正体

 昼休みになり、俺は総菜パンを手に持って学校の屋上へと来ていた。古びたベンチに座って、俺は上を向いて空を見る。青空と雲の割合が5対5で、太陽も出ていて直射日光を浴びる。


「いい天気だなぁ……」


 すると、屋上の扉が開いて弁当箱を手に持った鶴瀬さんが現れた。


「お待たせしました」

「うん」


 彼女は俺の隣に座ると、手に持っていた弁当箱を開けて手を合わせる。


「いただきます」


 そう言うと彼女は、箸を持って卵焼きに手を付けようとするが……手を止め、俺の方を向いて口を開いた。


「不知火さんはお弁当じゃないんですね」


 そう言われた俺は、総菜パンを食べながら口を開く。


「両親が早朝から仕事に行くから、弁当を作ってくれない……いや、作れないんだ」

「そうなんですか……」


 そう言うと彼女は、卵焼きを一口パクリと食べる。卵焼きを食べる彼女を見て、今度は俺から質問をする。


「その弁当、親が作ってくれたの?」

「料理をするのが好きなので自分で作っているんです。まだまだ未熟者ですが……」


 俺は手を振りながら口を開く。


「いやいや、全然未熟者なんかじゃないよ。俺なんて卵焼きも作れないし」

「作ったことないんですか?」

「作ろうとも思わないかな。腹がたまればなんでもいいって思ってるから」


 すると、彼女は微笑みながら口を開く。


「不知火さんは男の子ですね」

「ん? それ、どういう意味?」

「なんでもないです」


 そう言って彼女は微笑みながら食事をしている。俺は彼女の言った言葉の意味がよく分からなかったが、あまり気にせずに総菜パンを食べ進める。


「それにしても、今日はとってもいい天気ですね」

「それ、僕も同じこと呟いた」

「不知火さんとは話してて楽しいです」

「そ……そうか……」


 今まで女子と話したことは何回かあったが、自分と話してて楽しいと言われたことは初めてだったので、俺は頬を赤らめて頭を掻く。


「先ほどクラスの女子たちと話していたんですが……不知火さんは『推し』とかっています?」


 推しというワードを聞いた俺は、食事をしていた手を止めて大きく目を開ける。彼女は微笑んで箸を手に持ちながら言葉を続ける。


「私は推しとかはいないんですけど……」


 俺は総菜パンを力強く持ち、下を向いて深呼吸をすると……口を開いた。


「いるよ。偶然どっかで会えないかなぁって思ってる推しのアイドルが……」

「不知火さんも推しがいるんですね。なんてアイドルの人なんですか?」


 俺は真剣な表情になると、彼女をじっと見つめながら口を開く。


「鶴瀬さんとよ~く似てるアイドルだよ。俺の推しは……ナナクロの西園寺ありさちゃんだ。鶴瀬さん、まさかとは思うけどさ……君、ありさちゃんじゃないよね?」


 彼女は微笑んでいたが、真剣な表情で俺のことを見つめる。しばらくすると、彼女は笑みを浮かべながら口を開いた。


「西園寺……ありさちゃんだっけ? 誰だか分からないな~。私は鶴瀬有栖だよ。しかもその人はアイドルをし――」


 俺は彼女の言葉を遮るようにして、口を開く。


「俺の推しはさぁ、銀髪のショートカットで身長が鶴瀬さんと同じくらいなんだわぁ。一致してるんだよ……特徴が」

「…………」


 俺はずっと気になっていた。珍しい時期に転校をしてきた鶴瀬有栖という女子高生。推しと特徴が一致し、声は違うが……声を変えることなんて誰にだってできる。


「鶴瀬さん、本当に君がありさちゃんじゃないのなら……胸を見せてもらおうか」

「へッ……!? な、ななな……何言ってるの!?」

「胸を見せないなら、鶴瀬さん……君はありさちゃんだ。ありさちゃんは意外と胸が大きい。さあ、どうする?」


 彼女は顔を真っ赤にしながら、目をキョロキョロさせている。


「自分で何を言ってるのか分かってる!?」

「ああ、もちろん分かっているさ。そして……鶴瀬さんがと~ても動揺しているのも」

「突然、胸を見せてって言われて動揺しない方がおかしいでしょ!」

「昼休みが終わっちゃうからさぁ、早く選択してよ」

「私の話聞いてる!?」


 俺は食べ終わった総菜パンの袋をズボンのポケットに入れると……真剣な表情で彼女を見つめながら口を開く。


「君を最初見たときはそっくりさんかもしれないと頭をよぎったけどさぁ……ありさちゃんのそっくりさんが本人と同じ髪色で髪型なのはおかしいよね? しかも、君はありさちゃんのそっくりさんってよく言われるとも言わなかったし……俺の目は誤魔化せねぇぞ」


 俺が鷹のような鋭い目つきでそう言うと、彼女は眼鏡をはずして――。


「どうしてバレるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおお!! 眼鏡すればバレないと思ったのにぃぃぃぃぃぃぃぃいい!! はぁ……バレてしまったら仕方ないか……。不知火さん……いえ、不知火くん……私がナナクロの西園寺ありさだってことは誰にも言わないでください!」


 そう言って彼女は、俺の方を向きながら頭を下げてきた。そんな彼女の姿を見て、俺は内心思った。えっ……マジでありさちゃんなの? 鶴瀬さんがありさちゃんだったの!? カッコよく俺の目は誤魔化せねぇぞな~んて言ったけど、ガチで推しだったとは思わなかったし……。胸を見せようとしたら冗談だよって言って止める気だったし、胸を見せなかったら冗談で済ませようとしたけど……絶対、クラス中……いや、学校内に噂が広まって変態と呼ばれてただろうな。あっぶねぇ発言したな……俺。


「鶴瀬有栖……この名前は偽名なのか?」


 すると、彼女は頭を上げて首を横に振った。


「いいえ、本名よ。西園寺ありさは芸名なの」

「そうなのか……」

「話を戻すけど……お願いします! 私がナナクロの西園寺ありさだってことは誰にも言わないでください! 正体がバレたらストーカーとかが現れるかもしれないし、なにせ学校内で有名になっちゃうし!(早口)」


 そんな焦っている彼女を見て、俺は唾液をダラダラと口から垂れ流しながら内心思っていた。


 可愛かわうぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいい!!!


 すでに俺のハートは釘付けにされていたのだった。

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