王女
声がした場所にいたのがゲームのメインヒロインとして出てくるフラウ・シュプラーヘであった。
それを予想だにしていなかった……それは事実だ。
だけど、よくよく考えてみれば、簡単に予想がついた話でもあった。
「ところで、こんな時間から何を……?」
僕は最初から何をしていたのか。わかっていた状態で彼女へと疑問を投げかける。
「見て通り。剣の素振りよ」
それもそうだ。素振りしているところを見ていたしね。見ていた上でわからないのはアホ。
まぁ、見てなくてもわかるけどね。
このフラウという少女はかなりの頑張り屋さんで、常日頃強くなるための努力をしている。
昼休みという時間で何か活動しているなら、やっぱり彼女だ。
ゲームの設定として、フラウがお昼を食べる暇も惜しんで
「私は、落ちこぼれだからね……人の何倍も努力しないといけないのよ」
まぁ、別にだからと言って特別王族の中では強いというわけではなく、むしろ、落ちこぼれとでも言うべき立場にある人だけど。
「貴方から見てどうだったかしら?私の素振りは」
「……うーん」
僕はフラウの言葉に対して、言葉を詰まらせる。
正直に言うなら、お粗末と言うしかない。
数回しか見ていないけど……それでもわかるほどだ。
体の軸はブレているし、太刀筋にも弱さがある上、速度もない。
褒めるところが凡そ見つからない感じだ……。
「……そんなに言い淀まれると落ち込むわ」
「ごめん。ちょっと褒めるところがなくて」
「いや!?はっきり言われても傷付くわよ!」
「んー、事実」
「もう!そんなに言うなら、お手本としてやってみせてよ」
「おっ」
僕は怒りをあらわにし始めたフラウから彼女が持っていた木刀を押し付けられる。
素振り……素振りかぁ。
「まぁ、良いよ」
ちょっと悩みはしたけど、フラウの言葉へと僕は頷き、受け取った木刀を構える。
「……ふぅ」
僕は息を吸い、ゆっくりと剣を振り上げる。
「はっ」
そして、前世の体育の授業でやったことを思い出しながら剣を振り下ろす。
「はっ、はっ、はっ」
それを何度か繰り返してみせる。
「まっ、こんな感じぃ?あまり、剣使わないから自信ないや」
僕の基本的な戦闘スタイルは己の全身を使った徒手空拳だ。
あまり剣を使わないので、ちょっと素振りには自信がない。
「……美しい」
それでも。
「いえ、美しいわ……私が見てきた中で一番と言えるほどに美しかったわ!」
「いや、それは流石に言い過ぎだと思うよ?」
僕はこれでも、前世は歴史ある拳法を教える道場の息子として生まれて戦い方を幼少期から叩き込まれ、今世でも強さを磨いた身ではある。
それでも、剣の腕前に関してはこの国の騎士団長とかには絶対負ける。
見たことあるからわかる。
「本当にすごいわ!なんでこんな!」
「これでも僕は強さを求められる辺境伯の一人息子だし」
僕はただのボッチではないのだ。
辺境伯とは、他国との戦場になった際、すぐに最前線に立つこととなる存在だ。
国境の防衛。
それを任される辺境伯に求められるのはただひとえに強さとなる。
そんな一族に生まれた僕が雑魚であることは認められないのだ。
「本当にすごい……美しい。美しかったわ」
先ほどまで不満げにしていた姿は何処へやら。
フラウは僕のことをほめ殺ししてくる。
「満足していただけたなら、良かったよ」
これだ。フラウの良さは……っ!
僕がゲームをやっていた時、一番好きなキャラだったのがフラウだ。
その好きな理由はこの、強さを求める熱心で真面目な姿勢だ。この強さへの素直な執着を見せる視線。それが美しい。
うーん、ゲームじゃなくてリアルでもちゃんとこうとは……っ!
悪役令嬢の弟に転生するっていう厄ネタを抱えた身だけど、こういうゲームの世界に転生したからこそ得られる栄養素には健康になれる。
「私も……私も!ねぇ、アーク!いや、師匠!」
「おぉ?」
なんてことを考えていた僕は思ったよりもヒートアップしていたフラウの言葉に若干の戸惑いを見せる。
「私を弟子にしてくれないかしら!私は強くならきゃいけないのよ!貴方の技量、私に教えてくれないかしら!」
「……あー」
このセリフ知っているわ。
フラウがゲームの主人公に行ったセリフやん。
あれ?この流れで僕がフラウとのイベント関連の主人公の立場を奪っちゃっている?
「……いいよ」
まっ、別にゲームの本編のストーリーとか壊してもいいよね?
どうせ、
好きなキャラであったフラウから師匠と仰がれるのは中々に悪くない!
むしろ、素晴らしいとさえ思える!
「ほんと!」
「うん。これからは僕が君の師匠だよ。さて、そんな師匠である僕からフラウに一つ、アドバイスを授けよう!」
「おぉ!何かしら?」
「じゃあ、まずはお昼ご飯を食べようか」
「……へっ?」
「体は資本だよ。たくさん食べないと成長するものも成長しないよ。まずは体を作るところから。それに必要なのが食事だよ」
フラウはお昼時間を削って剣を振っている。
だけど、こんなのはありえない愚策だ。素振りの時間よりも、ご飯を十杯くらい食べる方が強くなれる。
まっ、この世界に白米はないけど。
「さっ、いっぱい食べておいで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます