記録:山男

 モキュメンタリー:ドキュメンタリー映像を模したフィクションのジャンルの一つ。『モック』は疑似を意味する。


 

 録音再生


「結局、また肩透かしだったわね」

「そうだね」

「あったのは、うちの登山部が冬の雪山で遭難しかけたときに逃げこんだっていう山小屋だけ。全く、汗臭さが移っちゃうわ」

「そうだね」

「……キョーコ、怒ってる?」

「ううん、怒ってないよ」

「でも、顔が」

「ああでも、こんな軽装で登山部の真似事をさせられるとは思わなかったかな。挙句あげくコンパスも効かなくなって、その山小屋で一夜を明かすなんて、良い大学生がやることじゃないよね」

「あの、ごめんなさい」

「全く、そろそろ懲りなよ、映美えいみ。山男なんているわけないんだから」

「エイミーよ……だって、山でキャンプしてたカップルが赤い顔をした山男を見たって」

「酔っ払いでも見たんじゃない」

「でも、昔からあの山には山男がいるって話よ。その言い伝え通り、血まみれの斧を持ってたとか」

「じゃあ、そのカップルが酔っ払ってたんでしょ。とにかく、そんなのはただの迷信よ」

「私は見たよ、山男」

「本当? えっと、あなたは」

「やだなあ。山で迷ってたお姉さんたちを送ってあげたじゃない。忘れるなんてひどいよ」

「……ああ、そうだったわね。どうして忘れてたのかしら。ごめんね」

「いいよ。でもまさか、あんな山の上までお姉さん二人で来るなんて思わなかったな。いや、一人でかな?」

「キョーコ? どうしたの、急に怖い顔をして」

「……ううん、何でもないよ。それよりも運転に集中して」

「あはっ、大変だね。それよりもさ、山男の話、聞きたくない?」

「あ、うん。聞かせてほしいな」

「山男はね、そま……えっと、きこりの人だったの」

きこり?」

「うん、木を伐る仕事の人。ただその人は、すごく迷信が嫌いでね。神仏しんぶつだの天狗だの聞くのも嫌だったそうだよ。ずっと昔の人なのに、珍しいよね」

「へえ、それで?」

「エイミー」

「うん、だから自分なりに理屈をねて、身近な怪談を全部否定してたの。神も仏もおらぬ。ならばこの世には妖怪変化の類も存在してはならぬのだ、ってね。失礼しちゃうよね」

「やだ、何そのおかしな顔」

「映美ったら」

「でもね、本当におかしいのはここからなの。きこりの人はね、人魚を見たの。自分が見たものを信じたくなかったその人は、斧で人魚を殺しちゃった。だけどその返り血を浴びて、不老不死になっちゃってね。気が触れて山を彷徨さまよううちに、自分が山男として語り継がれることになったってわけ」

「それは……因果な話ね。でも、木を伐る仕事をする樵が何で人魚を見たの? 山と海じゃ場所が違うじゃない」

「さあ。空から降ってきたんじゃない?」

「あはは、何それ」

「映美!」

「わっ、びっくりした……な、何よキョーコ」

「駅、通り過ぎたよ。どこへ向かうつもりなの」

「え、あ、ほんとだ。ごめん」

「もう、寝ぼけたまま運転しないで。ここでいいから」

「キョーコ」

「どうしたの、エイミー」

「ごめんね」

「もういいよ。いつものことじゃない。じゃあ、またね」

「うん、キョーコもゆっくり寝てね」

「お姉さんたち、元気でね」

「うん、あなたも迷子になっちゃだめだよ」


「迷子に、だって。笑っちゃうよねえ」

「……さい」

「あなたも大変だよねえ。何も見えない子を身を張って守るなんてさ。どうしてあの子のためにそこまでするの?」

「うるさい」

「ねえ、本当は知っていたんでしょう。あの山男が森の中から覗いていたのを。山小屋の中でも、気が張って一睡もできなかった。だから、目の下のくまがすごいよ?」

「お前には関係ない」

「ひどいなあ。私がいなかったら今も山の中だったよ。それに、あの子はもう」

「黙れ、化け物」

「あはっ」


 録音終了

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