第5話 概念霊召喚アプリ
「うえへへへへへへ」
アミューズとして入手したアクスタを並べ、顎をテーブルに乗せて気味の悪い笑顔を浮かべるモトコを。二人の少年は慣れた様子で無視した。
「……で、禁断の蜜は天上に至るか?」
「意外と旨いなコレ。バナナソースっての?甘いって言うか芋っぽい感じ」
満足げなオキルがかじりついているのは「剛田ローランド監修、本気のバナナバーガー」。ゴリラモチーフのイケメンヴァーチャルアイドルのコラボメニューであった。
不満そうなニレンがつついているのは「
二人の表情が対照的なのは選んだメニューの味の差であろうか。それとも食えれば何でもいい主義のオキルと育ちのいいニレンの差であったろうか。閉口しつつも残さず食べようと努力するニレン。そんな彼を無視してオキルはポテトをつまみながらモトコに話しかけた。
「で、やっぱまだ本命に届きそうにないんかね。【概念霊召喚アプリ】作ってる奴に」
「うえ!?……ああ、無理だろうねー。今回も使い捨てっぽいし」
イケメンを愛でる妄想から現実に復帰した少女が答える。
「そこんところが良くわからないんだけどさ」
「ん?どのところ?」
「概念霊召喚アプリつったって、スマホアプリなんだろ?どっかからダウンロードしてくるわけだろ?そういうの警察だの機関だのが本気出せば潰せるんじゃねえの?結局はどこかの会社なわけだしさ」
「あー、そういう。まず誤解があるっぽいんだけどさ」
流石にテーブルに顎を乗せたままをやめ、体を起こした少女が話を続ける。
「あの概念霊召喚アプリが入ってるスマホって、ネットにつながってないんだよね」
「……うん?」
「そもそもSIMが入ってなくて、ネットにつなげない。電話としても使えない。Wifiも拾えない。そういうスマホに概念霊召喚アプリが入ってて、直接手渡しで実行犯に渡されてるらしいんだよね」
「……スマホとかパソコンって全部ネットに繋がってるもんじゃないの?」
「んなわけないだろ」
呆れたようなことを言うオキルに、呆れたようにモトコが返した。
「インターネットってのがどんなもんかの説明は長くなるからおいといて。ようするにネットにつなげないコンピューターとしてのスマホにアプリ入れて武器としてばらまいてる。そういう奴がいるらしいってこと。つうかこんなアプリがネットで頒布されてたら北関東だけじゃなくて世界中大騒ぎだよ」
「あー……言われてみれば、そういうニュースはあんまり聞かねえな」
「カナリヤが断罪者を恐れた故と思っていたが」
うんざりした顔でコーヒーを舐めながらニレンが口をはさむ。どうやらパスタは食べ切ったらしい。
「報道管制?まあそれもあるんだろうけどね。どう考えたって銃器や爆弾よりもテロリスト向けだもん。実際そういう目的の連中も入ってきているらしいよ」
「最近、外人霊媒師の相手が多いなーって思ったらそういう事かよ……」
「まあねー。だからって学生引っ張り出すのほんとどうかと思うけどさー」
「ふ……世界は常に英雄を求める」
「人手不足のカッコイイ言い方ってあるんだな」
「英雄は常に過労死で終わるって言葉もあるけどね」
「世知辛えな、おい」
(とはいえ、私たちが過分に働かされてるのはあるんだよね……)口には出さず、モトコは心の中でつぶやく。概念霊召喚アプリ。それによって発生するインスタント霊媒師の実力は参號から弐號級の霊奏師に相当し、呼ばれる概念霊も中級に及ぶと言われている。
当たり前だが霊奏機関は想定される敵に対して互角の戦力を当てるようなことはしない。戦力で圧倒できる戦いを理想とする。(もっとも敵の戦力が未知数であることが当たり前なので、そううまくいいかないのが現実ではあるが。)
少なくとも「参號級霊媒師+中級概念霊」に対し「参號級霊奏師二人+肆號級霊奏師一人(戦力外)」を当てはしない。一度や二度程度ならともかく何度も、しかも学生にこんな任務が回ってきているのは、なにがしかの意図を考えざるを得ない。
そもそもが互角以上と評価されている相手に対して、ろくに手傷も負わずに圧勝を繰り返せているのがおかしいのだ。二人は疑問に思っていないようだが……。
「どうしたんだ?さっきから考えてるみたいだけど」
「此度の聖戦に凶兆を見たか」
「いや……面倒だなって。これから報告書を書くの」
「……明日の朝でよくね?」
「堕落への誘いは己を蝕むぞ」
モトコはとりあえず話を逸らして思いをはせる。この二人を、ひいては自分までアゴで使ってるあの不良教師のことを。
◆ ◆ ◆
「佐藤先生」
「なんスか」
霊奏学園と言えど、教育機関である。教育機関である以上、職員室も当然存在する。その職員室で、パソコン作業中の若いジャージ姿の教師に厳格そうなスーツの壮年教師が声を掛けた。
「またあの三人に仕事を与えたそうですな」
「そうッスね」
荒げてはいないが明らかに咎めたてる感情を込めた声に、佐藤と呼ばれた教師は興味なさそうに答えた。モニタにはやけにポップな絵柄のキャラクターが三角関数の公式を説明するプリントが作成されていた。
「……それだけですか?」
「他に何か?」
「何かではありません!!何を考えているのですか、自分の生徒を自ら死地に送るような真似を!!」
「普通の参號級ならともかく――」
そこでようやく佐藤は振り返った。とぼけたような顔に寝ぼけたような表情を乗せて。
「あいつ等はハジキ拾ってのぼせた素人程度に負けるような鍛え方してねえッスわ」
「あなたがどれだけ評価しているか知りませんが、それでも参號級ですよ!!」
「それにガチの弐號級以上は温存しとかなきゃでしょ。アレをバラまいてる本命が捨て石より弱いはずもなし」
「それは……そうですが……」
言いよどむ壮年教師は、それでも佐藤に食い下がった。
「ですが、彼らは別にあなたの部下と言うわけではない。命令する権利などないはずです!!」
「だから部下っぽくみせとく必要があるんスよ」
「何を――」
「あいつら派閥に入れないんだから」
その言葉に、壮年教師は思い当たる。
血筋と官位でコネができ、派閥を自然と形成する霊奏師業界である。親元から離れて全寮制の学園に通う仕組みであるとはいえ、そういった派閥の力学が消えてなくなることはない。そして、あの三人はその経歴も性格も、どこまでいってもはぐれ者だ。そういった学生内部での力学の庇護として「教師のお気に入り」の立場を与えている。そうした立場が生徒間での問題を起こさずに済むことは、教師の経験から理解できた。
理解はできる。だからと言って死地に送るような行為は感情的には納得しがたい。しがたいが。
「それに、俺達の時はそういう大人がいなかったんで、せめて自分でやってやろうかなってね」
「……そう、ですか」
彼が学生だった頃、何もできなかった、何もしなかった自分への皮肉。いや、皮肉のつもりすらないのであろうその言葉に壮年教師は言葉を収めるしかなかった。
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