第2話 黒衣の剣士
「グオオオオオ!」
咆哮を轟かせるのは青緑色の肌の巨体を持つ一つ目の怪物。トロールと呼ばれる魔物であった。ライブラリーアイでそれを眺める。
トロールLv15
レベルはゴブリンより少し高い……けど種族が違うし、そもそもボス個体。ダンジョンに巣食う奴らと比べ物にならない強さを持ってる。
……と、まあ知識だけはある。実際は初めて出会うボスだ。緊張する……!
〈ボスだ!〉
〈強そう……!〉
〈ゆいちゃん大丈夫?撤退もありよ〉
「分かってる。けど、やるよ」
私はハッキリと決めて杖を構える。トロールはとっくに私を敵とみなし襲いかかってきた。やる事はゴブリン相手と変わらない。
魔力蜂起。展開、分割。そして発射。
「『マナバレット』」
放たれた魔力の弾丸はトロールの体に直撃する。しかしダメージは軽微だ。飛び出す青い粒子の少なさがそれを表している。
「グオオオッ!」
トロールはそのまま私に棍棒を振り下ろした。私は転がるようにそれを回避する。だが風圧で吹き飛ばされた。
「くぅ……!」
爪に引っかかれた程度の痛みだから問題は無い。
痛いものは痛いけど……。
〈ゆいちゃん大丈夫!?〉
〈全然効いてない!〉
「大丈夫……まだいける」
コメントのみんなを安心させようと呟き、再びトロールに向き合う。再び杖を構える。だが今度は先程の攻撃とはちがう。
魔力を蜂起、先端に展開し……分割せずそのまま放つ。
分割すると弾1つ1つに注がれる魔力は減ってしまう。もちろん、そうなれば威力や射程、速度が落ちるのは自明の理。だがそれをまとめれば……。
「貫く!『マナバレット』!」
放たれた弾丸。一条の青い軌跡を引いてトロールのでっぷりとした腹に直撃する。トロールは衝撃を受けて怯む。傷口からも青い魔力の粒子を放出している。
「よし……!」
〈おおー!〉
〈ナイス!〉
〈ゆいちゃんすごい!〉
手応え感じて私は左手でガッツポーズをする。だが、トロールはまだ倒れない。
「グゥ……オオオッ!」
むしろ激しい怒りを見せて私を睨む。そしてグッと踏み込み襲いかかる。
「っ!」
速い……!
そう思った瞬間にはトロールは目の前に迫っていた。そして棍棒を振りかぶる。私は先程のように横に飛び出した。
だが……今度繰り出されたのは横なぎの一撃。読み違えたのだ。
「がっ!」
攻撃をモロに受け、私は壁に激突する。痛みは魔力体のお陰で小さい。だが衝撃でふらつく。体に亀裂が入り、魔力が粒子となって消えていく。
この通り、魔力体は魔力で構成されているので傷つくと綻び魔力に戻ってしまう。そして維持できなくなるまで破壊されるか、内蔵魔力が無くなれば魔力体は崩壊する。
〈大丈夫!?〉
〈ゆいちゃん!〉
〈速すぎだろ……!〉
「まだ、いける……!」
私は体を起こしトロールに向かい合う。そして杖を構えようとした。
だが腕は上がらない。魔力体の神経伝達回路が損傷したのだろう。
〈腕が……!〉
〈やばい!〉
〈ゆいちゃん逃げてー!〉
慌てて左手に杖を持ち帰る。しかしトロールはまたその棍棒を振り上げ、私をゴミ虫みたいに潰そうとする。
縦!?横!?どっち、どっち……!?
魔力体の中にある本体の心臓が跳ね上がるように感じる。回避先を決めかねて立ち尽くす私へトロールは寄る。
怖い……!
迫るトロールに威圧されてそんな想いが頭駆け巡る。同時に自分の顔が引き攣るのを感じる。そして心が臆せば体は強ばる。ただただ目の前のトロールの姿を、滝のような汗を流して見上げる事しか出来ないでいた。
近づいたトロールはその手に持った棍棒を振りかぶる。
〈あっ〉
〈あっ〉
〈やばいやばいやばい!〉
〈終わりだ……〉
流れるコメントを見る余裕もない。数秒後の景色を想像しても指一本動かせない。そして予測した通りに棍棒がか弱い私へと無慈悲に振り下ろされた。
ドゴォォッ!
大広間を揺らすような衝撃が走り、土煙が舞う。その振動が収まった時、トロールはその棍棒を肩に担いだ。
「グルルル」
そして愉快そうな声を漏らしながら叩きつけた獲物を見ようと土煙を払う。
「っ!?」
だがそこには何も無かった。砕けた地面があるだけ。トロールが待ちわびた肉塊になった私の姿は影も形も無かった。
「おい、無事か?」
「え……?」
トロールと離れた場所。そこで私は誰かに抱えられていたのだから。
何が起こったの……?
何も分からないまま声の主を見上げる。精悍な顔立ちに短いトゲトゲした黒髪。そして切れ長の赤の瞳をした黒衣の男の人だった。
「あの、貴方は……?」
「|黒崎〈くろさき〉|勇悟〈ゆうご〉。面白そうな獲物じゃねぇか。貰っていいか?」
黒崎……勇悟……。
告げられた名前を反芻する。その後の言葉の意味を遅れて読み取り、私は必死で頷く。それを見て口角を上げた彼はトロールに視線を変えた。
「失礼」
「わっ……!」
そう言って彼に降ろされた。丁寧なその仕草に紳士的な雰囲気を感じる。
ちょっと不良みたいなのに……優しいんだ……。
私はそれに胸が高鳴るのを感じる。窮地を救われた安心感かもしれないが。
「デカイ……これぐらいの木は斬って怒られた事あったっけ?でも生物は初めてだな」
「グルル……グオオオオオ!」
彼はトロールに歩いていく。等のトロールは獲物を逃した事に大層腹を立て、彼に剥き出しの敵意を送っている。
だが彼は恐れを知らないように歩く。あるのはただ目の前の怪物をどう切ろうかという事だけのようだった。
「グオオオオオッ!」
トロールが踏み込み、棍棒を振りかぶる。それは先程のように標的を一撃で潰そうとする。
しかし、それは横に飛ぶようなステップで躱す。
すごい……!動きが読めるの!?
軽やかな回避に私は驚愕する。
「そこそこ早いな。捕まえてみろよ」
着地と同時に彼は駆け出す。そのままトロールの左側を抜けるように通り過ぎた。
トロールはそれを視界に捉えようと振り返るが、彼は気づいた時には反対に回っていた。
「グギャアアアッ!」
トロールは乱雑に棍棒を振り回す。だがそれはヒラリヒラリと風に吹かれる木の葉のように回避している。
まるで舞ってるみたい……。
その美しさすら感じる姿に私は魅了されていた。
「大体わかった。終わりにしようぜ」
彼は宙へ跳ぶ。それを棍棒で迎撃しようとするが、彼は体を捻り棍棒を足蹴にして跳躍する。
何あの動き……!?
高速で振り下ろされる棍棒を空中で踏んで跳躍する。魔力体の身体能力でやっと視認できたその神業に、私はただ目を見開く。
そして刀を抜き放つ彼。
「
振り下ろされた刃は、雷が降り注ぐような勢いでトロールの正中線を真っ直ぐに斬り裂いた。
「グ、ギャア……ア……!」
傷口から魔力を撒き散らし、トロールは背中から倒れ伏したのだった。
魔力の粒子が周囲に舞う中、彼は何事も無かったように着地する。そして美しい所作で刀を鞘に納める。
やがてトロールの亡骸も魔力となって消えていき、幾つかの水晶が落ちる。これで終わりだった。
1分も経たぬ内に彼はトロールを倒してしまったのだった。
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