第8話 準弐號霊奏師 立花クロユキ

 全寮制の霊奏学園では、当たり前だが遊びに行くところがない。では放課後に暇を持て余した学生たちが何をするかと言うと、代表的なところでは武道系、霊術系も含む部活動。次に自室にでできる趣味や自習。食堂などでのおしゃべりやカードゲーム。

 そして、一部の学生が自発的な霊奏師の修業をする。

 概ねこういった修業は学生から通称「修行場」と呼ばれるすり鉢状に隔離されたグラウンドで行われる。何せ使用されるのが概念霊前提の戦闘訓練である。術を用いた飛び道具があるのはもちろん、爆発や突撃や物理法則を超えた肉体によるド付き合いが普通に発生する。ゲームめいた大乱闘の訓練である以上、そうでもしないと周囲の被害が抑えられない。

 その修行場の片隅で、オキルとニレンも訓練をしていた。

 オキルは学園指定の半そでの運動服で目を閉じて合掌し、精神を集中させていた。


「雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ……」


 術師の口にする呪文は、実のところそれ自体に意味があるものは少ない。術として現実に投影する心の中にある理想、それをより現実的に想像するための補助であり、そうあってほしいという祈りである。

 それは祝詞でも念仏でも聖典の引用でも同じであり、高度な術者や概念霊であれば自身で創作した詩を呪文とする。

 オキルは、その術につかう呪文を宮沢賢治の詩からとっていた。

 術自体は簡単なもので、周辺の土塊を集めて固めて意図した形に変える、学園の教師陣が(暴走した生徒のせいでよく壊れる)校舎の補修に使う土のエレメントの術であった。


「……サウイフモノニ ワタシハナリタイ」


 呪文が終わってその前に出現していたのは、正しく木偶の坊であったろうか、一本の木人椿もくじんとうであった。

 だが、木製のそれと違って周辺の砂を術で固めたそれは、コンクリの硬さと重さを備えている。


「……ふっ!!」


 二、三度叩いて感触を確かめたオキルは、おもむろに木人椿を叩き始める。突き出された枝を相手の攻撃に見立て、防ぎ、払い、受け、流し、弾き、掻い潜り、幹を打つ打つ打つ。指先から肩までの腕のあらゆる部分を叩きつける。

 通常であれば腕が壊れる。皮膚が割け、肉が潰れ、骨が折れる。霊奏師であれば霊充四肢で肉体を強化し、その危険を回避することができる。が、オキルは木人椿打ちでは霊充四肢を使わないよう、師に言い含められていた。


『霊充四肢は強いし、その修行も必要なんだけどな。それでもまずは素手で石ぐらい殴れるようになっとけ。「術を乗せたから石を殴殴っても平気な拳」と「石を殴っても平気な拳にさらに術を乗せました」じゃ威力がまるで違うからな』

『幽想肉変で理想の肉体を作ることは可能だがな、そこでいけるのは想像の範疇までだ。成長を越えた分厚くて硬い皮膚。平たく変形した拳。過剰なまでの骨密度。そういったもんは想像の範囲内にない。そういういびつなもんは壊して直して造るしかないのさ』


 やすりが如き表面の石の木人椿を間断なく打つ、打つ、打ち続ける。細かいステップで右に左に回り込みつつひたすらに打ち続ける。続けるうちにニレンから声がかかった。


「半刻だ」

「おう、ありがとな」


 声を掛けたニレンは、拳による片腕逆立ちを止め、立ち上がった。上半身は裸、下半身は学校の指定のジャージを【煤】の能力で黒く染めたもの。その裸の上半身が、汗でびっしょりと濡れていた。

 拳による片腕逆立ち、これを左右で30分ずつ、合計一時間、微動だにせずやり続けていたのである。文字通りの全体重を乗せた突きを当たり前に使うニレンである。全体重を乗せる突きを使うため、全体重がのる逆立ちで肉体を練る。同時にバランスをとり続けるための平衡感覚、体幹の筋肉、上半身に行き過ぎた血液を引っ張り上げるための腿の筋肉。それらを鍛えあげるための、道理に沿った狂気の鍛錬であった。


「さて、本日、わが身とワルツを踊るのは……」

「あそこで鎖振り回してるのが良くねえか?」


 準備運動を終えた二人が、適当な練習相手を探したところで声がかけられた。


「あ、いたいた二人とも。今大丈夫?」


 声を掛けてきたのはモトコだった。流れ弾を警戒しているのか、ヘルメットと透明樹脂の盾を携えていたが。


「体冷やしたくないんで早めに終わるんならいいけど」

「あーちょっと長くなるかな。あの食堂で声かけてきた人の話集めて来たんで」

「なれば友よ、拳の語らいとともに聞くがよかろう」

「ん-、まあ、それでいいか」


 そういうなり跳ねるように距離をとり、また即座に間合いを詰めて打ち合いを始める二人。その戦法の差から、円を描くように後退し続けるニレンをオキルが追いかける形になる。慣れたことなのか、スマホでその光景を撮りながらモトコが口を開いた。


「立花クロユキ、2年2組。九州の方で有名な立花家のお嬢さんです。まーそういう家にありがちな正妻じゃないお妾さんの子供で、そのお妾さんがリベルタリア出身という」

「それはまた」

「生まれながらにして茨の道か」


 掻い潜ろうとするオキルを手刀の動きで警戒させて止めるニレン。手の内が知れた攻防を行いつつ会話は進む。


「才能があったんでしょうねー。正妻の子供を押しのけて、立花家の契約概念霊、立花道雪が斬ったと言われる【雷獣】の担い手となって、現在準弐號霊奏師という。特に巫術が得意で、ファイトスタイルはテコンドーベースにサバットとムエタイが混じる足技主体とか。必殺技は雷獣キック。趣味はベルトのバックル集め。彼氏はなし」

「必殺技の名前、かなりギリギリのような気がするのは俺だけか?」

「しかし、それだけでは足りぬ。この我に相対する故には」


 ニレンの刻み突き。オキルが額で受け手首をとる。腕を畳んで掴みを切りつつ流れるように返しの肘。仰け反って躱しつつ脇腹に鉤突き。肘の勢いで体ごと回転させて避ける。


「家の中だけで強い、ってだけではやっぱりまだ風当たりが強いんでしょうね。そこで外部での実績積むついでに昔の有名人の直弟子より強い、みたいな形で名を上げたいってことじゃないでしょうか」

「喧嘩売るなら敵だけにしてくんねえかなあっと」

「他所の名家に家の名前で喧嘩売る許可下りるほどの権力基盤がないんじゃないですかね」

「不遇の姫君……しかし、容赦はそれこそ無礼か」


 回転で背を向けた隙を横薙ぎの手刀で消す。掻い潜って躱し密着を狙う。その首を狙うギロチンのような手刀。止まることを諦め擦れ違い様のボディブロー。タイミングを合わせた腹圧で弾かれる。

 擦れ違った二人が距離をとって再び相対する。五秒ほど残心をとった後、構えを解いた。


「要はあれだろ?こっちから殴りに行く意味はあんまりなくて、向こうはいつ殴ってくるかわからないし、殴ってこないかもしれない」

「まあ、そうですね」

「なれば、悠久の和平と変わらぬ」

「まあ、そうですね」


 いつもと変わらないことが分かった。それだけを確認した二人は練習相手を求めて踵を返し、モトコは爆発で飛んできた石の破片を盾で受けながら女子寮に戻った。


 ◆ ◆ ◆


 氏名:立花クロユキ

 年齢:17歳

 職業:霊奏師

 所属:日光霊奏学園・2年2組

 階級:準弐號級

 霊性:属性・雷 霊力量・B 霊奏経絡量・C

 技量:巫術・B 付術・C 符術・C 負術・D

 憑霊:【琥珀】の概念霊

 備考:九州の名門立花家、官位は従二位。母親はリベルタリア帝国出身者。

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