色々と考えながら自宅へと帰ったのだった。


☆★☆★


 その場に呆然と立ち尽くしていた俺は、頭の中が真っ白になってしまい、状況を理解するのに時間がかかった。しばらくすると、俺はベンチに座って両手で頬を触る。


「えッ……」


 俺はようやく彼女に何をされたか理解し、顔を真っ赤に染める。


「ハ、ハハ……ハグをされた!? こ……この俺が……ありさちゃんに!?」


 俺は頭を抱え、混乱しながら内心思う。どうして俺は彼女にハグをされたんだ!? 分からん……マジで分からん!! 彼女が俺にハグをした理由を知りたいけど……本人に直接聞けないし……。まさか、俺に惚れているのか? …………それは100%ありえないな。冴えない顔してる俺なんかのことが好きになるはずがないし……相手はアイドルなんだから。


 俺は深呼吸をすると、公園の敷地内に設置されてある自販機に視線を移す。


「クレープ食べて口の中が甘いから、何か飲み物を買うか……」


 俺はベンチから立ち上がり……自販機で缶コーヒーを購入して手に取る。そして、またベンチに座って購入した缶コーヒーを飲む。


「甘いもの食った後のコーヒーはうめぇ……!」


 彼女が俺にハグをしてきた理由がどうしても気になるが、あまり気にしないようにしよう。考えても正解に導くことはできないし……正解を知っているのは、ハグをしてきた彼女本人なのだから。


「ところで、今何時だ?」


 俺はズボンのポケットからスマホを取り出して時刻を確認する。


「17時13分……。もうそんな時間か」


 俺は缶コーヒーを一気に飲み干すと、ベンチから立ち上がって中身のないコーヒーの缶をごみ箱に捨てて、そのまま帰宅するために駅の方へと向かったのだった。


 俺は駅のホームに着いて、スマホをいじりながら電車が来るのを待っていた。


『まもなく3番線に電車がまいります。黄色い点字ブロックの後ろに下がってお待ちください』


 電車が走ってきて停車し、扉が開いたので俺は電車に乗り込む。


「ヤベぇ……」


 俺は小さな声で呟くと、スマホをズボンのポケットにしまってつり革につかまる。そして、車内の窓から見える外の景色をボーと見つめながら内心思う。


 彼女にハグをされたときに、彼女のデカい胸が俺の胸に当たったのを今になって思い出して……ボヨンとした感触が俺の胸に伝わって、あの時はハグを突然されてことに驚いたけど……今は彼女の胸が俺の胸に当たったことに驚いてる! なんというか、ブルンブルンしたものが体に当たっている感じなんだよなぁ……。


 俺はつり革をつかんでいない左手で、彼女の胸が当たった胸の付近を触る。そして、小さな声で呟く。


「推しの胸が当たるとか……ちょー最高じゃねぇか」


 俺は一点を見つめながら再度小さな声で呟く。


「今日はご褒美がありすぎる日だったなぁ……」


 彼女にハグをされてから、俺はちょー興奮していた。彼女の胸の感触に、彼女のとてもいい匂い。彼女のことが頭から離れなくて冷静ではなかった俺は、深呼吸をして冷静になったつもりだったが……。


 俺はニヤケ面をしながら電車に揺られ、自宅へと帰るのだった。

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