彼女の名前は……

隣で声を上げた彼女から目が離せなかった。


次々と打ち出される水の玉。殺傷能力は低いように思えるが、当たればそれなりの怪我をするであろうそれを、彼女はほとばしる電気で器用に弾く。

バチバチと電子機器がショートするような音が幾重にも重なって聞こえる。

その戦いはまるで異世界に迷い込んだみたいだった。


「ふうん。君もスペース持ちだったんだ。」

「だったらどうしたのよッ!!」

「おっと。」


言葉と同時に電撃を打つ出す。しかし、男はその場に水の壁を作り出し、遮蔽として攻撃を防いだ。男の全身はもうびしょ濡れだ。

彼女は電撃を放ちながらも声を上げる。


「あなたの代償は体が濡れることみたいだね。」

「水も滴るいい男だろ。」

「どこがッ!」


先ほどと比べて大きな電流、ほとばしる閃光。しかし、それも男は片手間に防いで見せる。それどころか今までよりも早く大きな水を呼び出してはこちらに放ってくる。


「ッッッ!」


とっさに突き出した右手で彼女はその攻撃から私を庇う。傷ついた右手から血が滴り落ちる。苦痛に顔を歪めた彼女を見ながら男はニヤリと口角を上げた。


「スペースはまあまあだけど、実践経験がなってないな。そんなんで人を庇いながら戦えると思ってるの?」

「っ余計なお世話よッ!」


その瞬間、男の周囲を電流が取り囲む、全方位からの集中攻撃。男も驚きに顔を染めながら、自信を包むように水の壁を作り出す。

バチバチバチッという大きな音が立て火花が散る。閃光と共に白い霧がもくもくと上がる。


異次元の戦いだった。私が介在する余地が一切ない。あの戦いに身を投じれば私なんて10秒と持たずに死ぬだろう。ここにいる私は足手まといでしか無い。それでも恐怖ですくんだ足は動いてくれなかったし、彼女を見捨てるなんてできそうになかった。


白い煙の向こうから声が上がる。


「いたあい。ちょっと怪我しちゃったじゃん。」


煙の晴れた先には男が居た。

信じられない。あれだけの電撃を受けて彼は全身が少し焦げただけだった。動けなくなるほどの怪我でもない。おそらく軽傷。水のたまに当たるだけでほぼ右手を動かせなくなった彼女とは段違いだった。

思わず彼女も悪態を吐く。


「クソッ。同じB級のハズなのに……」

「そりゃそうだよ。スペースってのは一朝一夕で身につくものじゃない。S級やらじゃなきゃそれなりの訓練を積まなきゃ。」


男が話す間に濡れた地面に閃光が走る。

返答の代わりに電流を地面から伝わせる。不意をついた一手にも男は水でバリケートをはる。純粋な水では電流は通り辛い。電気は水に効果抜群なんてことはない。相性はいいように見えてこちらには有効打がない。


「あんまり傷つけると後の楽しみが減っちゃうからな。調整しないと。」


嘘。これでまだ本気じゃない?だとしたら絶望のどん底だ。しかし、男の言葉は嘘ではなかった。その証拠に全方向に水が展開される。それらがドリル状になり回転を始める。いくら水とはいえ高速で当たれば怪我をする。そんな攻撃が全方向から高速で射出される。

私は眼を閉じた。とっさに腕を出し、身を庇おうとした。そんな事をしたって意味がないことはわかっていたが生物として抱く本能的な恐怖からとっさに身を庇ったのだ。


しかし、来るはずの痛みは何時まで経っても来なかった。代わりに周囲でバチバチとここ数分で聞き慣れた音が響く。しかし、それは今日聞いたどんな音よりも大きな音だった。


恐る恐る眼を開ける。

眼の前に私を庇うように彼女が立っていた。周囲にほとばしる静電気が、私を水から守ってくれた電流の勢いを体現していた。


「『電々流々ライトニング』!!」


彼女はもう一度自信のスペース名を大声で口に出す。スペースとはその名前を言うことで大きく威力を増す。その証拠に今までとは比べ物にならないほどの電流が男を襲う。男もこれは予想外だったのか、水の盾を作る。しかし、粗い。彼女の作り出した電流が男の右腕を貫く。

男の腕は焼け焦げもう、使い物にならないだろう。それでも男は立っていた。痛みに顔を歪めながら憎々しげにこちらを見ている。


「クソッ。痛え。痛え痛え痛え痛え。このクソガキがッ!」


怒号と共に打ち出された水塊が彼女に飛来する。しかし、それはあまりにもお粗末。今までとはスピードが段違いに遅い。この程度なら私でも避けられる。そんな球だったのに、彼女にそれは直撃した。腹にもろに一発くらい、彼女は大きくよろけこちらに倒れ込む。

倒れた彼女の体はびしょ濡れで、体は小さく震えていた。

水に濡れた男が口を開く。


「それがお前の代償か!体の麻痺だろう!もうろくに動けないだろう!フヒヒ。フハハ。ハハハハハハ!ざまあみやがれ!大人に逆らったバツだ!覚悟しとけよ!お前らふたりとも、生きてきたことを後悔するような目にあわせてやる!散々弄んで壊した後は娼館にでも売り払ってやるよ!お前らそのまま一生奴隷として生きるんだ!ハハハハハハ!」


狂気と言っていいほど取り乱した男が言う。

怖い、自分はこんなにも無力だったんだろうか。ただ眼の前にいる男が怖い。もはや声すら出ない。


「どうせそこの能無し女はスペースなんて持ってない!頼み綱の電流女も次やれば心臓麻痺で死ぬだろうな!まあ、安心しろよ。どちらにしろ行くとこは地獄だからなあッ!!」


そうして飛来する水塊。今までより圧縮されたそれが、私達に…いや彼女の方に迫る。


バンッという大きな音とともに、が吹き飛んだ。


痛い。吹き飛んだ先から激痛。もう死んだほうがまし何じゃないかと思えるほどの激痛。

飛来する水塊から私はとっさに彼女を庇った。結果私は右腕を失い、その激痛にただ身悶えるしかできなかった。


そんな状況を見て男は一瞬ポカンとした顔をしたが、その顔はすぐに狂気に染まる。


「こんな時まで友達ごっことは、大層なもんだ!」

「違う!」


力強い声が上がる。先程まで震えていた彼女が立ち上がる。その瞳に揺れる激情に、私も男も一瞬息を飲む。


「友達ごっこなんかじゃない!……本当にいい友達を持ったよ。僕は幸せ者だ。」


否定の言葉を言った後、噛みしめるかのように彼女は続ける。

ゆらりと立ち上がった彼女はなにか覚悟を決めたようだった。

バチバチと周りに電流ができる。今までとは比べもにならない威力、そして範囲。視界を覆い尽くす電流がまるで星々のきらめきのように瞬く。

それを見て男が焦りだす。


「馬鹿か!?死ぬ気なのか!?」


男も合わせて大きな水を展開。男から荒波のように迫る巨大な水塊を前に彼女は私の方に振り返る。


「え?」


思わず困惑の声が漏れる。だってそれは……





「本当に僕は君みたいな友達を持ててよかった。」


しみじみとした口調で彼女は語りだす。


「本当に幸せだったよこの2年間は……」


別れの挨拶のように、しんみりと……


「だから、そんな君に幸せになってほしいんだ。」


目尻に涙を浮かべながら、黒い瞳が瞬く。


星々のきらめきが荒波と混ざり合う直前。

黒髪黒目の少女が……私にとって誰よりも大切な親友が……寂しさと幸せを噛み締めた最高の笑顔で……


「ありがとう◯◯◯◯。僕は、君と友達になれて本当に良かった。」


いつも私を君としか呼ばない少女が初めて私の名前を口にする。


超電圧の電流によって電気分解を起こした水が、水素と酸素に分解される。

そして散った火花が引火し、爆発を引き起こす。


爆音と爆炎が周りを覆い尽くす。男も彼女は飲み込めれ、爆発は私ごと吹き飛ばして荒れ狂う。


そうして眼の前で、私の一番の親友であった彼女は…………は死んだ。



スペース解説

スペース名 電々流々ライトニング

能力者名 ヴェルティクス・ゲネシス

電子機器関連の仕事をしていた父から教わり、電気に興味を持ったことで発現したスペース。

能力 電流の放出。

位階ランク B級

代償 体の麻痺

特徴 電流を操れる。しかし、操れるのはイメージ可能な範囲でだけ。発動した電流の威力により代償の大きさが変わり、全力で発動すれば、心臓麻痺で死亡する。

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