無我夢中

 怖い。恐い。コワい。


「……このっ!」


 私の前で険しい表情を浮かべながら剣を振るうお兄様も。


「ははは!」


 そして、楽しそうな笑みを浮かべながら、私の背中を魔法で狙撃し続けている師匠も。もうその何もかもが怖かった。

 特に師匠。

 なんで私に向かって魔法を撃ちながら、そんな楽しそうに出来るのっ。理解が出来ない。


「フラウ……っ、お前!」

 

 もう、何が何だがわからない。


「ハァッ!」


 でも、体を動かさなきゃ殺される。

 目の前で振るわれる剣に、後ろから私を叩く魔法に。

 その恐怖心が私を突き動かす。


「……ふっ」


 ───敵を、叩き潰さないと。完膚無きまでに。

 じゃないと、許してくれない。許して貰えない───だから。


「はぁ!」


 無我夢中で剣を振るう。

 目の前で踊る剣に対して、私は剣を合わせ、そのまま敵に向かって剣を振るう。

 あっ、隙ができた。

 無我夢中で剣を振るい続ける果てで、相手の体が崩れ落ちたのを感じる。


「なっ!?」


 恐怖で頭がおかしくなりそうで、もうほとんど何も聞こえなくて。

 相手の顔を見ないように視線を動かす私は自分の前にある体の隙を見つけ、それを刺すように剣を振るう。

 そうしたら、相手の体が崩れた。


「この……ッ」


 甘かったみたい。

 体が崩れ、この地獄が終わる……その私の期待を裏切るかのように、前にいた敵はその態勢を踏ん張らせ、剣を振るってくる。私に向かって。

 また、私を脅かす敵の剣。


「いやっ」


 それから逃げるようにしながら受け流し……そして、また背中から衝撃が走ってくる。

 怖い。恐い。コワい。

 背中からの衝撃から逃げるように、前に踏み出す。

 いつ飛んでるか、一切感知できない後ろの攻撃よりも、御しやすい攻撃が飛んでくる前に向かって行く。


「……ッ」


 私に向かってくる剣はこう避けて、こう受け流して。

 死なないように。私が死なないように、相手の剣を全部打ち落としていく。

 そうしていると、敵が崩れる。そして、見えるようになるのは相手の隙。


「ははっ!」


 ほら、また隙が出来た。

 それに、今回はもっと致命的な隙だ。

 足の腱を切れば、もう動けない。もう立ち上がれないように、私は相手の腱へと剣を滑らせる。

 

「ぬぉぉぉぉおおおおおお!この程度でっ!」


 崩れ落ちていく敵は、それでも、こっちに向かって剣を振るってくる───あぁ、無駄だらけだ。

 つまらない相手の剣を半身逸らして回避し、そのままその相手が立ち上がれないように剣を振るう。


「……見事」


 終わった。

 その思いと共に振るった私の手に返ってきたのは、鈍い衝撃。

 それによって、逆に私の態勢がのけ反り、崩れてしまう。


「なんっ!?」


 倒せなかった。

 また、敵が来る……ッ。

 そう思った瞬間。私の体を縛り上げていた、濃密な殺意がパッタリと消えた。


「……はっ」


 息を漏らして。


「……あれ?」


 下げていた視線。

 そこに映るのは先生の結界魔法によってその身を守られるお兄様の姿。

 おかしい……なんで、お兄様の体を……この試験の敗者を守るための結界が覆っているのだろうか。


「……あっ」


 それで、気づく。

 もう既にお兄様は戦えるような状態にないと。その手から剣を落とし、足からは血を流していた。

 辺りを埋め尽くす静寂の中で。


「……勝った?」


 私はポツリと言葉を漏らした。


「お疲れぇ!ちゃんと勝てただろう?」


「はなっ!?」


 そして、そんな私の背後を、今度は暖かな体温と優し気な声が叩くのだった。

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