暗殺

 あの騒乱の前に何が起きたのか。

 それは歴史学の検証が進んだ今であっても、わかっていない。

 あれだけ人類の歴史を変えることになる動乱の時代において、その時代を産んだ一番最初の起点。その起点の詳細がまるでわかっていないのだ。

 すべての歴史学者が頭を悩ませる。


 結局のところ、全ての疑問は一つだ。


 ───誰が、ユノレヒト王国の国王を殺したのか。


 ■■■■■


 お姉ちゃんを守る───そう言うのは簡単だが、その実、それを行うのは思っているよりも難しい。

 まず、大前提としてこの国の舞台骨が脆いのだ。

 普通に他国からの干渉で国が倒れる可能性さえあるのだ。大国ではあるものの、国内に革命軍を抱えている状態だ。王都からはあまり見えないが、田舎の方にまで視線を広げて見ると、この国の末期さ加減がわかる。


「ふぅー」

 

 そんな我が国におけるお姉ちゃん……というか、僕たち姉弟の立場はあまりにも板挟みにも程があるのだ。

 母を国に殺され、怨念を抱く者でありながらも、個々人としては最強クラス。生家の自力。ラインハルト辺境伯家が貴族として持っている富や力は国内でもトップクラス。

 そんな家を継ぐものでもある。

 

「父も、一応は苦難しているんだろうな」


 ラインハルト辺境伯家はちょっとばかり特別だ。

 ラインハルト辺境伯家は国内の貴族の中で飛びぬけた実力を持つ。

 だが、それはあくまで貴族としては、の話であり、独立国としてやっていけるほどではない。

 ラインハルト辺境伯が国境を面する強大な帝国に単独で戦えるほどの力はなく、ユノレヒト王国を頼りにするしかない……ただ、その当のユノレヒト王国の中央からは定期的に弱体化させようという動きが勃発してくる。その強さ故に。

 ラインハルト辺境伯家の歴史とは、国からの干渉に抗う歴史とも言える……王家並びに、中央にいる貴族たちはラインハルト辺境伯家が飛びぬけた実力を有していることに危機感を持っているのだ。

 そんな歴史の最前線にいるうちの父は国との敵対を避けようと奮起している。


「……」


 とはいえ、だからと言って、ユノレヒト王国の方がラインハルト辺境伯家との敵対を望むような行いをしていいはずがない。

 ラインハルト辺境伯家の当主からの許諾は取ったとはいえ、その妻を暗殺したのは確実な悪手だ。

 

「はぁー」


 それすらもわからないほどに、錯乱しているのがここ最近のこの国の動向なわけだが。

 一番敵に回したくない家の子息令嬢を敵に回すような行為をしたのだから。


「ゲームの舞台になるわけだよ」


 主人公が活躍するための試練をいくらでも作れる国。

 それがユノレヒト王国だ。

 国王の独断による突発的な戦争。

 その敗北によって国力の低下と国王の求心力の低下が引き起こり、一度は盤外に蹴落としたはずの王弟が再び動き出してしまうような状況を作るばかりか、革命軍の台頭まで許す。

 また、これらによって、諸外国から侮れられる形となって外交や貿易の面でも不利になってしまったことで、更に国は衰退していく。

 急速に国家の治安は荒れ、国力を低下させていく……それでもなお、国としての体裁を保っているのは、この国が大国であるのと、何だかんだで優秀な人間はちらほらいるからだ。


「……そろそろかな」


 そんな国であるからこそ、一度だけ、たった一つの歯車を抜けば、国は瓦解していく。


「おやすみ、国王陛下」


 それらの歯車の中で、僕は最も重要な歯車を抜いたのだ。

 いきなり国家の衰退を呼び込む戦争を引き起こした暗愚。

 だが、それでも万事において暗愚であるわけではない。

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