イノセント

 僕の前にいる人型の化け物。


「昆虫か……?」


 その見た目として、黒塗りの外骨格を持っており、その額からは一本の角が生えている。

 カブトムシを大きくして、二足二手の人型としたような感じだ。


『イノセント』


「んっ?」


『ソレガワレラダ。シテ、ヒトノコヨ。ナンジハワレトソウタイスルニアタイスルカ?イノセントノナカデモトップクラスノジツリョクヲモチ、シュゾクトシテトシュクウケンヲトクイトスルナカニオイテモホカヨリブドウオウトヒョウサレルドクガニカテルカ?』


 カタコト過ぎて全然わからん。


「イノセントね」


 ただ、名前だけはわかった。

 僕は相手の名を呼びながらゆっくりとほくそ笑む。


「よくわからん奴だけど……今の事態も事態だからね。あまり悠長にもしていられないでしょ。フラウ。下がっていて」


「え、えぇ……」


 腕を組んだまま、そこからまるで動こうとしないイノセント。

 それを前に、僕は魔法の準備を行いながら、ゆっくりと握りこぶしを固める。


「叩き潰す」

 

 そして、自分に魔法をかけることで己の身体能力を向上させた僕はそのままインセクトとの距離を一気に詰めていく。

 一切迷うことなく地面を蹴って距離を詰めた僕は迷いなく拳を振う。


「アマイナ」


 だが、その拳はイノセントが差し出した手のひらによってたやすく止められる。

 

「ちっ」


 それに対して舌打ちを打ちながら迷いなく僕は魔法を発動。

 自分の手元より黒炎を噴き出させてイノセントの体を覆い隠す。

 そして、次に僕はイノセントの頭部に向かって右足を使って蹴りを叩き込む。


「ちぃっ……かったいなぁ!?」


 だが、僕の足へと返ってきた感触はまるで大木でも蹴ったかのよう。

 まるで手ごたえを感じなかった。


『ヌルイ』


「意味がわからん」


 足を上げ、拳を掴まれた。

 そんな状態の僕の腹に向かって繰り出されるイノセントの突きを左足で受け流す。


『ホウ?』


 そして、僕はノーモーションで短距離転移魔法を発動させてイノセントから距離を取り、その上で更に魔法を発動。

 発動させる魔法は視界を埋め尽くすほどの水の濁流。

 あらかじめ魔法によって発動させたそれは、辺りにあった木々をすべて巻き込んで、この場に巨大な渦を作り出し、その中へとイノセントを沈める。


「痺れろ」


 そして、その水の中へと電気を流しこみ、感電を狙っていく。


『スバラシイナ』


 だが。

 その水の中から、僕が打ち込んだのとは違う、紫電が辺りに放電される。


「……んな?」


 その影響により、僕が出した水は忽然と消えてしまった。

 ……いや、電気で水を消すとは?


『ネリアゲラレタマホウノカズカズニヒメラレタキボトツヨサ。ソレラガイッキュウヒンデアル。ソシテ、ナニヨリサキホドナニゲナクオコナッタケリデノウケナガシ。ショウサンニアタイスル』


 だからカタコトで何を言っているからわからないって!

 なんていうツッコミを入れている暇は、紫電を纏い、更にこちらへの圧力が増したイノセントを前にはなかった。


「はぇっ!?」


 消えた、そう思った瞬間だった。

 一瞬で自分の背後を取ってきたイノセントに対し、僕が慌てて腕を持ち上げたところで、衝撃が全身を覆い、吹き飛ばされる。


「……ッ」


 折れた。

 辛うじてイノセントの拳に合わせられた自分の右腕が折れたことを瞬間的に察せられる。

 どれだけアドレナリンを出そうとも、覆ることのない現実だ。


「……時間がねぇのっ!」


 回復魔法により、自分の骨折を治そうとするのだが、その暇をイノセントは与えてくれなかった。

 発動させようとしたときには既に僕の前へとイノセントが立っており、もう既に拳を構えていた。


『コレハドウダ?』

 

 そのまますぐに振るわれた拳に対して、僕は無理やり何とか左腕だけで綺麗に受け流す。

 

「せぇいっ!」


 そして、僕はその左腕を用いて、イノセントへと掌底を叩きつける。


「かたすぎっ!?」


 それでも、返ってくる感触は蹴った時と同じだった。

 クソ……やっぱり、対人間用の技術が通じるわけもないかっ。


「がふっ」


 こちらのまるで効かなかった攻撃とは違い、反撃として放たれたイノセントの蹴りは僕の腹を物理的に凹ませ、そのまま大きく体を浮上させた。


「……ぁぁぁぁ」


 口より血をこぼれさせながら、僕は打ち上げられる。


『コンナモノカ?』


 そして、打ち上げられた僕よりもさらに上へと行ったイノセントがこちらに向かって拳を打ち、今度は地面にまで叩きつけられる。


「……いってぇ」


 地面に倒れる僕は痛みを知覚し続ける。


「……なぁーんで、こんなにも急に絶体絶命の事態に陥っているんだが」


 ついさっきまで平和な試験を受けているところだったというのに……急に現れた謎の敵がこんなにも強いとは思っていなかった。

 はぁー。

 こんなの───。


「───さいこう」


 ご褒美としか言えないじゃないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る