Re:嫉妬

 僕と生徒会長。

 何とも言えない雰囲気が流れる中で、僕たち二人は互いに黙り込み続けていた。


「……あー、とりあえず」


 そんな雰囲気に耐えかねて僕がとりあえず何かを話そうと何も考えていないところで口を開いたその瞬間。


「ん?」

 

 背後の方から甘ったるい匂いがふわりと香り、そのまま体重を背中で感じる。


「……あのさ、姉弟であるという点を利用して、僕の監視網を抜けてくるの辞めない?」


 僕の背後を容易に取れる人物なんて一人くらいしか思いつかない。

 間違いなく、お姉ちゃんだ。


「いつもの魔法以外も併用すればすぐに気づくでしょ?」


 そして、自分の方に向けられる言葉は自分の想像通り、お姉ちゃんのものだった。


「常時色々と起動するのはちょっと脳の処理的なもので大変なんだよ」


 僕の使う感知系魔法は衛星を使ったものだったり、熱源感知だったり、音波を活用した感知だったり……色々な種類があるわけだけど、これらすべてを常時使っているわけじゃない。

 基本的に普段使いとして使っている感知魔法は己以外のすべてを判別する魔法だ。

 ただ、己であるかどうかの判別方法が中々に難しいのだ。僕は遺伝子であったり、魔力の感じであったりとかで判別させているんだけど……同じ遺伝子を持っている上に魔力の感じも似ているお姉ちゃんはちょっとした魔法を使うことで僕の感知魔法を誤魔化してくるのだ。

 

「……むぅ」


 まだまだ改良の余地がある魔法だ。

 とはいえ、この魔法はどんな相手であっても感知できるという利点があるんだよなぁ。

 視覚を消してもいいんだけど……目で見えるものってあまり信頼できないからな。

 

「そんなことよりも……なんで、昨日帰ってこなかったの?」


 魔法について思いを馳せていた僕に対して、お姉ちゃんはこっちの頭をその手のひらで締め上げながら、耳元で疑問の言葉を口にしてくる。


「んなぁ……別に、深い理由はないよ」


 耳元がこそばゆい。

 僕ってば耳が割と弱いから、耳元で呟かれると変な声出ちゃうんだよな。


「嘘。なら何故、あのクソ女と一緒に学校へと来ていたの?何故、楽しそうに訓練場の方にいたの?家で待っていたお姉ちゃんのことを置いて、貴方のお姉ちゃんをおいてどこに行っていたの?ねぇ」


「ん~?」


「それに……何故、生徒会と?……私は、まだ、忘れてないよ?」


 僕の頭を掴んでいるお姉ちゃんの手のひらにかけられている力が一段と強くなる。


「私は、許すつもりなんて毛頭ない……本当であれば、今にもっ」


 それに対して。


「駄目だよ?」


「「……ッ」」


 背後にいるお姉ちゃんの顔を両手で掴んで固定し、上を見上げることで視線を合わせに行った僕は一言。

 お姉ちゃんが何を言わんとしているか、詳細を語らなくてもわかる。

 何故、暗部と繋がりがある疑いのある生徒会と一緒にいるのか。まだ、お母さんを暗部に殺されたことを忘れていない。それを言いたいのだろう。

 でも、そんなのを僕が許すわけもない。


「よわっちいお姉ちゃんが何かするなんて、許されていないからね?」


「……ごめん」


「うん。それでよし」


「……凄まじいやり取りだな。本気の殺意だっただろう?今のは」


 僕とお姉ちゃんの短い会話。

 そのすべてを聞いていた生徒会長が頬を引きつらせながら。


「まぁ、家族関係が歪ですし」


 暗殺された母親と、その母親を売った父親。

 これだけで家族関係がうまく行っていないのは目に見えているよね。

 その家族関係が歪であれば、子供だって歪にもなろう。

 だから、弟が姉に殺気を向けることもあるよ、うん。

 というか、こうでもしないとお姉ちゃんが復讐心で暴走しだすから。仕方ないと言える。


「それにしても、誰に対しても無感情で有名な氷の姫がこうも激情を見せるとは……中々に珍しい光景だな?」


「私の持つ興味、感情、愛情。それらすべてはアークの為にある。当然のこと」


「ずいぶんと、重たい愛だな」


「家族で、ただ一人の弟よ」


「ずいぶんと家族愛が強いのだな」


「生徒会長。あまりお姉ちゃんを刺激しないでね?」


 お姉ちゃんと生徒会長の会話。

 それに対して、僕は割り込む。お姉ちゃんに愛だのどうの話せるのは良くない。病みだす。


「もう、元の目的を果たすどころじゃなくなったでしょ?」


「まぁ、そうだな」


「それじゃあ、今日のところはこの辺でいいでしょ?第二の矢が思いついたらまた呼んで」


「……むっ、また、行くの?」


「僕はちゃんと他人との交流を大事にしたいんだよぉー」


「アークにはお姉ちゃんがいる」


「それでも、だよ」


「……何をしたら認めてくれる?アークにはお姉ちゃんがいれば十分だし、家族で仲良く過ごせればそれだけで十分。それ以外の要素を入れたところで幸せが遠のいちゃうだけ。それなのに、なんでアークはわかってくれないの。いや、どうすればわからせてあげられるの?誰かに騙されれば?いや、でも、アークを騙した奴なんて許せないし、そんなくだらないことでアークを悲しませたくない。どうしよう?」


「お姉ちゃんが何をしようとても、無駄だからね?全部止めるから」


「ぐぅ……」


 いつもみたいな会話をお姉ちゃんと交わしながら、僕は生徒会室を後にするのだった。


 ■■■■■


 アークとリーズ。

 ラインハルト辺境伯家の姉弟が退室した後も、学園の生徒会長であるサテナは口を閉ざし、体を硬直させていた。

 様々に折り重なる感情によって押しつぶされるような形で。


「はぁー」


 そして、その後にサテナは深々とため息を吐く。


「……もしかすると、この国は絶対に敵としちゃいけない類の奴を敵に回してしまった後なのかもな」

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