どう考えてもこの三號級たちおかしい

@seidou_system

第1話 憑霊:【琥珀】の概念霊

「イヤーッ!!」


 深夜の廃病院にうら若き乙女の悲鳴が響く。

 怯えたその視線の先にいるのは、子供ほどの大きさの、だが明らかに人ではない化け物達だった。

 廃材で深く切れた脹脛ふくらはぎの痛みで立ち上がれない。立ち上がれたとしても恐怖で身がすくんで動けない。

 どこから間違ったのだろうか。勉強する意味が見いだせなくてサボり始めたとき?口うるさい母親と関係が冷え込んだとき?深夜に夜の街で遊び始めたとき?イケてそうなラッパーのナンパに乗ったとき?挙句こんなところに連れ込まれて強姦されそうになり――

 先にラッパーが死んだ。

 どこからか出てきた、灰色の肌の化け物達。腕も足もガリガリに痩せていて、腹だけ膨れている化け物。力なんて全くなさそうなのに、あっさりと大の男に組み付いて生きたままかじり始めた。

 頭がおかしくなりそうな絶叫を聞きながら走って逃げて、すぐに転んで脚に怪我して、そして化け物達は今ゆっくりと近づいてきている。


「ヒモジイヨオ」「ヒモジイヨオ」「ニクガクイタイ」「チヲススリタイ」


 わざと、聞かせるように、ひきつるような笑いを交えつつ、此方に近づいてきている。

 理解する。

 学校にもよくいた、虐める側の人間のソレ。人の恐怖や屈辱を引き出すためにわざとやっている顔をしていた。

 殺される!ただの殺し方じゃなくて、生かしたまま食べられる!!


「た、たす、助け……」


 意図したものかわからない、ただ生存本能は引きつった肺から微かに助けを呼ぶ声を絞り出し。


「子羊よ、安寧を受け入れよ」


 よくわからない声がそれに答えた。

 黒い雷、そのように見えた。

 少女の背後から走った何かが、先頭の化け物を殴り飛ばし、そこでやっとそれが人間だと、少女には認識できた。

 背は高い、黒い髪も長い、中性的ではあるが男とわかる美貌。そして、特徴的な黒い外套。【霊奏師】に許された制服。

 このニホンにおいて、異能を以て【概念霊】を討つ力の象徴。


「そして罪を知らぬ邪霊よ、この――」


 その力の象徴が何かを言いかけたとき、今度は嵐が飛び込んだ。

 嵐と思ったのは、多人数に見えたからだ。飛び込んだ人物が残る化け物達全てを殴り散らし、敵がいなくなって動きを止めてやっと一人だと気づくことができた。


「ニレン、先走るなよ。俺はともかくモトコが追い付けねえだろ」


 先に現れた人物と同じく、霊奏師の外套を纏った人物は、しかし対照的に小柄だった。いがぐりの坊主頭にまだ少年と言った顔立ち。だが眉間に深いしわが寄った人相は悪く、声には苛立ちが混じっている。

 服を除けば育ちの悪い不良少年と言った印象だが、何やらの拳法のような構えをとったまま化け物が来た廊下の奥を警戒している。


「許せよ、オキル。機を逃せば一輪の花が散る故……」

「そーかい。じゃあ構えとけ。まだ来るぞ」

「この瘴気……地獄門が開いたか!!」


 通じているのかどうか、本当に背の高い美形が喋ってるのは【統一言語】なのか、助かったのかどうか、逃げるべきかどうか、足の痛み、様々な思いが少女の頭の中をまとまることなく流れる。

 そこにやってきた三人目は、普通に声を掛けてきた。


「あ、民間人の人ですね。走れますか?」


 振り向くとそこにいたのは、少女だった。

 背丈は先の小柄な少年よりなお低い、小学生と言っても通じるだろうが、声はそれほどでもない。あまり手入れされてない前髪で顔の上半分は隠れているが、下半分だけ見ても分かる血色の悪い肌。露出している首筋や手首からわかるやせぎすの体。


「ありゃ、脚ですか。じゃあ仕方ないか、こっち見てください」


 一瞥して脚の負傷を見て取ったのだろうか。軽く言って顔を近づけ髪をかき上げ、隠していた顔の上半分をさらけ出す。

 左目の下には貼りついたような隈がじっとりと残っていた。

 そして、右目のあるべき場所は紅茶の色をした結晶体が浸食していた。


「――ひっ!?」


 悲鳴を上げようとした体が、今度は裏切った。体が動けなくなる恐怖を感じたまま、少女の意識は闇に落ちた。


 ◆ ◆ ◆


 少女がすっかりと茶色の結晶、琥珀に包まれて固まったときにはニレンとオキルはさらに数体の化け物を打ち倒していた。化け物の死体は残らず、霞となって宙に消える。が、建物の奥から漂ってくる気配は一向に弱まる気配がなかった。


「やっぱこれ元を断たないとキリがない奴か?」

「底なしの深淵は蛮勇を以て討つしかあるまいよ」

「彼女は固めたんでとりあえずは安全確保。私はいったん退くよ」


 モトコは無骨なリュックサックを背負いなおす。医療道具の入ったカバンだが、背の低い彼女が背負うとどうにもランドセル感がぬぐえない。


「おう、悪いな。無理させた」

「我らは征く、血の舞踏会に!!」


 廃病院の奥に踏み込む二人を尻目に、モトコはトライクまで駆け戻る。機関への報告、二人への通信バックアップ、応援が来た際の対処。戦えないオチコボレ肆號霊奏師とはいえ、やらなきゃいけない仕事はたくさんある。


 ◆ ◆ ◆


 氏名:化野あだしのモトコ

 年齢:16歳

 職業:霊奏師

 所属:日光霊奏学園・1年5組

 階級:肆號級

 霊性:属性・水 霊力量・D 霊奏経絡量・D

 技量:巫術・評価外 付術・D 符術・D 負術・B

 憑霊:【琥珀】の概念霊

 備考:無官の一般家庭出身。右眼球およびその周辺が概念霊と融合。

    霊力の弱い存在を仮死状態にして琥珀に閉じ込める独自術を使う。

    霊媒師になりかかったところを機関にて保護。

    機関には従順だが、要観察対象。

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