クレープとハグ

 注文したクレープを食べようとしたのだが……上に乗っている細長いガトーショコラから食べるか、クレープの生地にかぶりつくか俺は迷っていた。口を汚しているところをありさちゃんに見られてドン引きされたくないからなぁ……ここはガトーショコラから食べるか。……いや、待て。これは完全に俺の偏見だが、女子はクレープを食べるのが上手いと思っている。だからここは、ありさちゃんがどうやって食べているか見て真似をしよう!


 というわけで、俺は彼女がどのようにクレープを食べているのか視線を移す。


「…………嘘だろ」


 俺は彼女のクレープの食べ方を見て愕然としてしまった。女子はクレープを食べるのが上手いんじゃなかったのか!? そんな……まさかそんなはずが!? 俺は現実を受け止めることができなかった。なぜなら彼女は――。


「どうかしたの? 不知火くん」

「いや……その……なんでもないよッ」


 ありさちゃんの鼻と口の周りに……鼻と口の周りにベットリと白い生クリームが大量に付いているんだけど!? てっきりありさちゃんってクレープに限らず、食べづらい食べ物を奇麗に食べる人だと思っていたけど……真逆だったッ!!


「不知火くん、そんなに私のこと見つめてどうしたの?」

「えッ……その……」


 鼻や口の周りに付いてる生クリームに気づいていないのか!? ベットリ付いてますけどッ! 鼻と口の周りに……生クリームが! って言って教えてあげたいけど……教えてあげたら絶対恥ずかしがるよなぁ……。それはそれで場の空気が変わるし……こういう時はどうしてあげるのが正解なのだろうか? 教えないでそのままにしておいたら、クレープを食べ終わって帰っているときに周りの目が痛いだろうし……。


 俺は脳内で考え……2秒後にとーてもいい作戦を思いついた。そうか……これなら俺もありさちゃんも同等になれて、彼女が恥ずかしがらずに済む! 


 俺は目を閉じながらクレープにかぶりつき、むしゃむしゃと食べ進める。


「不知火くん、鼻と口の周りに生クリーム付いてるよ」


 そう言って教えてくれた彼女を見て、俺は掛かったと思う。そう。俺はわざと鼻や口の周りに生クリームを付けたのだ。それも大量に。彼女が教えてくれることで俺は究極の切り札を使えるッ!


 俺はポケットティッシュをズボンのポケットから取り出す。


「あれれ~、本当だぁ~」


 俺はポケットティッシュで鼻や口の周りに付いた生クリームを拭き取ると、作戦通りに言葉を続ける。


「俺ほどではないけど、ありさちゃんもすこーしだけ生クリームが鼻や口の周りに付いてるよ。良かったら使って」


 そう言って俺は彼女にポケットティッシュを渡す。


「ありがとう……」

「クレープって食べづらいよね~」


 作戦成功! 彼女に恥ずかしい気持ちを与えないために、俺も彼女と同じように鼻や口の周りに生クリームを付けて、さりげなーく彼女にポケットティッシュを渡して鼻や口の周りにベットリ付いた生クリームを拭き取る。そして、最後は……クレープって食べづらいよね~って言うことで共感を得る! 


 すべてはシナリオ通りだ。(碇ゲ○ドウ風)


 彼女はポケットティッシュで鼻や口の周りに付いた生クリームを拭き取ったことで、普段通りの顔になった。マジで良かったぁ……。俺は心の底から安心をする。


「にしてもこのクレープ、とっても美味しいね」

「クレープの生地がもちもちしてて、上に乗ってるガトーショコラもビターな味で、私はとっても好み」

「クレープ自体が美味しいのもあるけど……ありさちゃんと食べているから格段にクレープが美味しいと感じてる。ありさちゃん……」


 俺は彼女のことを見つめると、微笑みながら言葉を続けた。


「俺に生きがいを与えてくれてありがとう!」


 俺がそう言うと、彼女は顔を赤く染めて視線を下に逸らした。夕日のせいで顔が赤く見えているのだろうけど……。


「不知火くんはずるいよ。そんなこと言われたら、私……本気で不知火くんのことが好きになってどうすればいいか分からなくなっちゃうよ!」

「ん? 何か言った? ありさちゃん」


 彼女は深呼吸をして俺の方を向くと、真剣な表情で口を開いた。


「なんでもないよ」

「何かあったら俺に相談してくれ。絶対に力になるから」

「うん……」


 彼女はそう言うと、クレープに視線を映して食べ進める。今はまだ彼女のストーカーはいないと思うけど、もしストーカーが現れた時は……俺が彼女のことを死守して見せるッ! 彼女のために死ねるなら本望。


 俺は真剣な表情でそう誓うと、もう少しで食べ終わるクレープの残りにかぶりついた。


 お互いクレープを食べ終えて、ベンチから立ち上がった。


「そろそろ帰ろうか」

「そうね。不知火くん、今日は私のわがままに付き合ってくれてありがとう」


 彼女はそう言うと頭を下げた。俺はフッと笑うと口を開いた。


「お礼を言うのは俺の方だ」


 俺の言葉を聞いて、彼女は頭を上げる。


「えッ……」


 俺は頭を掻きながら、微笑んで言葉を続ける。


「ありさちゃんと出会わなかったら、こんな幸せな時間を過ごすことはできなかったんだから……」

「不知火くんはずるいよ」

「ずるいって?」


 俺がそう尋ねると、彼女は俺のことを見つめてきて……ハグをしてきた。


「!?」


 ハグをし終えると、彼女は手を振って別れの挨拶をする。


「今日は楽しかったよ。また明日、学校で会おうね!」


 そう言って彼女はその場を後にした。


 その場に残された俺は、呆然と立ち尽くしていたのだった。

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