第3話 憑霊:【ヤモリ】の概念霊
「ほざけぇーーーーーーー!!!」
振り払うように異形の鬼が腕を振るった。
オキルは低い身長をさらに低くして潜り込こみ、勢いのまま腹に肘をぶつける。
「グッ!?」
鬼が腹筋に受ける奇妙な衝撃。痛みも来るが、それ以上に頭に走った言葉は『強い』でも『重い』でもなく、『固い』だった。
殴りつけてくる拳や投げつけられる物とは違う。地面に据え付けてある何かに自分からぶつかったときのようなそれ。
その衝撃に続けて、細かく規則的な左右交互の連続パンチが同じ個所に撃ち込まれる。
詠春拳系の格闘技で使用される体の前面のみで完結するその連打は、拳の軌道がチェーンソーにも見えることからチェーンパンチと呼ばれる。
秒間5発のペースで放たれるその拳は、だがしかし、鬼の強靭な腹筋に阻まれた。
「クッ!大した連打だけど、僕には何万発打っても効かないぞ!」
確かに鬼の体はほぼオキルの倍、体重であれば8倍以上の差があるだろう。叩きこまれる衝撃と圧力で反撃の体勢を整えられずにいるが、この連打が終わればすぐさま反撃できる。それまでは腹筋を締めて耐えればいい。
鬼がそこまで思ったところで、ふと気が付く。
――この連打。いつ止まるんだ?
鬼の左腕の先にスマホ型の頭部があるがゆえに、やや俯瞰した視点で懐に入った霊奏師を観察できる。
その眼付きの悪い少年は、怒りでも闘志でも焦りでもなく、ひたすらに退屈そうに連打を続けていた。
それだけではない。反撃をしようと右腕を上げようとすると、圧力を強められバランスをとらざるを得なくなる。押し込んでくる圧力に押されて足を引くと、まったく同時に踏み込んできて間合いが変わらない。この連打に耐えること以外をさせない。そんな巧みな調整を、オキルは平然とやり続けていた。
「クソがっ!!」
多少のダメージは仕方ない。こちらはもう半ば概念霊だ。多少の負傷はすぐに治る。そう判断した鬼は後ろに倒れこむように転がって、床を2回転してから跳ね上がった。
転がるついでに巻き上げた瓦礫を警戒したのか、オキルは追撃せず。結果として両者の間合いが開く。
「参號級如きが!!調子に乗るなよ!!」
怒号とともに、鬼の周辺に複数の鬼火が浮かび上がる。【壊すと呪われる祠】の概念霊は【よく祠に封印されてそうな怪物】の概念でもある。霊力そのものは下級であろうとも、使える能力はほぼ術者の想像力のままと言えた。
故にこそ、わかりやすい鬼火を飛び道具に選んだのであろう。十数の火の玉が、追尾するような軌道でオキルに襲い掛かった。
対するオキルは眉一つ動かさないまま、まっすぐ踏み込む。体にあたりそうなものは、霊力を込めた両手で払い落として。回り込んでくるものはまっすぐ突っ込むことで外させて。大きく開いた間合いを数ステップで詰めようとして、それを阻むべくさらなる炎撃が来た。
大きめに作られた鬼火がオキルの手前の床に着弾し、炎の輪が床を這って広がる。
巻き込まれるのを嫌ったオキルが高く跳躍し、鬼のスマホ顔が嗤っていることを確かに見た。
空中では軌道を変えられない。放物線を描いて落下するオキルを、鬼の渾身の右腕が迎え撃つ。
その右腕が空を切る。スマホの中の笑顔が驚愕に変わる。
オキルは落下しなかった。
なぜなら高く跳躍し、その勢いのまま天井に貼りついたからだ。
「なんだぁっ!?」
驚愕の声を置き去りに、オキルは貼りついた天井からスマホ頭に跳んで奇襲を仕掛ける。だが腕の先についた頭は回避には至極向いていた。腕を振り上げるだけで躱せる。躱した。そのタイミングで、左肘に急に重さが加わった。
手首を返して肘を覗く。オキルの手が、掴むでもなく握るでもなく触れられていた。触れられている個所から、テープやシップなどが貼りついている感触がする。
【貼りつく】
それがオキルの憑霊の能力。故に天井にも貼り付けた。
気が付いた時にはもう遅い。さらなる荷重が肘にかかった。オキルが床に足を貼りつけ、引っ張ることで体重以上の重さをかけたのだ。肉体が霊的物質でできていても、重心を維持できない荷重をかけられれば倒れるのが道理。そして、倒れた状態で右ひじを抑えられていれば、手首から先も抑えられるのが道理。
「まっ――!!」
悲鳴すら間に合わず。術の起点たるスマホがオキルの手に掴まれ、拳と掌底に挟み込まれてへし折られた。
◆ ◆ ◆
氏名:鳥辺野オキル
年齢:16歳
職業:霊奏師
所属:日光霊奏学園・1年5組
階級:参號級
霊性:属性・土 霊力量・C 霊奏経絡量・C
技量:巫術・B 付術・D 符術・D 負術・D
憑霊:【ヤモリ】の概念霊
備考:無官の一般家庭出身。
概念霊を捕食して霊力に覚醒したところを霊奏機関によって保護された。
霊力覚醒前に実母とその恋人を殺害している。
霊奏機関には忠実だが人格の危険性から処分検討対象。
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