記録Ⅲ
「
磐座とは神が
ビデオカメラのレンズを通して液晶モニターに写し出されたその威容を仰ぎ、少しのあいだ固定されていた。月の色に輝くさまを長く写したためか、画面の中がハレーションを起こしてしまっている。
我に返ったのは、ビデオカメラが俯いたからだった。暗い地面を写す。手にした撮影者の声がした。
「エイミー? どうしたの、袖を引っ張って――」
振り向いたビデオカメラは、すぐ後ろで袖を引いたはずの何者かを映さなかった。代わりに、木々の傍らでもがく人影を捉えた。
「映美」
悲鳴じみた声が上がった。慌てるあまり、その場にビデオカメラを取り落とした。横倒しになったカメラのレンズが、
不意に枝の根元が折れた。急に落ちてきた映美の体を受け止め、仰向けに倒れる。息苦しさにむせる声が響き、下敷きになった女性は痛みに顔を歪めていた。枝から伸びていた縄がひとりでに解け、蛇そのものの動きで森の中へ消えていく様子を、ビデオカメラの映像は捉えている。
しばらくして落ち着いた映美の両肩を掴み、女性は言った。
「どうしてあんなことをしたの、映美」
問い詰めるも、しゃがみこんだ映美にもわからない様子だった。力なく首を振っている。ため息をつき、彼女の手を握って立ち上がらせた。
「とにかく、帰るよ」
鹿撃ち帽の埃を払って、彼女の頭に被せる。地面に落ちた懐中電灯を握り、倒れたビデオカメラに近寄って持ち上げた。有無を言わせず、映美の手を引いて森の中を急いだ。その二人の姿を首吊りの輪が追う。その内側は白い闇を湛え、無数の人の生首にも見えた。
「キョーコ、ごめん」
「いいよ、今日はとにかく帰ろう」
山の森を下ると、見覚えのある道路に出た。道路の脇にあった看板と停めてある軽自動車。不意に撮影者は足を止めた。
「キョーコ、どうしたの」
「ごめん、先に車へ戻ってて」
「何で」
「いいから」
会話を打ち切った。一時停止したビデオカメラを下ろし、
「あなたたちを連れてはいけない」
鏡子は
「もう、あなたたちは終わったのだから」
森から姿を現わしたのは、異形としか呼べない何かだった。
その蛇体が彼女に襲いかかる直前で、何の
呆然と虚空を見上げる鏡子の瞳には、金色に揺らめく荘厳な毛並みが映っていた。懐中電灯が足元に落ちる。
「禁を破ったな」
見えない獣の吐息とともに重々しい声が発せられた。
ああ、駄目だ。これは人の身に余る。
「――禁域を侵した報いは、私が受けます。だからどうか、映美だけは」
虚空の眼光に射抜かれ、身動きすら叶わない。かろうじて発せられたのは懇願だった。
何もない空間から発せられる圧迫感に耐えた。震える両手で、ビデオカメラを抱き締めた。少しの沈黙が流れ、声の主は言った。
「それはもう報いを受けている」
そう告げられると、強烈な威圧感が消えた。鏡子の体から緊張とともに力が抜け、その場に崩れ落ちた。力なくビデオカメラを構え、一時停止を解いた。
「どうしたの、キョーコ。具合、悪いの?」
液晶モニターに、心配そうに覗きこむ映美の顔が写った。ううん、とビデオカメラが小さく横に振られる。レンズを逸らし、頬の血を拭った。
「大丈夫。少し、疲れただけだから」
「あ、何これ。大きな足跡。UMAなんじゃないの?」
何が起きていたかも知らず、巨大な獣の足跡を見て映美がはしゃいでいた。圧倒的な存在に押し潰された異形の肉片や血痕など見えていない。
その姿を見て、鏡子は思った。
あなたは、何も知らなくて良い。ただ私の隣に居てくれるなら、それだけで。
大きな獣の足跡の前でピースサインをする映美を、ビデオカメラのレンズが力なく撮影した。
記録終了
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