第11話 「俺の概念霊はな【■■■■■■】だ」

 三人に通信が入ったときから、時間は少しさかのぼる。


 表通りには大手のチェーン店が並び、そこから一つ路地を曲がると急に住宅街になるような、そんな何処にでもあるような地方都市の街並みだった。

 最も多いのは古びた民家、そこに混ざる色あせた看板の床屋や歯医者、中華食堂。たまに神社の鳥居。そんなものが並ぶ中にある、これも古びた様子の自動車修理工場。そこが【群狼】のアジトであった。

 周辺の住人がそれを知らないか、と言えば実のところ知ってはいる。だが、群狼のシノギは廃品回収を建前とした金属盗難であり、そのターゲットとしてこの手の古い町並みの下町と言うのは意外に効率が悪い。自然とターゲットは田舎の方の人目の少ない場所にある電気設備や工事現場などになる。自分の損にならないのに周辺に金を落とす荒っぽい若者集団を、ことさらに見とがめ通報する住人はいなかった。


「上手くやっていた、ということね」

「そうだな。今日までは、な」


 クロユキの言葉に霊奏師が答える。今回の招集に応えた30代ほどの参號級霊奏師だ。その背に青い頭巾をかぶったミイラのような概念霊を背負い、廃工場の扉を見据えていた。今回の仕事で成果を上げれば昇格も見込めると意気込んでいた。この様子なら手を抜くこともないだろう。

 黒服達も集まりポリスバトンやテイザーなどを準備する。霊媒師が率いる組織とは言え、ただの半グレ組織。首領以外は刀剣で武装しただけの一般人だ。必要な対処は殺戮ではなく鎮圧であった。まして、黒服は霊奏師になれなかっただけの霊力者である。その身体能力だけでも過剰な戦力であると言えた。

 想定される戦力は、はぐれの霊媒師が一人と最大でも中級の概念霊。それも戦闘力ではなく物体の加工に長けたタイプ。残りは一般人犯罪者。こちらの戦力は準弐號と参號が一名ずつ。そして四肢霊充可能な黒服数人。

 負ける道理はないが、故にこそ油断こそが最大の危険因子となる。

 気を引き締めてクロユキは、己の憑霊に声をかけた。


「雷獣、変身!」


 背後から出でた【雷獣】の概念霊が黄金色の球電となってベルトのバックルに吸い込まれる。


『ラーイ、ラーイ、ライララーイ!!』


 術の反作用で発生する、クロユキでも雷獣でもない何かの声が響いた。巫術に伴う漏れ出た呪詛の声ではないかと言われているが、クロユキにすらその正体は不明だ。

 ベルトから迸る電光型の霊力が体表面を伝い皮膚と服を巻き込み金白色の装甲を再構成する。頭部を覆うフルフェイスヘルメットには、昆虫の複眼を思わせる大きな目と周囲の電位差を感じるための触角が発生する。


『カッメーン、ライジュー!!』


 術を構成するための身体印(全身を使って行う術式のための一定動作)の終了とともに、不明の声も終了する。クロユキの姿は、全身をプロテクターめいた金白色のボディスーツに包んだ戦士の姿となっていた。

 それを見ていた霊奏師と黒服の思いは一つだった。


(((いいのかなあ、これ)))


 戦闘態勢を整えたクロユキは、逡巡なく予定通り次の行動に移る。クロユキが工場の扉を破り、そのまま雪崩込んで制圧する。杜撰なように見えるが、不意打ちで相手を驚愕させるだけでも制圧と言うのはうまく行く。

 大きく腰を落とし力を貯める。雷の力が右足に集中する。十分貯まったと判断した時、クロユキは跳び上がった。


「雷獣、キーック!!」


 全力の跳躍の勢いを乗せた跳び蹴りである。ただの飛び蹴りではない。一定のルーチンと呪文を伴ない、霊力を攻撃力に転換する魔術でもある。その霊力で空中加速された跳び蹴りは、工場の鉄扉を吹き飛ばした。


(((ほんとにいいのかなあ、これ)))


 霊奏師と黒服達に去来する思いは一つだったが、体は予定通り動いた。


「霊奏機関だ!!武器を捨ててその場に伏せろ!!」

「抵抗すれば容赦はしない!!」


 クロユキに続き工場内に雪崩込み、それを連続する破裂音と鉄の嵐が迎え撃った。

 銃だった。

 群狼に所属するチンピラたちの手にあるのは、ライフルのような小銃の形をして、侵入者たちに銃口を向けていた。


「じゅ、銃だと!?」

「一人二人ならともかく、これだけの!?」


 四肢霊充で強化された霊奏機関の兵である、ただの銃弾一発で即死するものではない。ないが、それを受けて無傷ともいかず、そして物量は十分にダメージを命に届かせうる。

 当然弾丸は黒服だけでなく霊奏師たちにも届く。男の霊奏師は符術で具現化させた概念霊を盾にして、クロユキは自らの霊力プロテクターで耐える。

 故に気が付く。撃たれているのは通常の弾丸ではない。金属製の微小な矢だ。軍事知識に疎いクロユキは知らないことであったが、それはフレシェット弾と呼ばれる対人兵器に酷似していた。貫通力に優れ矢羽根の部分が肉を切り裂き傷を拡大する効果を持つ。


「ぐああああああっ!?」

「ひぎいいいいいっ!?」

「お゛ほぉおおおっ!?」


 地面に転がった黒服から阿鼻叫喚の悲鳴が悲鳴が上がる。動かないものもいる。即死したのかもしれない。だが、


「なめ、るなあああ!!」


 咆哮と共に、クロユキが雷撃を全周に撃ち放つ。味方も巻き込むが、元より威力よりも一瞬の感電で攻撃が止まることを狙ったものだ。収束させない分、威力も低い。


「ぐわっ!!」

「ぎゃっ!?」


 半グレたちの悲鳴が上がり、一瞬攻勢が止まる。


「見事だ!!あとは任された!!」


 その隙に男の霊奏師が走った。右手に受肉させた概念霊、左手に自分自身が走り手の止まった半グレたちを叩き伏せる。怒りのせいか、それとも単純に余裕がないのか、手加減のない拳足が素人たちを薙ぎ払う。頭蓋の陥没したもの、致死量の血を吐いて倒れるものなどが時折混じった。

 むごいとは思った。だが、クロユキ自身もそれほど余裕があるわけではない。反射的に急所を守ったことと霊力プロテクターのおかげで皮膚で止まってはいるが、全身ハリネズミのように矢が刺さっていることには変わりない。

 今は心を殺し、事を起こした霊媒師を一刻も早く倒さねばならない。その時だった。


 倉庫の奥で何かが光った。

 機械音を出しながら立ち上がる鋼の巨人。身長8mのその異形は。


「まさか、まさか、まさか!?スコープウルフだと!?」

「知っているのか!?」


 驚く男の霊奏師にクロユキが聞き返した。


「TVアニメ『装甲猟兵ヴォトムズ』で主人公が乗るアーマードイェーガー、スコープウルフ。作中でも鉄の棺桶と揶揄される軽装甲とそれと引き換えの高機動能力を持つ、最も量産された機体だ。安価ゆえに拡張性は高く、様々なカスタム機が存在し特に主人公がハンドメイドで作ったブルーショルダーカスタムが有めゴハァッ!?」


 語りに入った霊奏師を、横合いから飛んできた鉄の拳が殴り飛ばして工場の扉から外に吹き飛ばす。


「同好の士に出会えたのは嬉しいが……今は敵だ。できれば痛みを感じず死んでいてくれ」


 巨大ロボ、スコープウルフがカメラを回しクロユキを見た。


「クッ!?それがお前の概念霊だというのか!?」


 振り回される鋼の腕、それを回避しながら問いかけるクロユキだが、内心で即座にそれを否定する。創作物とわかっている作品からの概念霊は存在しない。ましてやアニメだ。どうしたって創作スタッフからは「これは創作物である」という意識を拭いされない。であればこれは――。


「まさか!これはただの機械で、デザインは只の趣味さ!!教えてやる義理もねえが、気分がいいから教えてやるよ!!」


 巨体の割に動きに妙に隙が無い。脚底にはローラーが付いており、俊敏な方向転換をしているらしい。回り込もうとする動きに対して、超信地旋回の要領で正面を向けてくる。突き出してくる拳には何かの動力で50cmほど伸びる機構が付いており、瞬間的に破壊力とリーチを増す仕掛けのようだ。

 それをボクシングのジャブの要領で細かく、素早く、隙を埋めるように打つ。もちろんその巨体故に生身のボクサーよりよほど遅いのではあるが、拳そのものの大きさが防御を許さず、大仰な回避動作を強いられ、結果としてクロユキは反撃できずにいた。焦る心を必死に落ち着け反撃の機会を探る、そこにスコープウルフから意外な言葉がかけられた。


「俺の概念霊はな【3Dプリンタ】だ」

「な!?」


 言葉とともにつきこまれた拳を飛びのいて間合いで躱す。いや、かわしたつもりだった。特殊機構で伸ばされた拳の間合いも考慮に入れていたはずだった。それが故に、切り離されて飛んできた鉄拳が直撃してしまった。


「……っ!?」


 時速100kmほどで飛んでくる鉄柱である。自動車事故に匹敵する衝撃の直撃である。プロテクターと四肢霊充の効果を受けてなお吹き飛ばされ、工場の鉄骨の柱に叩きつけられ、それを大きくゆがめた。

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2024年12月21日 22:00

どう考えてもこの三號級たちおかしい @seidou_system

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