第2話 【壊すと呪われる祠】の概念霊
――ダンッ!
爆発的な踏みだしとともにつきこまれた右の順突き。格闘技と言うよりは、フェンシングを思わせるその一撃は、化け物を貫通霧散させ、その勢いのまま後ろの化け物も貫いた。
余りの威力に浮足立つ化け物を前にニレンは凛とした構えをとる。
奇妙な構えであった。
それこそフェンシングのような極端な右前半身。緩く余裕を持たせた前手。そして、挙手しているかのようにまっすぐ上に突き出された左腕。化け物の攻撃はステップで躱すか、右拳による弾きかカウンターでいなされる。おおよそ素手の人間の戦い方ではなく、闘牛士のそれのようであった。
が、人間用の格闘技でないことが功を奏しているのか。化け物達はニレンにかすり傷一つ負わせてはいなかった。
トン。ト、トン。
蝶のように舞い、蜂のように刺す。そんなニレンの動きとは対照にオキルは人間的に動いていた。
化け物に踏み込む、反応して攻撃してくる腕を片手で捌いて崩す、崩した所に逆手で一撃を入れる。それらの三動作が一つの技として繰り出される。
一歩踏み込むごとに一匹の化け物が消える。取り囲もうという動きを見せた化け物が踏み込まれて消える。飛び掛かかろうとするとすでに別の方向に踏み込んでいる。そしてそれらの動作が、まったく止まらない。
様子を見るとか牽制を放つとか息を整えるなどの、動作のとどまるところが全くない。歩くかのように淡々と、踏み込んで崩して殺す、を繰り返す。
一分も経つ頃には二人の前の化け物は再び消え去っていた。
「……近づけてんのかね?なんか歯ごたえねえけど」
「暇を稼ぎ、策謀を為すつもりであろうよ」
「あ~~、するとそこそこ頭回るタイプか?」
「星辰は近い」
「忙しねえなあ……」
愚痴りつつも走りはしない。オキルはポケットから取り出したケミカルライトを叩いて前方の闇に投げ込みながら油断なく歩を進める。淡い蛍光色の光は弱弱しいが、それでも手がふさがる懐中電灯や視界の狭い暗視装置よりも頼りになると二人は判断していた。
「さて、なんでもっと雑魚を貯めて一気にぶつけてこない?」
「無窮の宙に通じていない。あるいは、指の数に限りがある」
「数的限界でなければ、こちらを油断させる算段……ねぇか。俺らだけ潰してもどうせもっとたくさんの後詰が来るの目に見えてるしな」
「彼方への旅路は?」
「ありうるな、少しペース上げるか」
視線は周辺に配りつつ、二人は思考を整理するための会話を行う。急いでいても内部構造のわからない建物の中を走りはしない。地面から足が離れるのはそれだけで隙になる。そう身にしみてわかっているため、歩く速度を上げるにとどめる。推定、概念霊や霊媒師が潜んでいる建物だ。物陰からの奇襲は当然、崩落や封鎖だってやってくるだろう。油断しすぎない程度の意識を保ちながら暗い廊下を進む、と。
「一番めんどくさいのはなんも考えてないアホの場合――と、そうきたか」
「……歓迎しよう、闇より来たりし者よ」
バンッ!!
という音とともに、二人の前後にあった鉄扉が荒々しく開き異形の影が飛び出す。
それと同時に二人も飛び出す。前方の影とオキルが交錯しその場でとどまり、後方の影とニレンが交錯し衝撃で距離をとる。
挟み撃ちの形だった。
オキルの拳を右腕でガードしている異形は、大まかには人の形をしていた。もし頭があれば天井に着いていたであろう巨躯。だが頭部はなく、代わりに左腕の先に持たれたスマートフォンの画面に人の顔が映っており、それが頭部の代わりの様だった。その異形の体に牛馬の如き筋肉が乗り、象のような灰色の分厚い皮膚を纏っている。明らかに人間の姿ではなかったが、スマートフォンは人間の言葉を発した。
「ふん、大人しく奇襲を喰らってればいいのに」
「【概念霊召喚アプリ】に乗っ取られた霊媒師、ってとこか」
「乗っ取られた?違うね、僕は――」
「で、あっちは【壊すと呪われる祠】の概念霊ってところか?」
ちら、とオキルが目をやったその先には、構えをとったニレンと相対する異形の姿があった。
こちらは首なしの鬼を越える異形の姿だった。
「
小さい泡の破裂音にも似た奇妙な鳴き声。犬小屋ほどの大きさの、古びた木造の祠と鳥居、それを突き破るようにはみ出た肉塊と、そこからデタラメに伸びる数十本の白い女の腕。蜘蛛、と言うより雲丹を思わせる造詣のその奥で、かろうじて格子戸の体裁を保った残骸の奥に爛々と光る目がニレンを捉えた。
「創作物かどうかも分からないネットミームを概念霊にすんの、ホント厄介だな……。ニレン、任せていいか?」
「何を勝手に――」
「魔王の力、とくと見よ!!」
ニレンが叫びとともに黒い炎を左手に宿した。振り下ろすとともに打ち出された黒炎の斬撃を、概念霊は複数の腕で反射的にガードし、何の衝撃も来なかったことに一瞬戸惑う。その遅れた一瞬に別の衝撃が差し込まれた。
ガードの上から叩きこまれる、ニレンの渾身の右拳。飛び込みと同時に放たれたそれは、パンチと言うより拳の先で当たる体当たりに近い。ダメージは防いでも衝撃は防ぎきれず後方に押し飛ばされ、廊下の角まで押し込まれる。
人体と遠く離れた形状と材質の概念霊の体重を考えるのは虚しいが、概算でもニレンの体重の2倍はあろう。それを大きく突き飛ばし改めて概念霊の前で構えるニレン。その背中から、黒い炎の翼が生えた。
「覚えおけ、我の名を……。参號級霊奏師、
離れた場所でその名乗りを聞いたオキルも、ぼやきながらもそれに倣った。
「律儀なやっちゃな……。参號級霊奏師、
「ほざけぇーーーーーーー!!!」
「
四つの影は、再び交錯した。
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