第10話 【砂糖】の概念霊であるシュガーソング

「飯食ってるところ悪いな」


 食堂でワカメうどんを食べていたオキルの前の席に座り、トーマは切り出した。


「何ですか師匠、いきなり」

「げ!先生!?なんですか、任務は嫌ですよ!?」


 言葉だけでなく本気で嫌そうな顔でモトコが答える。それを見てトーマはバツの悪そうな顔で頭を掻きながら話を切り出した。


「任務じゃねえけど、お前らにお使いの頼みだな。【シュガーソング】」

「久しいな、甘露の天使よ」


 トーマは懐から出した名刺型の霊符に名前を囁く。すると霊符は変形し、変質し、身長10cm程、白い結晶体でできたSD少女人形の姿をとった。佐藤トーマの憑霊、【砂糖】の概念霊であるシュガーソングの分身体である。三人もそれを見慣れているため、特に驚きもせずトーマの話の続きを視線で促す。ニレンだけは指先でシュガーソングと握手をしていたが。


「コイツがなあ、期間限定のヨネダのシロノワール食いたいって言いだしてなあ」

「シロノワールって、あの写真で見るだけで胸焼けするあの……?」


 モトコの脳裏にソフトクリームをドカ盛したデニッシュのお菓子の姿が浮かぶ。形状だけなら普通だが、成人男性でも躊躇する量の甘味の暴力としてネットで有名なものだった。かつて話のタネに食べに行ったとき、ミニの方の半分で力尽きたことを思い出す。


「そうそれ。で、明日土曜日だろ?俺は外せない用事があるんでお前らに連れて行って欲しいわけだ」

「用事って何ですか先生」

「空手部の指導員に欠員が出たんでヘルプ入れってさ。やだねー、数学教師にやらせるようなことかっての」

「悪意の焔が己を焼くか」

「まあ、嫌がらせは今に始まったこっちゃねえけどな。それはそれとして、どうせウツノミヤまで出るんだろ?余った分は小遣いにしていいから、ここ最近の慰労会もかねて楽しんでこい」


 トーマは懐から出した万札一枚をモトコに押し付けると踵を返す。食堂の一角で騒ぎが起こっていた。

「ツバキちゃんは、お前のことを思ってるんだってばよ!!」

「誰がそれを頼んだ!! 貴様には俺の気持ちはわかるまい!!」

 口論の末、喧嘩を始めた生徒がいた。周辺は止めようともせず囃し立てながら輪になって囲んでいる。

 黒い長髪の少年が拳に風を纏わせ、黄色の短髪の少年が対抗するように拳に雷を纏わせた。エレメントを纏わせた、一般人であれば体が砕け散る術師の拳。

 そこにトーマは踏み込んだ。人垣ができていたが、わずかに体を揺らす程度の動作で誰にも触れず殴り合う二人の間に歩を進める。いきなりの闖入者に驚く生徒達、だが、拳は止まらない。

 トーマはその拳に手を添えて、二人同時に投げ飛ばし、背中合わせになるように足から着地させた。

 何が起こったかもわからない拳を振りぬいたままの喧嘩の当事者二人に、こともなげにトーマは声をかけた。


「喧嘩をするな、とは言わんが食堂でやるなよ。埃が立つ。続きをやるなら修行場に行け」


 唖然とする生徒達を割って食堂から去るトーマの姿をみて、ニレンが口を開いた。


「数学教師とは、何ぞや?」

「師匠に今更それいう?」

「やっぱりあの人おかしい……」


 モトコの呟いたその感想は、日光霊奏学園関係者のほとんどに共通する認識だった。


 ◆ ◆ ◆


 ほかほかに焼き上げられたデニッシュ生地の上に、たっぷりとソフトクリーム。その上からさらに期間限定のクラッシュイチゴシロップがたっぷり。

 視覚的にも甘味の暴力であるソレに半ば体をうずめるようにして、砂糖菓子の人形が食らいついていた。


「……おいしい?」


 問いかけに頷いて答える人形に、モトコは「そっかー」としか言えなかった。

 木目調ベースの明るい店内で、三人は昼食をかねてお使いを果していた。


「美味いならいいことじゃね?」


 あんかけスパゲティをフォークで巻き取りながらオキルが相槌を打つ。いつもの霊奏師用外套ではなく、学園指定のジャージだった。坊主頭と絞られた体格にジャージが加わると、目つきの悪い運動部の学生にしか見えない。


「この両手は血にまみれていようと、今だけは戦を忘れよう……」


 カツパンを手にしながらニレンが囁くように同意する。こちらは完全に私服だ。黒いスラックスと同色のベスト、それにグレーのシャツを合わせ、イエローのカジュアルネクタイをアクセントにしている。高校生がやるにしてはいささか渋いセンスではあったが、彼の芝居がかった言動には不思議とあっていた。


「まー、平和はいいことだと思いますよ。……平和で終わるなら」


 豆菓子と砂糖抜きのカフェオレを啜るモトコは、学園の制服だ。一度お洒落を試してみようと試みたことはあれども、自分の不健康な肌色を隠すための工夫に力尽き。それ以降、彼女は基本的に霊奏師か学園の制服しか着ない。お洒落関係に横着していることを同室の女生徒にとがめられてはいるが、女を捨てることで手に入れた手軽さをモトコは手放す気になれなかった。


「――ほう?滅びの予兆を幻視したか?」

「なになに、なんかあんのか?」


 なにもない休日のはずである。

 ニレンのトライクでウツノミヤまで移動し、午前中に衣料品店とアニメショップに立ち寄り、昼にお使いついでのおごり飯を食べ、さて午後はどうするか。そんな休日のはずだ。


「なんか確証があるわけでもないんですけど……」


 モトコが言いかけたその時に、三人のスマホが同時に警告音を発した。防災アラートではない。霊奏師に対する緊急出動要請の警報。


「近ぇ!?」


 立ち上がりながら画面を確認したオキルが驚愕の声を放つ。今いる喫茶店から、全速力なら五分もしない場所だ。


「店主よ!釣りは無用だ!!」


 驚いた店員に万札を押し付けモトコを小脇に抱え、ニレンが店外に走る。


「俺が先行する!!モトコを頼む!!」

「無論だ!」

「ひゅい!?」


 四肢に霊力を纏ったオキルは、建築物をパルクールで飛び越えながら一直線に現場に奔った。

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