世界最強の男
「ほら、落ち着けって。まじで悪かったって思ってるから。ほら、飴ちゃんやるから。」
「子供扱いしてない?…まあ、飴はもらうけどさ。」
飴はもらうんだ。まあ、それで機嫌直してくれるならいいんだけど。
差し出した棒付きの飴を受け取ったウィルは、透明な包み紙を剥がして口の中に入れた。そして、驚きの声を上げる。
「美味しい。」
「だろ。」
「どこで売ってるの?こんなの食べたことないんだけど。ほら、みんなも食べてみて!」
そう言ってウィルはいつの間にかクロノアのポケットに入っていた飴を残らずかすめ取ると、その場にいる6人に配りだす。正直言って関わりたくないという気持ちを内心に秘めながら、けれど目の前の少女兼上司に勧められた物を断るのは忍びないので飴を受け取り、口に含む。ベルフェゴールは動かないからウィルが口に勝手に口に入
れた。
「美味しいわね。」
「美味しいですね」
「美味しいね。」
「悪くねえなあ。」
「………。」
「………。」
「でしょでしょ。」
反応はそれぞれだが概ね好評のようだ。クロノアは満足げに頷く。
「ねえ本当にどこに売ってるの?多少離れててもお金に物を言わせて取り寄せたいくらい美味しいんだけど。」
おい、革命軍創設者。お金に物を言わせるんじゃない。
「そんなに気に入ったのならまた作ってやるよ。」
クロノアのこともなげに言った言葉に対してウィルはこれ本当に君が作ったの?と念を押す。
「なんで嘘つく必要あるんだよ。意味わかんねえだろ。」
「それはそうだけど、というか君料理とかできたんだ一体どこでそんな技術を…」
「よし、続き行くか!」
「え、あ無視しないで!」
「この赤髪赤目の物腰柔らかそうなのが憤怒のサタン・イラ、こっちのガリガリのやつが嫉妬のレヴィアタン・インビディア。」
サクサク進めるクロノア。サタンは赤髪赤目の筋骨隆々大柄の男だが、いかにも優しそうな顔でまとう雰囲気も優しい抱擁力がある。
レヴィアタンはくすんだ緑色のボサボサの髪の毛に濁った茶色の目、お世辞にも整っていない顔は、何に向けられているのか分からない憎悪に歪んでいる。この世の全てが妬ましいと言わんばかりの表情。ガリガリに痩せた身体は吹けば飛ぶような弱々しさを感じさせるが、その鋭い眼光だけはどす黒く渦巻いている。
「どうも。」
サタンが一言。何に対してのどうもなのかは分からない。
「ガリガリたあ余計な世話だぜクロノア。いいよなあお前はいい身体しててよお。」
妬みをこれでもかというほど詰めた言葉を吐き捨てるかのように言うのはレヴィアタン。
そしてウィルは目を細めて苦言を申す。
「というか、さっきの説明雑じゃない。さては飽きてきたでしょ。」
「そんな分け無いだろー。」
「凄い棒読みじゃん。」
「ハハハハハハハハハ。」
「笑って誤魔化そうとするな!」
目の前に繰り広げられている喜劇に心を無にすることにも幹部たちが慣れてきた頃。もう早く終わってくれと思うが、ここで退席するとウィルが拗そうなので動くに動けない。口で文句を言っているが、ウィルは結構この時間を楽しんでいるのだ。
「ラストスパートはいるぞ。こいつは強欲のマモン・アヴァリティア、正直こいつはよくわからん。以上!」
「絶対飽きてきてるでしょ。」
「はは、言われちゃった。」
クロノアの説明?に軽い感じで笑う少女が1人、彼女がマモンである。短く揃えた薄い橙色の髪とは対象的な濃いオレンジ色の瞳をした小柄な少女である。特に気にした様子もないマモンはどこもおかしくないというのに、どこか釈然とせず掴めない雰囲気が漂っている。キラリと光る大きな瞳の奥で何を考えているかさっぱりわからない。本人曰く、成り行きで組織に入ったらしい。その理由でいいなら俺ももう所属してよくね?
クロノアが内心不満をこぼしていると、マモンが口を開く。
「よくわからないでいったら君も大概だけどね。」
「おいおい、なんの冗談だ?こんなにも清廉潔白な男はいないぜ。それにいつも名乗ってるだろ。俺は正義の男だって。」
自信満々に言ってのけるクロノア。
「自称ね自称。」
茶々を入れるウィル。
「それはないと思うのだけど。」
困惑気味に口にするアスモデウス。
「ありえませんね。」
断言するサタン。
「頭の病院に行くことをおすすめするぜえ。まあ、お前のは不治の病だろうがなあ。」
心配?をするレヴィアタン。
「ボロカス言われてるじゃん。」
と、マモン。
「「………。」」
終始無言の二人。
「みんなちどい。あちきかなぴい。」
「もはや誰だよ!」
「まあいいや。」
「切り替え速っ!」
そして始まる二人漫才。クロノアは大仰な仕草で悲しがるが、凄まじい切り替えの速さを見せつけ、ウィルはツッコミを入れる。
そして、クロノアは最後の紹介を始める。ビシリと指さした先に座る男の髪は、薄い灰色、もはや白と言ってもいいほど色素の薄い髪の毛に濃い青色の瞳をしている。深い海の底のような眼には神秘的なまでの謎に包まれている。しかし、その瞳は片方しか露わになっていない。男は眼帯を着けていた。シンプルな黒い眼帯は、そのまま左目をすっぽり傷ごと覆っていた。右腕をだらんと下げ、片腕でコーヒーを飲む仕草には年季を感じる。
男は隻眼、隻腕であった。
視界、攻撃手段共に半減するハンデを持っていながら最高幹部である男にクロノアは不吉な笑みを浮かべて告げる。
「こいつの名前はルシファー・スペルビア、隻眼、隻腕でありながら七つの大罪傲慢の席に座っているこの男の事を、世界ではこう呼ぶ。」
もったいぶって一息はいたクロノアに、答えを知っているはずの面々にも少しばかり緊張が走る。
「世界最強の男と…。」
調査資料
20〇〇年 △月☓日
対象 ルシファー・スペルビア
概要 ヴェルティクス・ゲネシスと共に最初期から『新しい時代』で活動する男。隻眼、隻腕でありながら世界最強の座に座っている。そのスペース名は謎だが、一部関係者は能力の効果を知っているとされ、大半の人々には絶対に負けない超能力者として知られている。現状政府において確認されている被害は大将7人、中将798人、小将以下100万人以上程度とされており、その賞金額は過去最高の27景7048兆通貨とされ、現在も更新を続けている。
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