第7話 半グレ組織、【群狼】

「あんたが、あの概念霊召喚アプリの売人ってことでいいのか?」

「ええ、その認識で問題ありません」


 トチギは南東北とも揶揄されるが、実のところそこまで田舎でもない。大手自動車メーカーの開発拠点を複数抱える工業地域でもある。(もっとも、日本の郊外型都市はどこもその側面を持つものではあるが)。大手の工場と言うものはそれだけで完結することは少なく。周囲に関連の企業の工場や倉庫を抱えるものである。よって中小企業もそれなりに数があり、その勃興も頻繁に起きる。

 その取引が行われていたのは、そんな元中小企業が所持していた廃工場であった。

 スーツケースを持った男と、それに相対するストライプスーツの男。その二人を半円状に囲むガラの悪い男達。

 ウツノミヤ近辺にシマを持つ半グレ組織、【群狼】のメンバーであった。


「都市伝説だと思ってたぜ。もしそんなのがあるならばらまかず、自分で使うからな」

「いえいえ、今まで個人のユーザーに提供していたのは、いわゆるプロモーション活動と言う奴でして」

「プロモーション、ねえ……」


 疑念を隠しもしない声音である。だが無理もない。

 見ただけでわかる。吊るし売りの安いスーツを、明らかに着慣れていない様子の若い男。【群狼】のシノギでもよく見る、下っ端詐欺師の雰囲気のそれであった。だが、それでも霊能力を以てウチの手下を叩きのめし、こうして売り込みの機械を作った以上能力が本物であることは確かだ。


「まあいいや。で、だ。概念霊召喚アプリっての使えば、だれでも霊媒師になれるってことでいいのか?」

「流石にそこまで都合のいいものではないです。ただ、素養のある人間なら修行と契約なしに霊媒師になれるって程度のものです」

「……それにしたって破格じゃねえか」


 霊奏学園に通い、一通りの訓練を受け、しかし憑霊を得ることなく黒服で終わるような人間は多い。だが、それでも、その程度でも。プロのアスリートと互角以上の身体能力と、火球を投げる程度の術は備えている。それと互角かそれ以上の戦力を得られるというのは確かに破格の価値がある。

 無論力があるからと言って即座に強盗などに走るわけにもいかない。ただの強盗であれば警察の領分だが、それを超えた場合は霊奏師がでてくるだろう。だが、犯罪組織同士の潰し合いであれば公権力は早々出てはこない。自分のシマやシノギを低コストで守れるというだけでも十分以上の価値はあり――なにより目の前の男にとって、取引相手は自分たちである必要はない。

 そんな半グレの内心をどこまで読んでいるのか、胡散臭い男は胡散臭い笑みを浮かべたまま立っていた。


「とはいえ、それも値段次第だ。手が届かなきゃ意味がねえ」

「はい!そこはもう勉強させていただきますよ!本当でしたら1億円を現金で用立てていただくところですが、今回はお試し価格も兼ねまして、一千万円でのご提供となります!!」


 即金での一千万。安くはない額だが、無理の利く範囲の額ではある。ごねて値下げを狙うか、そんな考えも頭をよぎったが、即断した。後ろの配下に声を掛け、金の入った紙袋を持ってこさせる。


「いいだろう。だが、それはそのアプリが本物だと確信が持てたらだ」

「あ~、それでしたら霊力の素養のある方に触っていただければご利用方法をお伝え出来ますが……」


 そういって似非営業の男は視線を巡らす。この場にそれらしい、霊能力者崩れがいないことを気にかけたようだが。


「ああ、じゃあ俺に教えてくれ。俺も多少、使えるんでな」


 半グレの男が獣のように笑う。霊奏学園に通い挫折した霊能力者は多くいる。そして、学園に入る前にドロップアウトした人間も、多くいるのだ。


「そりゃ素晴らしい……ところで、お使いになりたいのは、どんな概念霊ですか?強かったり、有名すぎる概念だと流石に扱えないんですが……」

「そうなのか?いや、そりゃそうか」


 確かにそれが出来れば上級概念霊など呼び出し放題。たとえ従えられなくても呼び出すだけで爆弾として使うには十分すぎる。とはいえ、男には別にちょっとした思い付きがあった。


「――ってのは、できそうか?」

「……ははぁ、なるほど、そりゃ面白い。イけそうですね。じゃあ起動した画面の検索窓にですね」


 悪党どもの夜は更けていく。悪だくみを走らせながら。

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