絶望の最中
走る、走る、走る。
さっきのやり取りが本当なら私達に猶予は一年しか無い。急いでここから出なくちゃ!
「おっ、戻ってきた。君、ずいぶん長いトイレだったじゃない…えっ、ど、どうした?そんなに焦らなくても僕は逃げないよ。」
「はあ、はあ、そうじゃ、なくて。」
「と、とりあえず落ち着いて。ね。」
深呼吸をしある程度落ち着くと、私は彼女に今しがた聞いた話を伝えた。落ちついたはずの心臓がドキドキとうるさかった。
「たちの悪い冗談…って感じじゃなさそうだね。君の話を信じるとして、問題はどうやってこの施設から抜け出すかだ。時間は一年。その間にできるだけ早く抜け出さないと。」
「そ、そうだね。とりあえず他のみんなにも伝えないと」
「いや、それはやめておいたほうがいい。」
「えっ?どうして?他のみんなだって助けないと。」
「具体的な作戦も決まっていないのにこんな事伝えたってパニックになるだけだ。打出の目安がついてから他のみんなと一緒に脱獄するんだ。」
私とは真逆に、彼女は努めて冷静だった。賢くて優しい。きっと、優秀な人間というのは彼女のような人のことを言うのだろう。
そうして私達は、脱出のための作戦を練るのだった。
そうして、作戦決行の日。連日の快晴の青空を前に私達は今日この施設を出る。
施設にいた子たちの説得には苦労したけれど、彼女が手に入れた資料を見てどうやら納得してくれたようだった。15歳になった私達はおそらく今日、ここから実験施設へ送られるだろう。
作戦の内容はこうだ。
まず、今日送られる私達が職員の注意を引く。施設から出ていくその時が一番脱出の可能性が高いと踏んだからだ。他の子達は私達が出ていくのに合わせて反対の方向から脱出する手はずである。必然私達が一番危険にあう確率が高く、私はその時をじっと待ちながら小さく震えていた。そんな私に彼女は声を掛ける。
「どうした?君はもしかして怖いのかい?」
軽い調子で言った一言についムカッときて、私は強い口調で言い換えした。
「怖いに決まってるじゃない。これから死ぬかもしれないのよ。」
「まあ、確かにその通りだね。ま、とか言う私も君以上に内心ガクブル震えてるんだけどね。」
冗談めかして言った言葉にふっと笑いがこぼれる。
「おーい。そろそろ時間だよ。」
表面上は優しさで取り繕った声に、少し身震いする。私達は無言で頷きあうと、車を出して待ってるであろう職員のもとへ足を進めた。
「お、やっと来た。ちょっと遅かったから心配したよ。」
どの口が言ってんのかと思う。職員の男が浮かべる笑顔はいつもと変わらないはずなのに、以前の会話を聞いてから、どうにも胡散臭く見える。
「すいません。ちょっとトイレに行ってて。」
「そうか、女の子は大変だんねえ。」
当たり障りのない返事にこれまた当たり障りのない返答。これから女子を実験施設へ送り届けようとしている人間にはとても思えなかった。
「ささ。早く乗って。」
「はい。あっ、ちょっと待ってください。靴紐が……」
「はは、全く君ってやつは。職員さん、先に乗って待っててください。」
「おっ、そうかい。まあ、焦らずゆっくり結びなよ。」
勿論演技だ。職員の男が車の運転席に乗り込みエンジンを掛ける。
その瞬間私達は走り出した。
横目に見える職員が虚を突かれたような表情をする。
不意をつけた!作戦は成功した!
言われもない達成感と喜びに満ちる。この施設の鍵は外側から閉められる。必然、先に出てしまえば鍵を取り行くまでの時間大幅なタイムロスになる。それだけの時間があれば逃げ切れる。私は早くも手にした自由に酔いしれていた。
それが絶望の始まりだとも知らず。
不意に足が滑り地面に転がる。とっさに手をついたことで擦りむいたりすることは避けられたが、濡れた地面についた手がじんじんと痛む。
地面が濡れている。連日快晴で濡れているはずのない地面が濡れている。それを疑問に思った瞬間、後ろから絶望の声が響く。
「どこから漏れたのかなあ。君たちのこの先は秘密にしていたはずなのに。」
振り返ったところに車から出た男が居た。距離が離れている。男の髪は濡れていた。ついさっき通り雨でも来たかのように。
隣では彼女も同じように膝をついている。
男はヘラヘラした態度で続ける。
「面倒だな。まさか施設を脱出しようとする娘がいるだなんて。……でも残念。こんな施設の職員が普通の人だと思った?」
男は手を胸の前に動かし、唱える。
「『傘いらずの夕雨』」
その言葉とともに水の塊が男の周囲に浮かぶ。同時に男の体少し濡れる。
通常ではありえない現象。それは『スペース』によるものだった。
施設でスペースの勉強もしている。名前の詠唱があるから少なくともB級。それだけで一般人では太刀打ちできるはずがない。
終わった。すべて無駄だったんだ。手に入れたと思った自由も結局は幻想で私達は檻の中の小鳥なんだと嫌でもわからされる。浮かんだに文字は絶望。どうしようもないこの世の不条理に、怒りを覚える間もなく私の自由は消えた。
「そうだ。出力ミスって殺したってことにして、俺の楽しみにしよう。具合の良いのが欲しかったんだよね。ねえ、どう?最悪でしょ?自由になれたと思った?残念でした。でも安心して、俺、結構上手いから。」
絶望の最中、男の言葉が耳を通り過ぎる。私の人生はここで終わり。何もなすことなく、両親を殺し、みんなを不幸にして、ここで汚されて散る。自分のことなのにどこか他人事のように捉えている自分が怖かった。
ごめんなさい
謝罪の言葉が喉から出かかった時、不意に耳朶に響いた言葉が私の言葉を遮った。
「ああ、本当に最悪だよ。まさか、スペース持ちだなんてね……。この上なく面倒だ。あまり喧嘩は得意じゃないのだけど。」
彼女が立ち上がる。私とは違いその眼は絶望に染まっていない。
「『
バチバチと電気が彼女の周りでほとばしる。髪の毛が逆立ち、静電気がパチパチと音を立てる。そんな彼女が電撃を携えて不敵に戦線布告する。
「さあ、自由と絶望の喧嘩を始めよう。」
スペース解説
スペース名 傘いらずの夕雨
能力者名 リーマン・ドウ
雨に濡れたくないな。という願いによって発現したスペース。
能力 水を操る。
代償 自身の身体が濡れる。
特徴 水を操れる。温度の変化や水自体を生み出すことはできず。あくまで周りの水分を操るだけ。操れるスピードや自由度は限界があり、そこまで便利な使い方はできない。代償は発動中にのみ起こる。
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