「リーズ」
「アーク」
僕が一度、夕食を作るための買い出しに向かうため、フラウの家を出て既に夜となっている外を歩く。
そんな僕を待ち伏せていたかのような、お姉ちゃんにバッタリと会う。
「こっち来て」
そのお姉ちゃんは僕へとついてくるよう言葉少なく語り、そのまま歩き出す。
「うん。いいよ」
僕は自分の前にいるお姉ちゃんの言葉に頷き、裏路地の方に歩いていくお姉ちゃんについて行く。
「それで?こんなところに僕を呼んでどうしたの?」
しばらく歩いた先で足を止めて、こちらの方に視線を戻してきたお姉ちゃんへと僕は疑問の言葉を投げかける。
「……復讐は駄目。貴方の言っているそれは理解出来るわ」
「……?」
そんな中、復讐について、いきなり語り出したお姉ちゃんを前に僕は首をかしげる。
「でもっ、私の中の憎悪は、決してなくなりはしない……ッ!」
「お姉ちゃん……もし、復讐に走るとするなら、僕はその前に立つよ」
ただ、復讐は絶対に許さない。
お姉ちゃんの闇堕ちフラグは絶対に防がなきゃいけない。
「わかっているっ!だからっ!私は復讐に走るなんて真似はしない……ッ!そんな逃げの一手は取らないっ!お母さんが望んでいないことくらいわかるものっ」
そんな僕の言葉に対して、お姉ちゃんは絶叫で返してくる。
「復讐は、しないわ。私の魂の中で滾る憎悪には蓋をするわ……でも、だったら、せめて、二人の世界で生きよう。私にはもうアークしかいないのよ」
「いや、そんなこともないと思うよ。フラウだって、少なからず自分のことを育ててくれたお姉ちゃんもある程度は慕っていると思うし……」
「あの女狐なんていらないっ!いいや!もう誰もいらないっ!私はアークだけでいい!」
「……」
「それだけで十分!十分じゃないッ!二人でも幸せに暮らせるわ!永久に二人で暮らせるわ!それだけ満足できるっ!満足できるじゃないッ!?余計に、余計に守らなきゃいけない人を作る必要はないじゃないッ!」
「……」
「もう、私は誰とも別れたくないッ!アークだけ……アークだけでいい。お姉ちゃんとして、私はアークを永久に守り続けるわ。それで、そのアークとだけ一生、生き続けるの……そのためなら、復讐だって捨てていいわ。ただ、私は残された家族と一緒に暮らしたいだけなのよ?」
あぁ、良かった。
僕がここまでやってきたお姉ちゃんの闇堕ち回避方法は完全に成功しているかな。
でも。
「そんな、ささやかな願いすらも駄目なの?」
「駄目かな」
縋るようなお姉ちゃんの言葉に対して、僕は首を振って答える。
「世界は残酷だよ。それを許してくれるほど甘くはない。僕たちを逃がしてくれるほど甘くはないよ。まず、父上が追いかけてくるだろうし……他にも、自分たち二人を追いかけてきそうな勢力は五万とある。二人で生きようとしても、それを邪魔してくる勢力は絶対にあるよ」
「なら、誰もいないところに行けばいいわ。二人で人里離れた森で住みましょう?……あぁ、そう。それが良いわ。私たち二人なら何もないところで生きていけるっ!世界の好きなところに行き、たった二人だけで生きていきましょうっ!それが一番だわ」
「駄目だよ。世界そのものが危機に瀕する可能性がないと言える?それじゃあ、安心できない。安心して暮らすことなんて出来やしない。そんなのは僕が許さない」
事実として、世界そのものが滅びるようなルートもあった。
「……っ、アーク?」
「駄目なんだよ。この世界で、表舞台から立ち去り、ただ受け身に回るなんて。そんな安心できないことをするべきじゃない」
世界は何が起こるかわからないんだ。
座して待つことなんて許されるわけがない。
「僕たちが上に立つ。それ以外じゃ、安心できない」
「……そこまで、心配する必要なんてないんじゃないかしら?」
確固たる心と共に言葉を告げる僕に対し、お姉ちゃんはそこまでする必要はないと、少しばかり声を震わせながら告げてくる。
「そう?時には、こんな侵入者たちが現れることもあるのに?」
そんなお姉ちゃんに対して、僕は言葉と共に、自分の片手を持ち上げる。
「……ッ」
その瞬間、いきなりこの空間上にヒビが入り、そこから虹色の光が漏れ出してくる。
そのヒビは瞬く間に広がっていき、最終的には一つのゲートを作り出す。
「いの、せんと?」
そして、そのゲートを通って、十数体の者たちが降り立ってきた。
……。
…………。
第二回目の特別試験。
そこは大きな起点となった。王宮が騒然とした事態になってしまった大きな起点。
「……凄かったなぁ」
そんな裏でもまた、一つの大きな起点が動き出していた。
「俺も、何時かはあんな風に……っ」
王都の市民に一般開放されていた闘技場の観覧席において、フラウとコロヌスの戦いを見ていたひとりの少年。
その少年の瞳には今、一つの熱い炎が宿されていた。
それは、ようやく動き出した一つの起点だった。
「君が、ニスタだな?我は───」
「……ばっ!?」
そして、そんな一つの起点へとある存在が接触してきていた。
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