第3話 黒崎勇悟

「あれがドロップした物だっけ?」


 トロールが落とした水晶を遠目に眺める彼。だがやがて立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄った。


「あ、譲ってくれてありがとな。えっと……」


 ……あっ!名前か!


「あっ、えと……ゆいです……!黒崎さん、助けてくださり……ありがとう、ございました……」


 遅れて反応し、たどたどしく名前を言う。そうしていると彼はしゃがみ込み、私の全身を眺めていく。


 な、なになに……!?なんで、見てるの!?


 その視線に困惑してしまう。だって男の人にこんな風に近くでジックリ見られるなんてお医者さんくらいしか無かったから……。


「あ、えと……なんですか?」

「怪我……止血っつーの?出来ねぇのか?」

「あ、えと……魔力体なので暫くすれば……」


 そう言っているうちに魔力漏れは収まった。だが傷が治った訳では無く腕は上がらないまま。


「へぇ〜。便利なんだな」

「ポーション切らしてるんでこのままですけど」

「ポーション?」


 魔力体の仕様は愚か、ポーションも知らない?


「あの……もしかしてダンジョンって初めてだったり……?」

「おう、今日が初めて」


 もしかしてと思ったらやっぱりだった。


「あ、ならアイテムの取り方も?」

「おう、説明聞いたけど人多くて聞こえづらい上、その波に流されてよく分からん内に入口に……周りを真似して変身?出来たけど。アイテムも取り方分かんねぇしここに来るまでのは放置してた」


 ダンジョンで手に入れられる貴重な物資を放置する……それはハンターにとってありえない行いだ。だってそれを手に入れる為にダンジョンに入るのが大半なんだもん。


「そっか……ポーションはギルドで買ったり魔物が落とす水薬です。飲むだけ魔力体が治る薬です」

「なるほど」


 そうしていると、落ちているアイテムの水晶が光を点滅させる。


「アイテム取っちゃいましょうか。あの状態だと5分後に消えちゃうんで」

「ああ、そうなのか?どうするんだ?」


 ホントに何も知らないままここに来ちゃったんだ……ある意味凄いけどめっちゃ危なっかしい……。


「近づいて『アイテムボックス』ONって言ってください」

「えーと、『アイテムボックス』ON」


 そう言うと彼のアイテムボックスが起動し、水晶を吸い込んでいく。無事に収集が終わり箱に戻って消えた。


「インベントリで中を確認できますよ。さっきみたいに名前とONって言うと見れます」

「『インベントリ』ON」


 彼がそう言うと空中にウインドウが現れて所持アイテムを確認できる。入ってるのはさっき収集したアイテムだけだが。


「へぇ〜。ん?この見れないのはなんだ?」


 彼が指差しているのは黒いアイコン。


「それはボスのドロップアイテムの中でもギルドで鑑定しないと分からないものです。取り出しても水晶のままで何も分かりません」

「鑑定しなきゃいけないのね」


 彼は興味深げに頷いている。


 彼……黒崎勇悟。初心者だから仕方ないけど、私なんかがものを教えてるって変だな。


 そう思っていると、違和感に気がつく。


 あれ?私……ちゃんと喋れてる?


 無口で無愛想の陰キャ。それが自他の評価。変えようと思って変えられるものでは無く、割と長年の悩みでもあった。だって愛想いい方がみんなに好かれるし、何事も上手くいくもん。


 でも……彼相手ならちゃんと話せる。もう染み付いて間違えようもない知識教えてるから……?


「どうした?」

「わぁっ!ビックリした……!」


 急に話しかけられて飛び上がらんばかりに驚いた……! すっかり考え込んじゃってた。


「えと、なんでもないです。じゃあ帰りましょうか」

「来た道戻るのか?」

「いえ、あの陣に入って暫くしてると入口に帰れます。ボス部屋は大体こうなってるんです」

「お、助かるな。結構入り組んでたから戻るのダルいし」


 陣に乗って暫くすると光が私らを包み込み、気がついた時には入口に戻っていた。


「ホントに戻ってきた。凄いな……って!今何時だ!?」


 突然、彼は焦ったように問いかける。私は視界の端に表示されている時間を見る。


「19時くらいですね」

「やっべ!帰んねぇと師範代にしばかれる!今日はありがとな!」


 慌ただしくお礼を言って走り出す彼。私はそれに驚きながらも呼び止める。


「あっ!待ってください!ダンジョンやギルド以外で魔力体で居ちゃダメですよ!指輪外せば戻ります!」


 多分その説明も聞けてないだろうと思い呼び止めたのだ。


「そうか!ありがとうゆい!じゃあな!」


 彼は軽く手を振ってまた向き直り、ギルドへの門に入って消えていった。




「……なんか、すごい人だったな……」


 ダンジョンの入口の賑わいだけを耳にしながら立ち尽くす。


 あれ?何かを忘れているような……。


 私は頭を捻った。暫く考えるとその答えは思い浮かんだ。


「あっ……みんなごめん。配信してるのすっかり忘れてた。アハハ……」


 私は流れるコメントを確認して慌ててみんなに話しかける。


〈ガチで心配した〉

〈いやほんと良かった〉

〈てかあの人何者……?〉

〈ゆいちゃんが無事で何より〉


「みんなも心配してくれてありがとうね。でも……ほんと凄かった」


〈それな〉

〈俺でなきゃ惚れちゃうね〉

〈てかあんな攻撃系スキル?見た事ないわ〉

〈あの人の詳細が気になる〉


「ほんと何者なんだろ?それじゃ、無事帰って来れたし、時間もいい感じだから私も終わるね。みんなバイバイ」


 そう言って配信を落とす操作をする。みんなも各々別れの言葉を口にしていた。


 そうして本当に1人になる。


「黒崎勇悟さん……か。ちょっと……か、カッコよかったかも……」


 頬に熱を感じながら恩人であり一目惚れした相手へ想いを馳せるのであった。


「あれ?」


 コメントの様子がおかしい。配信は閉じた筈なのに何故か別れの言葉以外も流れる。


〈惚れちゃった?〉

〈カッコよかったね〉

〈配信切れてないよ〉


「えっ?あっ?……えぇっ!?」


 そう、配信を切り忘れていたのだ。つまり、さっきの彼へ想いを馳せた言葉も全て聞かれて……!


「み、みんな……!忘れて!いい!?今度こそ落とすから!バイバイ!」


〈草〉

〈可愛いw〉

〈はーい〉

〈ゆいちゃんバイバイ〜〉

〈おつゆいゆい〜〉


 今度こそ配信を落とせた。生身の肉体に戻り、しゃがみ込んで顔を覆う。


「あああああっ!やっちゃったぁ!」


 思い返してめちゃくちゃに悶える。


 顔めっちゃ熱い!恥ずかしい……!消えたい……!


 羞恥心が心を埋めつくし暫く動けなかった。5分ほど経ってやっと私は立ち上がり、フラフラと家へ帰るのだった。


 家に帰り、ご飯を食べてお風呂から上がる。そして髪や肌のケアを済ませた私は知る事になる。


 今日の配信が……SNSでバズってしまう事に。

 

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陰キャダンジョン配信者の私でも恋していいですか?〜黒衣の剣士に助けられてバズっちゃった件〜 竜田揚げゆたか @mutuki647

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