第4話 憑霊:【煤】の概念霊
「崩崩崩崩崩ーーーーーー!!!」
「ハァッ!!」
複数の腕を突き出し飛び掛かってきた概念霊を、ニレンの拳がまた突き放す。概念霊の攻撃は人間には不可能な複数同時攻撃ではあったが、ニレンの拳は中心を一撃で突き放すことでそれを無効化した。
ニレンの背中に大きく翼が生えたが、展開はそう大きく変わっていない。機を見て、もしくは覚悟を決めて飛び掛かる概念霊を、ニレンがカウンターで突き放す。それだけだった。
獣の如き知性の概念霊であったが、それでも数度の衝突で理解したことがある。あの大きな黒い翼には実体がない。音がない、風が動かない、壁や天井が邪魔になっている様子もない。ただ大きく見えるだけである。大きく見えるものを大仰にみせて威圧しているだけのハッタリ。だからゆっくり近づいても、大きいものに潰される心配はない。
そう判断した概念霊は、ガードを固めゆっくりとニレンに近づいた。
「知恵の実を得たか」
ニレンの牽制の刻み突きが概念霊のガードを叩く。その拳をつかもうと伸びた手は、素早い引き戻しと半歩ほどのバックステップで躱される。躱されはしたが、概念霊は一つの確証を得ていた。これを続けていればいつかは掴める。
人間同士の話ではあるが、腕のガードを拳で貫くというのは困難だ。丸太の端で丸太の中ほどを突くようなものである。まして、腕と言うものは「宙に浮いた丸太」である。固定されていないものを叩いても、壊れずに弾き飛ばされる。腕を弾き飛ばして奥の急所を叩くこともできるだろうが、人間の腕は二本だけであり、この概念霊の腕は無数にあった。
さらなる刻み突きがガードの上から概念霊を叩くが、意に介さずにじり寄るように間合いを詰める。
この人間の拳は効かない。この人間の翼は意味がない。掴んでしまえば大量の腕があるこちらのやりたい放題になる。
「ハッ!! ハッ!! ハッ!!」
「崩、崩崩、崩崩崩崩崩崩崩」
笑みがこぼれる。捕まえたらどうなぶってやろうか。あの綺麗な顔をむしり取ってやろうか。ふざけたことをのたまうあの口に、奴自身の男根を押し込んでやろうか。
嗜虐的な想像を脳裏に浮かべ――本能に従い大きく飛びのいた。
最初に恐怖、次に感じたのは開けた視界に浮かぶ切断された腕たち、それから着地した床の感触。そして最後に痛みだった。
「崩崩ーーーーーーー!!!??」
「死神の鎌の切っ先を避けるとはな。やはり貴様も祝福の呪いを持つ者……」
痛みに悶えながら見えたのは、高く上げていた左手を床まで振り降ろした霊奏師の姿だった。遅れて認識する。ずっと上に挙げていた左腕、それはこの一刀両断の手刀を振るうためのものだと。
鍛錬、技、速さ、霊力、その全てが合わさり、生身の人間の腕が鋼の剣に匹敵する鋭い斬撃をなす。それは肉の腕であればあっさりと切り飛ばすほど鋭く。
そして左の手刀を振り切ったその姿勢は、右の拳を弓矢のように引き絞った姿勢でもあった。
「終わらせよう!!神代から続く因縁を!!」
「崩ォ!?」
ニレンの背中の翼が黒い炎となり、廃墟の壁面を伝って概念霊へと奔る。初めて見るその攻撃に、概念霊は一瞬動きを止めた。
ニレンの黒い力が、全て無意味なハッタリだったことも忘れて。
「時よ、廻れ!!」
黒い力ではない、飛び込みとともに放たれた渾身の逆突きが、中心である壊れた祠に突き刺さり木っ端みじんに打ち砕いた。そこから生えた無数の腕も、霧となって消えてゆく。
残心の構えをとり二秒。散って行く霊力の気配の入れ替わるように、ニレンに声がかけられた。
「そっちも終わったか」
振り向くとオキルが歩いてきていた。土嚢を担ぐように、肩に霊媒師だった男を担いで。
「ああ……悲嘆の刻は過ぎた……」
「じゃあ戻ろうぜ。早くこれを降ろしたい」
『オキル、応援来たよ。今ストレッチャー持ってそっち向かってる』
「そうなん?じゃあ動かず待機するわ。誘導よろしく」
『了解。ニレンもお疲れ様』
「傷の痛みなどない……、ただ、体の奥底に餓えがあるのみ」
「せっかくウツノミヤまできたし、なんか食って帰るか?この時間だと牛丼屋ぐらいしか開いてないけど」
『あ、だったら推しのVのコラボやってるファミレスあるんで寄りたい。アクスタが欲しい。飯奢るからおまけだけくれ』
通信越しに会話に入ってきたモトコがたわいない欲望を口にする。
戦いの時間は終わり、彼らなりの日常が戻ってくる。
学生であり霊奏師であり、戦士である彼らの。
◆ ◆ ◆
氏名:蓮華台レンゴク
年齢:16歳
職業:霊奏師
所属:日光霊奏学園・1年5組
階級:参號級
霊性:属性・雷 霊力量・C 霊奏経絡量・C
技量:巫術・D 付術・D 符術・B 負術・D
憑霊:【煤】の概念霊
備考:無官の家庭出身。ただし両親は音楽家。
霊力検査で適性が発見され本人の希望もあり学園に通学。
名前に「レン」が二つあるところから「ニレン」と呼ばれる
口調が独特だが単純に本人の性格である。
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