第16話
※
戸島雄介・三等陸尉は、幌付きの人員輸送トラックに揺られていた。
実戦など、国内では誰も経験した者はいない。我々が日本の領土での作戦行動を行う、最初の自衛隊員となるのだ。
気になるのは、作戦の詳細が自分たちにも伝えられていないこと。どうやら敵は人間ではなく、未知の生命体だという噂も耳に入っている。地球を乗っ取りに来たのか? いい度胸だな。そう意気込んでいた。
そんな興奮もあってか、戸田には現場到着までがやたらゆっくりと感じられた。
敵が人外だとしたら、一種の怪獣だ。大きさも攻撃方法も移動速度も不明とのこと。
上等だ。早く駆逐して、その肉を刺身にして食ってやる。
がたん、と大きな揺れと共に、トラックは停車。幌付きキャビンの後方から、次々に仲間たちが降車していく。戸田も自動小銃を手に取り、セーフティを解除しながら皆の後に続いた。
既に作戦会議は終了している。敵のお出ましを待つだけだ。
ところが。
無線機を耳に当て、状況を聞いている隊長の顔が歪んだ。先に現場へ突入したエージェントと会話をしていたそうなのだが、砂嵐のような雑音がひどい。
「隊長、新しい無線機を――」
「いや、そういう問題ではない」
じっと聞き入る隊長。すると唐突に、無線機を耳から遠ざけた。
「総員、よく聞け! 先行したエージェントは既に殺害されている! それも、人間以外の生物、怪獣にやられたとのことだ!」
「!」
来た! 怪獣だ!
戸田が胸中で狂喜乱舞していると、ごごん、と軽い爆発音がした。夜間にもかかわらず、濛々と裏口方面から煙が上がるのが分かる。
「ふむ、敵は袋の鼠だ。我々は二班に分かれて行動する。我々第一班は正面から突入する。戸田、お前は第二班の指揮を執れ。裏口の扉を破って突入するんだ。挟み撃ちにするぞ」
了解、という掛け声が一斉に沸き立つ。戸田は史上初の怪獣退治に、興奮を隠せずにいた。それも、自分が班長としての栄光と責任を負うのだ。血肉わき踊るとは、まさにこういうことなのだろう。
「先遣部隊、第二班を裏口に誘導しろ。挟み撃ちを狙う以上、タイミングが重要だ。出遅れるなよ」
「了解!」
ぱたん、と軽く肩を叩き、隊長は戸田の前から立ち去った。第一班の誘導を始めるところなのだろう。
それこそ戸田が、いや、戸田と隊長の二人が交互に視線を交わした最後の瞬間だった。
戸田は部下と共に、上下左右、それに前後を警戒しながら進んでいく。六人体制で、戸田がいるのは前から三番目。最も攻撃を受けにくい場所のはず――。
と、思ったそばから自分の前方にいた水色の光に照らされた。
戸田は冷静さを辛うじて維持。ハンドサインで前進を妨げる。その直後、ヒュヒュッ、と軽い音がした。
なんだこれは? それを調べようとした頃には、先行していた部下二人ががくん、と倒れ込むところだった。同時に、謎の水色の光は散っていく。
戸田は自ら、倒れた部下を建物の陰に引き摺り込んだ。
「おい、生きていたら返事をしろ! 衛生兵、大至急来てくれ!」
と言いながら、戸田は自分の胸元に無線機がないことに気がついた。
そうだ。無線機を使うのはNGだ。今回の殲滅目標は、どうにもデリケートに扱わなければならないらしい。どうせ殺処分することになるというのに、何故だ?
怒りが湧いてきたが、幸いだったのは部下が二人共軽傷だったことだ。頭部から出血しているが、頭蓋には影響がないように見える。
と言っても、戸田は飽くまで班長である。衛生兵ほど緻密な検査はできない。そして、今は無線通信がご法度とされている。
この状況を打破する方法は、たった一つ。怪獣の息の根を止めるのだ。
冷静さをやや欠きつつも、戸田は建物の壁に背中を当て、自動小銃のセーフティを解除。そのまま匍匐前進と、身を屈めたままでの走行を駆使して怪獣に接近を試みる。
そして、怪獣だと知らされていた『敵』を捕捉。それと同時に、あんぐりと口を開けた。
「……ただの女の子じゃないか……!」
そこにいたのは、一人の少女だった。高校生くらいだろうか。ただ、童顔なので実際のところは分からない。
というか、この少女こそが抹殺すべき対象なのか? 怪獣と呼称するのもおかしい気がする。しかし、十メートルほどの高みに浮遊しているし、頭の先から足の先まで、衣類も含めて淡い水色に発光している。
一言で言えば、やはり人間に似せた怪獣だ。
「くそっ!」
《戸田三尉! 聞こえますか!?》
「なんだ? 無線は封鎖しておけと隊長が――」
《すぐに撤退しましょう! 警視庁から戦闘ヘリが三機、離陸したそうです!》
戸田は露骨に舌打ちをした。
このタイミングで、警視庁が虎の子の精鋭である戦闘ヘリを送り込んでくるとは。
もちろん、警察組織内にこんな武器があると知られたら、警視庁は相当なバッシングを喰らうだろう。
だが、それだけの価値はある。それよりも避けたいのは、戸田たち防衛省の人間に怪獣を先取りされてしまうこと。警視庁のある部門にとっては、今までの努力が水泡と化すことになってしまう。
「だったら殺しちまえ、ってことか……!」
戸田は銃撃を控えることにした。様子を見て、細部に至るまでを上層部へ知らせなければ。こっそり様子を窺っている間も、怪獣は謎の光線を発していた。人間を殺すつもりはないのだろうか?
油断なく情報の回収に集中する戸田。すると間もなく、派手な回転翼機の騒音が響いて来た。警視庁の戦闘ヘリ部隊だ。
だいぶ低空を飛行している。報告通り、数は三機。この状態で威嚇的な飛行をするには随分リスクが伴うが、どうするつもりだ?
そう思って見つめていると、ヘリはぐるぐると怪獣の上空を旋回し始めた。攪乱するつもりなのか。
ここは山と海に挟まれた土地だ。民間人に目撃される可能性は低いだろう。しかし、ヘリだってずっと飛行していられるわけではない。どうするつもりだ?
そう思った戸田が再び顔を覗かせた、その時だった。
何の前触れもなく、ヘリの機銃が火を噴いた。
「なっ!」
別々な組織の人間だからといって、地上にいる防衛省の人間を無視して銃撃するとは。戸田はまた悪態をついた。
それに対して怪獣はどうか。いざ攻撃を受けると、流石に痛みを感じたらしい。頭部の前で両腕を交差させて、機銃弾から身を守る。
その防御力は尋常ではなかった。怪獣の華奢な身体など、一瞬で粉砕されてしまう。さっきまで戸田はそう思って疑わなかった。
しかし、戸田の予想は大いに外れた。否、逆方向に働いた。
一機目が高度を上げ、二機目のヘリが攻撃態勢に入る。がちゃり、と狙いが定められた、次の瞬間だった。
閃光が走った。青白い色をした、レーザーのように見える光線だ。同時に、二機目のヘリが爆散した。熱を帯びた真っ赤な爆炎が広がり、まるで昼間の太陽のように周辺を照らし出す。
ぐしゃり、と墜落したヘリ。その機体の原型は留められていない。
慌てて距離を取る一機目と三機目のヘリ。だが、旋回中にひゅるひゅると落下し、地面に叩きつけられた。そこに光線が、右から左へと走っていく。
まるで射線上にあるものを、ことごとく切断していくかのように。
同時に、墜落した二機のヘリは改めて爆散。合計六名の警視庁部隊の人員は、間違いなく殉職だ。
「……なんてこった……」
あまりの戦力差に、戸田は完全に圧倒されていた。無防備に立ち上がる。自動小銃ががちゃり、と地面に落ちる。
そんな彼に、すっと怪獣が視線を寄越した。数秒の後、戸田の頭部に軽い損傷。これは敵を殺傷する目的ではなく、記憶を操作するための武器、いや、仕掛けだ。
そうか、ヘリは装備が充実しているから、どうしても殲滅しておく必要があったのだ。だから、乗員の生命が失われるのも止む無し、と怪獣は考えたのだろう。
その後、医療施設で目を覚ますまで、戸田の意識と記憶は失われていくことになる。
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