第28話 魔法の基礎
「ーーさて、では訓練場に来た事ですし、早速私の魔法をお見せしましょう」
先程までいた場所から移動して訓練場にやってきていたエルピスは、興味津々といった顔持ちでこちらを見ている王族に向かってそう言う。
この世界に来てからいろいろな事をやってきたが、その中でも魔法は一番自信があるものだ。
剣術を見せろと言われれば多少戸惑ったりするかもしれないが、魔法ならばこの城の中にいる誰よりも完璧に扱える自信がある。
「大丈夫なのエルピス、本当に魔法使えるの? 私が変わってあげようか?」
「使えるよ! 危ないのでこの線より向こう側にいてくださいよ」
アウローラの冗談に返事しながらも、エルピスは体内で魔法発動のために魔力を集めていく。
基本的に魔法を使用する際には二つの方法があるのだが、一つ目は自分自身が持っている魔力を使う事。
だがこれには個人によって許容量は変わるがどこまでいこうと限界点があり、自分自身の魔力なので制御しやすいというメリットもあるものの強い魔法の使用時にはあまりオススメはできない。
次に自らの周囲の魔力を使う方法だが、こちらは自分の魔力を使わなくて良いので魔力切れを起こしにくくなるという利点こそあるが桁違いなほどの魔力操作が要求される。
どちらかを取ればどちらかを落とす、だからこそ魔法使いには両方の魔法運用が要求される。
戦術級以上の魔法使用時には自分の魔力と外部からの魔力両方を上手く扱う必要があり、それこそが使用者を減らす一因になっているのだがそれはまた別の話だ。
「では行きます」
使用する魔法を頭の中で思い浮かべるだけでエルピスの目の前に大きな魔法陣が形成されていく。
〈無詠唱〉の
通常ならば一月単位でかかる詠唱だってエルピスの手にかかれば一瞬だ。
「戦術級魔法〈
発動された魔法はこの世界において正式な記録では国家間での戦争でのみ使用された超広範囲殲滅型呪文。
本来は半径100km以内に立っていられないほどの暴風雨と雷を発生させる代物なのだが、エルピスはそれをバスケットボール程度の大きさに濃縮し、手のひらでとどめながら小さく笑みを浮かべる。
本来ならば広範囲に影響を及ぼす魔法をこれ程まで小さくするとどうなるか、それはこの城の誰に聞いたってわかりはしない。
何故ならばこの様な芸当ができる人間など世界中探したところで数えられる程度しかいないからだ。
ただ傍観者達と違いこの魔法を発動させた本人は、この魔法がどうなっているのかを知っている。
消費する魔力量は莫大であり、求められる魔力操作はエルピスをして気が抜けないほどのもの。
広範囲にわたって雷雨と暴風による災害を引き起こすそれをただただ濃縮しただけのこの魔法は、もし人間が触れればチリすら残らないであろう。
何が起きているのかを理解できなくとも、人はなんとなくそれを見れば自分たちがどうなるのかを理解する。
「……兄ちゃん」
「口を閉じろ。いまエルピスさんの集中を乱したら不味い」
もう少しキャッキャッと喜んでくれるかと思っていたエルピスだったが、さすがにこれほど危険なものだと緊張感のほうが上らしい。
第一王子の言っていることは正しい。
こんなものをこんなところで開放すればいったい何人死ぬか。
エルピスが手を軽く振るえば荒れ狂う暴風雨の塊はまるで何事もなかったかのように掻き消える。
「いや……うわぁあんた無茶苦茶ね」
「お褒めにあずかり光栄です。お嬢様」
/
目の前で事前に伝えた通りの手順で魔法を発動する少年少女達を眺めながら、エルピスは昨日の内に市場で買っておいたお菓子を食べる。
煎餅に何処と無く似ているので買ったが、湿気っているし味付けもされていないので正直いって美味しく無い。
魔法で火を出して炙ればまぁまだマシにはなるが、それでももう一度食べようとは思えなかった。
次はどのお菓子にしようかな……そう思いながらアイテム欄をスクロールしていると、一番近くで魔法の訓練をしていたアウローラから声がかかる。
「ーーちょっと、エルピス! 休んでないで私に魔法の使い方を教えてよ! 私まだ中級までしか出来てないんだけど」
「一旦休憩にしましょうって私さっき言いましたよね……まあ真面目じゃ無いよりはましですか。分かりました、何処が分からないんですか?」
杖をこちらに向けながらアウローラが文句を言ってくるので、悪態をつきながら自分も杖を出しエルピスは教える準備をする。
王族の指南役なのにだらけていて怒られないのかと言われそうだが、他の王族の人達は早くも自分がどの魔法に向いているか向いていないかを見極め、得意な事を伸ばそうとしていた。
下手に意見を出して方向性を決めるとエルピスの経験上それ以外の事を考える意欲がなくなるので、エルピスは質問された時のみ答えると言う方式にしているのだ。
だがアウローラからすれば魔法は少しでも覚えておきたい大事な物らしく、エルピスからしても美味しくないお菓子を食べていてるのは正直時間の無駄だと思っていたので、時間潰しにつきっきりで見ることにする。
それに同じ異世界出身としてどうしても強い魔法を使いたい気持ちもわかる。
今まで頭の中でしか実現しなかった夢がかなうのだから魔法という手段はまるで夢の様な代物だ。
「上級魔法を使用する時に魔法の操作ってのを要求されるらしいけど、具体的には操作ってどうすればいいの? あとどうすれば操作のコツを掴めるの?」
「魔法の操作の基本を知るには基本的に回数を重ねて練習するだね。魔の法則で魔法、ですが実際にあるのは、大体どのくらいの魔力で何をすればどういった現象が起こせるかというものだけで、そこに至るまでのルールは無いんだよ」
「……つまりどういう事?」
「ごめんごめん、分かりにくかったね。個人の認識方法によって魔法は変わるんだ。だから得意な属性や苦手な属性だったりが出てくる。魔法の操作も何度も魔法を使用する事で自分なりにコツをつかむんだよ。というか初日に上級魔法使おうとしてるのがまずおかしいんだけどね。基礎練習はしてたみたいだけどぶっちゃけ才能あるよ」
例えば火属性に適性を持つ人間が多いのは、人は物がどうすれば発火するか知っているからだ。
逆に重力などを適性としているものが少ないのは、重力が何かということは知っていてもどうしてそうなるかがイメージできていないことが理由としてあげられる。
親から教えてもらっただけの知識をアウローラに教えながら、#収納庫__ストレージ__#の保管アイテム一覧をスクロールする。
様々な物が入っているストレージから目的の物を見つけるとエルピスは言葉を続ける。
「ーーまぁ簡単で楽に魔力操作を覚える方法もありますけど」
「楽で簡単? 胡散臭いなぁ…どんなの?」
胡散臭いと言っておきながら目を輝かせるアウローラの目の前に、エルピスは黒色の水晶玉を出す。
特に目立った特徴は見られず、見ただけでは何に使用するのかすら分からないその黒い水晶玉をアウローラに手渡すと、エルピスは自分の手を水晶の上に乗せた。
「この水晶は人間の中にある魔法を使う回路、まぁ要は魔法回路とか魔術回路と同じ効果を持っています。これを使って魔法を打つだけですよ」
「えっと……うーん、その回路はさっき言ってた認識に当てはまらないの? それとそんな効果をもつこれを使って何か良いことがあるの?」
「これ自体はただの道具、中継器に過ぎないよ。これで俺とアウローラの魔法回路を繋ぎ、魔法の操作に慣れるのが目的だ。認識に関しては変わるのは魔法だけであって、回路に関してはそれほど差異はないはずです」
この水晶玉は触れているもの同士の魔法回路を繋げる効果を持つ。
おそらくーーというよりこの世界のどこにも無いであろうこれは、魔神と鍛治神の称号を持つエルピスだからこそ作れた便利アイテムなのだが、魔法の訓練にかなり使えるのだ。
他人の魔法回路を使ったところで本来ならば特にこれと言って自分の魔法操作が上手くなるわけではない。
だがこの水晶玉を使うと、使うもの同士に魔法操作の技量に差があればあるほど成長が早くなる。
何故なら他人の魔法回路による支援は有るが、結局自分の魔法回路も使っているからだ。
「要はエルピスが魔法を補助してくれて、私の魔法発射を手伝ってくれるってこと?」
「自転車で言う所の補助輪みたいなもんかな」
「おっけ。使う魔法の属性は何がいい? エルピスが得意な五属性の方が良い?」
「分かりやすいために五属性とみんなの前で言ったけど、本当は全属性使えるからね。どんな魔法でも問題はないよ、それこそ攻撃魔法以外でもなんでもござれ」
エルピスが言った全属性とは、五属性とその上位属性の五属性だけではなく、闇魔法や光魔法と言われる特殊な魔法をも含めての文字通りの全属性だ。
天使が使う魔法などはまだ他の人が使用しているところを見たことがない為発動自体は出来ないが、発射の前段階までは使用する事もできる。
おそらくではあるが、一度でもみれば天使が使う魔法だろうと使えるだろう。
それが魔神たるエルピスの力だ。
どの属性でも構わないと言ったエルピスに対して、アウローラが答えたのは属性名ではなく疑問だった。
「規格外もいいところね、というかいいの? 秘密にしておいた方がよさそうな話だけど」
「秘密にしたいのならもっと前段階で抑えてますよ。お互い異世界人なんですから仲良く行きましょう」
何か言いたげなアウローラの言葉を先に潰し、エルピスは自分の魔法回路と水晶を繋げる。
これでいつでも魔法が撃てるようになったのであとはアウローラが好きな魔法を撃つだけだ。
先程まで自分の魔法の修行に集中していた王族も、今はエルピスが手を貸すことによってアウローラの魔法がどんな風に変わるものかとこちらを見ていた。
「これってエルピスの魔力を使ったりはできるの?」
「まぁ俺の制御下であればと言う条件は付くけど出来るよ」
「ならちょっと借りるね」
そう言ったアウローラの言葉通り、魔力が失われていく感覚が水晶玉を伝ってやってきた。
エルピス本人は何でもないような顔をーー事実エルピスからすればたかが超級の魔法ではあるがーーしているが普通の人間からすればアウローラが吸い取った魔力は普通の魔法使いであれば一週間近くは寝込んでもおかしくない量だ。
張り終えるのとほぼ同時のタイミングで、アウローラが手を伸ばすと、まるで事前に考えていたようにすらすらと魔法名を発した。
「咲き乱れ咲き誇れ。我が求むは氷の大輪。世界を凍らせ幻想に惑わせ〈 #時をも凍らす雪花の白雪__タイム・スノーフラワー__#〉」
アウローラの詠唱が魔力という要素を絡めて、ゆっくりと世界に変化をもたらす。
何もなかった空に雲を作り出し、その雲は城の上空だけを覆い術者が頭で思い描いた通りに雪で出来た花を降らせる。
幻想的、そんな言葉すら今の目の前の事柄を曇らせると言えるほどに、目の前で空からゆっくりと降りて来る花は美しく、そして可憐だった。
「……詠唱してた時はどんな魔法かと思ったけど、すごく綺麗だね」
「にひひっ、そうでしょ? 前からずっとやってみたいとは思ってたんだけど、実力不足で出来なかったのよね」
そう言って嬉しそうに頬をかきながらアウローラは笑う。
確かにアウローラの言う通り、この魔法をアウローラ一人で行うのは現実的ではないーーと言うより不可能だろう。
高度な魔法の操作技術に、天候を変えて雪を降らせ続ける事によって生まれる膨大な消費魔力は、並みの魔術師では無理がある。
宮廷魔術師や高位の冒険者で無ければ、到底不可能な芸当だ。
(そっか、魔法ってこういう事にも使えるよなぁそりゃ。うわぁぁ、綺麗だ)
そんな言葉がエルピスの頭を通り過ぎ、見惚れる事になんの抵抗もなくエルピスはただただ興奮する。
夢がここには有った、ああなんて魔法とは素晴らしいものなのか!
「わぁっ!! 凄いよ兄さん! 綺麗だね!」
「綺麗な花ね。溶ける事を忘れた様に凛と地面に咲いて。なんだか癒されるわ」
「姉さんなんか詩人みたいになってるよ?」
アウローラが想像力を膨らませた結果は、国家級の魔力を伴って王国全土にその夢を伝達させていく。
王女が言ったように降りしきる雪は見たものの心を奪いその美しさで呼吸を忘れさせる。
消費した魔力など気にならない、超難解な魔法操作技術もこれをみる為なら惜しむ必要などないように思えた。
「どうしたの? そんな顔しちゃって……私の魔法なんか不味かった?」
「いや凄いよ、本当に。ここまで綺麗な魔法は久々に見た」
「ふーん、なんか知らないけどそんなに凄かった? 私の魔法」
にしゃりと笑みを浮かべてそう問いかけてくるアウローラに、エルピスは素直に同意で返す。
「ああ、今まで見てきたどんな魔法より。ここは俺も一つ本気で魅せてみようか」
この魔法を見せてくれたアウローラに対しての礼儀として、エルピスは全力で魔法を放つことに決めた。
魔神の称号を出来るだけ解除し、天に向かい手をゆっくりと差し向ける。
体内を循環する魔力に意識を傾け頭の中に夢を描けばそれは現実を書き換えこの場に夢を出現させた。
空に虹を描き地面に花を咲かせ、空を晴れさせ雪花を降らす。
できうる限り能力を使用して、王国中に夢を届けさせるのがエルピスの役目だ。
「私の魔法にいろいろと足した感じ?」
「パクらせてもらったよ。こっちの方が俺好みだからさ」
「ふぅん……良いわね、私も好きよ。でもこれ、この魔法の範囲城の中だけじゃ無いわよね?」
「ーーお前がやる事に関しては口を挟まないつもりだったが、一つだけ聞かせてもらおう。エルピス、頼むから範囲を正直に答えろ。どこまでやった?」
「えっと…その、あははははっ、ははははっ、はははっ……」
「答えろエルピス! お前どこまでやった!?」
国家級魔法、つまりは国家を一撃で転覆させうる人類最強の魔法。
効果範囲を聞かれたのなら文字通りとしか答えられない。
だが一つだけ答えられるとしたら、エルピスをして疲労感を感じる程の消費魔力だったと言う事だ。
「ま、まぁでも街中では花を咲かせてませんし。雨が降っているところは晴れに、雨が降って居ない土地では小雨程度を降らしてるだけなので問題は無いかなと」
「この雪で出来た花はどうなんだよ! と言うかそんなんで許してもらえると思ってんのか!」
「雪で出来た花なら溶けるようにちゃんと調整してますぅー! それに溶けたら周りの花が吸うか、蒸発して消えるようにしてますから!」
「なんでそんな細かいことばっかしてんだよ!」
「文句言われると思って環境に配慮したんです! そのためにどれだけ魔力を使ったか!!」
「ならそもそもこんなことすんな!」
ギャアギャアと騒ぐエルピスとアルを見て溜息をつきながら、グロリアス達は再び魔法の訓練を開始する。
降りしきる雪花と咲き誇る花々の香りに目を細めながら、アウローラは呆れたように溜息を吐き、静かに笑みを浮かべるのだった。
/
「ーー国王様! 国全土に謎の魔法の影響で、花が咲き虹が現れました。更に雪で作られた花が降り始めたとの情報もあります!」
「気にするな、害は無いのだろう?」
「はい! 見たことの無い花などが有りますが、全て害は有りません! 非常に綺麗です!」
「……だろうな」
扉を開けて入ってきた女性の隊員の手の中には、報告の中にある花と空から降りしきる雪花が抱えられて居た。
花を持つ女性は絵になるし文句をつけるつもりはない。
国中に関係する事ともなれば、今は城の最上階の窓から見える目の前の自分の子供達の事より、国のことが気になってしまうのは国王という職務を長い間してきたからか。
先程の爆発的と言う言葉すら生ぬるい魔力の奔流がエルピスから発せられたものという事は何となく分かった。
それと同時に国民に対して危害が加えられる事は無い事も分かったが、この景色を見て仕事をする意欲を出せるものが何人いるかと思うと、頭が痛くなる。
「ほうひへは、ヴァンデルグ家の方が今日の夕刻に到着すると報告がありまひた」
「それは良いが…何を食べているんだ?」
「丸飯です! 朝廊下ですれ違った時にエルピス君からもらいました! 美味しいです!」
「……そうか」
「では私はこれで!」
去っていく隊員を見ながら、ゆっくりと息を吐く。
降りしきる雪花は止む様子が見えず、気にするだけ無駄なのだろうと意識を改めて王は机に置かれた書類との格闘を再び始めるのだった。
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