第9話 真神家という霊奏師の家系
文化圏に寄らず。祭事と政治が分かたれず、信仰と学問が同一だった時代。科学者であり魔法使いという地位にあった人間が担っていた仕事がある。
暦の作成である。
国家の成立、その初期の初期。狩人よりも農民が増えた時代。農業の行く末が国家のありようを左右する時代。作付けや収穫をいつ行うのかを決める暦の作成は、観測に基づく天文学であり、高度な数学であり、そして未来予知の魔術であった。
故に平安時代の国家魔術であった陰陽道の基本は、式を打つ事でもなく、呪で括る事でもなく、星を読み吉凶を占うことである。
天文学が科学に乗っ取られ、魑魅魍魎を討ち果たす役目が霊奏機関にとってかわられても、陰陽道に占いの術は残り続けた。
霊奏機関トチギ支部に所属する黒服である佐野ヒロミが、机に広げた筮竹を前に渋面を作っているのも、自身の占いの精度に自信があるからこそであった。
逡巡して、結局スマホを手に取る。相手は悪人ではない。むしろ善人の類ではある。ただ、借りが積み上がりすぎた相手にまた借りを作るのが嫌なのだ。
「もしもーし、佐藤トーマさんの携帯ですか。あたしです。佐野ヒロミです」
「ヒロミかあ。なんだよ、また厄介ごとか?」
「厄介ごとになるかも、ってところです」
「……何が見えたよ」
相手も心得たもので、占術で悪い卦がでたと思い当たったようだ。
「勝負運、
「そりゃ大変だ。赤チンもってけ」
「ちょっとぉ!?見捨てないでくださいよ!!」
「言われてもな……最近、あいつらを無理にねじ込んだの釘刺されてんだよなー。かといって俺が行くわけにもいかんし、そんな現場行きたくねえし」
「現場の功績で弐號級に上がった癖にー」
「現場仕事が嫌だからわざわざ教員免許取って教師やってんだろうが。何にしろ戦力は出せねえよ。老中會だって陰湿なだけでボンクラじゃねえんだ」
「じゃあせめてモトコちゃんだけでも!!」
「一芸特化の一般人に毛が生えたよーな奴をそんな修羅場にピンで出せるかっ!?」
「そう言わないでくださいよぉ。次の作戦、いいとこのお嬢さんが来るって話で、うっかり死んだり後遺症が残ったりすると大変なんですよ」
「霊奏師は大体いいとこ出身≪官位持ち≫だと思うが……。何にしろ占いだけの根拠で公式にねじ込むのはな」
否定しつつも、トーマは断言を避けた。このおねだりに乗る意味はあまりない。そもそもヒロミの占いの精度は7割と言うところだ。三割を引いて何もなかったとなることもあるだろう。ヒロミの作戦が失敗しても、トーマ個人には損はない。貸しはあっても借りはない。だが、何かがトーマの直感に引っかかった。
こういった予感は概ね妄想ではあるが、神秘的な暴力沙汰を日常茶飯事とする霊奏師業界では軽視していいものでもなかった。
「……作戦の時期と場所次第だが、ちょっとだけイカサマしてやる。都合つかなかったら諦めろよ」
「ホントありがとう!!作戦なんだけど……」
◆ ◆ ◆
霊奏師という職業が何に近いかと言えば、消防士である。種々の予知能力などで概念霊の発生を予測して、それに必要な戦力を送り込む形ではあるが、基本は「発生してから対処する」形になる。もちろん霊奏機関はオカルト的な災害が起こりそうな場所に対して事前に地鎮祭や鎮魂碑やあるいは結界などの対応を行ってはいるが、そういった場面は戦力が必要とされることもないために黒服や機関外の地元の霊能力者に外注されたりする。(特にルールを押し付けてくる系のオカルト災害は後者に偏りがちになる)
だがそれでも霊奏師がことを事前に防ぐために動員されるケースはある。それがオカルト犯罪の摘発である。
本来犯罪は警察の領分ではあるが、なにせ相手が霊能力者である。個人の戦闘力が兵器に匹敵する犯罪者に対しては、取り締まる側もそれに匹敵する戦力を用意するしかない。野生の熊に対して民間組織である猟友会の協力を求めるのに近い。
立花クロユキが割り当てられた任務も、すなわちそういう類のものであった。
「窃盗金属の買い取り業者、か……」
そんなものにまで霊媒師の用心棒がいるのか、それとも霊媒師なのにそんな犯罪に手を染めているのか。神秘の力を振るうには余りにも世俗的過ぎる事件に、苦笑いしか浮かばない。
価格が高騰しているからと言う理由で、銅ケーブルを盗んでいく行為が社会悪であり取り締まる必要があるのも分かる。消火器ホースのノズルや農業用用水ポンプの破壊が地域に大きな損害を当たることも分かる。だが、そんなことを霊奏師が解決する必要が出てくるとは思っていなかった。
発覚した経緯はこうだ。もともとこの手の金属買い取り業者は複数いたのだが、当然その縄張りは構成員同士の暴力で決定される。ところがここ最近、【群狼】と名乗る半グレグループが他のグループの縄張りを侵食している。急に勢力を伸ばした理由を調べてみると、どうやら偽装できる武器や防具をどこからか手に入れて来たらしい。懐に入れて折りたためる鉈、上着の裏地に仕込まれた鎖と金属の小片、コイルスプリングでダーツを飛ばすクロスボウ。そういったものをどこからか手に入れて、周辺の同業者を従えるだけの武力を手に入れた。それら武器の出所を警察が調べても既存の工業製品に当てはまるものが一つもない。そこで霊奏機関にコネがある刑事が個人的にそれらを鑑定してもらったところ、霊力が残留していることが判明した。そこで『何か、武器関係の概念霊、例えば有名な刀鍛冶の概念霊を手に入れた霊媒師がいるのでは?』と調べた結果、【群狼】のボス、タケロウが
(哀れな男だな……)
リベルタリアの出身、そして見てわかるアフリカ系の遺伝子を持つクロユキには、由緒ある霊奏師の家系で異端者であることの疎外感は理解できた。だが、自分ほど努力できなかったのであろう打ち勝とうとする強い意志がなかったのであろうその男に抱いたのは、共感ではなく憐憫であった。
つまるところは覚悟と努力が足りなかったのだ。どんな酷い環境であろうとも、その二つがあれば切り開いていけるのだ。私にはできた。なので霊奏師をやっている。この男にはなかった。なので薄汚い霊媒師をやっている。
任務のブリーフィングを聞きながら、思いをはせる。
(薄汚い霊媒師になってしまったのであれば、私が介錯してやるのが慈悲だろう)
それこそが強者の魂を持つ自分がやるべき責務だと、クロユキは確信した。
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