「ティナ」

 話は実に単純。

 王太子の敗北。無様。それを受け、何も動かないほど王宮という陰謀渦巻く地は甘くないという話なのだ。

 

「良い夜だ。そうは思わない?」


 フラウも、オットーも、お姉ちゃんも。

 誰も飲んだことのなかったお酒を祝いの席だからと持ち出してその三人飲ませ、そのまま三人を潰して寝かせた後。

 僕はフラウの家の屋上へと一人で上がってきていた。


「ティナ」


 そんな僕の前にいるのはティナだ。


「……そうだな。確かに、良い夜だ」


 そして、そのティナの周りには彼女の手によって気絶させられた黒服で全身を隠した者たちの姿があった。

 

「フラウを狙った暗殺者たち?」


「……まぁ、そうだな。その通りだ」


「ふふっ、先生が僕たちのことを守ってくれたんだね。ありがとう」


「……一応、先生だしな」


「先生にその自覚があるように見えないけどね?」


 こちらとの視線がまるで合わないティナと僕は言葉を交わしていく……ん~、人と話すときに視線が合わないってのは失礼だよね?


「あの日もこんな夜だった」


 なので、絶対に視線が合うであろう言葉を口にする。


「……ッ!?」


 そして、僕の目論見通りにティナは僕の方に視線を走らせ、それでようやく目が合った。


「ふふっ」


 それを受け、僕は笑みを浮かべる。


「……ッ」


「ティナ。懐かしいね。こうして、夜に二人で迎えあうのは……数年前は、こうして二人でよく夜中に悪だくみをしていたものだけど……」


「……え、えぇ。そうね」


 僕の言葉にティナが頷く。


「それでさ」


「な、なんだ?」


「お母さんが死んだ後、ティナはどうしていたの?」


「……ッ」


 ティナと僕の関係値はかなり深い。

 ティナは今世における僕の師匠であったし、幾度も一緒に様々な悪だくみを行っていた中で。


「人類最強にして、お母さんの騎士。ティナ・カイザー」


 そして、ティナは既に亡くなったお母さんへと忠誠を誓っていた一人の騎士であった。


「……ッ」


 ティナは僕の言葉に対して、息を詰まらせる。


「ふふっ。また、一緒に悪だくみしようね?」


「い、一緒に悪巧みを……?ま、ま、だ、まだ私に何か、期待しているのか?」


「いや、別にティナが弱くなったわけじゃないし……と、いうかさ。びっくりしたんだよ?僕は素直に。あっさりとティナが表舞台から去って、学校の教師になっちゃって」


 ゲームにおいてのティナは、慕っていたお母さんを殺されたことで無気力となっていた。復讐までは行かないが、それでも国に尽くす気は失い……なお、騎士という立場を捨てるまでも行かず。ただただロボットのように最低限の働きをするだけになっていた。

 基本的な最後は闇落ちしたお姉ちゃんと共に死ぬか、僕の守護者として奮起するも、最後に守れず亡くなるか、みたいな感じ。学校の教師になるルートは想定していなかった。


「わ、私は……」


「まぁ、でも……また、巻き込むから覚悟しててね」


 ティナを逃すほど僕は甘くない。


「そろそろ、世界が動き出すよ」


 硬直しているティナの前で、僕は笑顔でそう宣言した。自分が用意していたいくつもあるルートのひとつ。それ通りに。

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