第15話 異世界の服屋へ

「ねぇ、センリぃ」

「……なに?」

「今夜も一緒に寝ましょ?」

「絶対ムリ! 今夜こそ一人で寝るからね!」

「もぉ。つれないなぁ。今朝はあーんなに激しく抱き合いながら寝てたじゃない」

語弊ごへいを生むような発言しないで! 僕の方からはしてないから! リリスが僕のこと一方的に抱きしめてただけでしょ!」

「いやー、おかげで今朝は気持ちよく起きられたわ。やっぱあれね、人の温もりって偉大ね。久しぶりにぐっすり寝れた気がするわ」

「だからって……とにかく、いい? 今夜は絶対に一人で寝てね」

「ふふ。約束はしかねるわね」

「くっそぉ。僕にお金さえあれば別々で寝られるのに」

「今夜は刺激的な夜になりそうね。センリ?」

「……僕、今本気でエントランスで寝ようかと思ってるよ」


 僕の目の下にくまができていることをからかってくるリリスを適当にあしらいながら、今日もシエルレントの町を歩くこと数十分。


 僕とリリスは、ミリシャさんから聞いたとある洋服屋に足を運んでいた。


 お互いの今の服装があまりに周囲に馴染んでいないのと格好がつかないということで、朝食の時に満場一致で服を新調することに。


「ええと、ここでいいの?」

「うん。服飾店【スイム】。ここで合ってるわ」


 相変わらずこの世界の字が読めない僕に代わって、リリスがミリシャさんに渡されたメモと店名を見比べて相槌を打つ。


 確認して短い段差を登り、扉を開ける。カランカラン、と呼び鈴の音が店内にひびくと、来客に気付いた店員さんが「いらっしゃいませー」と明るい声音で歓迎してくれた。


 僕はこちらに振り向いてくれた店員さんにぺこりと会釈えしゃくを返しつつ、ずかずかと前に進んでいていくリリスに着いて行く。


「センリも、自分の着る服を選んできなさい」

「うん。それじゃあ、後で集合しよっか」


 早速服の吟味ぎんみを始めたリリス。僕は彼女の言葉にこくりと頷いた後、男性用の服飾コーナーへと移動した。


「うーん。やっぱり動きやすいのがいいよなぁ」


 並べられている服と睨めっこしていると、


「素敵ですお客様! とてもお似合いですよ!」

「ふふん。そうでしょ。私に似合わない服なんてこの世に存在しないんだから」

「……あはは。もう試着してる」


 更衣室から店員の古典的な賞賛の声と、分かりやすくおだてられているリリスの声が聞こえてきた。


 プチファッションショーが開かれている店内の喧噪けんそんに思わず口許を緩めながら、僕もこの世界に馴染む為の一歩に手を伸ばした。


***


 ――一時間後。


「おお! すごくカッコいいよリリス! 吸血鬼の王女様って感じ!」

「ふふんっ! そうでしょそうでしょ。もっと褒めてくれてもいいのよ」


 数々の試着の果てにそれぞれ自分に似合った服を見つけ、今はそれに着替えて相手に披露していた。


 リリスの服装は黒を基調とした長袖だ。特徴的なのは胸元に開いたひし形。解放感が欲しかったのかは分からないけど、ちょっと……いや、かなり目のやり場に困る。


 実に豊満な胸を持つリリスがそれを着ることで、胸元のひし形にしっかりと双丘の谷間が見えて、男の性とでも言うのか、視線が無条件にそこに向いてしまう。


「センリもよく似合ってるじゃない」

「えへへ。そうかな」


 こんこん、と額を叩いて煩悩を振り払っているとリリスが僕の格好を見て賞賛をくれた。しかし、彼女はどこか不服そうに眉尻を下げていて、


「似合ってる、けど、私はもうちょっと着飾ってもいいと思うわ。貴方のその恰好、私が借りてた運動着にそっくりじゃない」

「まぁね。でも、僕にはこれくらいシンプルな方が動きやすくて丁度いいよ」

「センリがそれでいいなら文句はないけど……」


 リリスがそう言うのも無理はない。何故なら僕が選んだ服は、ジャージとよく似た運動着に近いものだから。ただし、それよりも洗練されているデザインで素材も上質なものが使われている。


 店員にこれから僕が〝やりたい〟ことを話したら、耐久性と運動性に優れているこれをオススメされたのだ。そうして試着してみれば、たしかに身体によく馴染なじんで身体の動きにも違和感を与えることなくスムーズについてきてくれた。


 デザインも中々良かったのでこれに決めたという訳だ。


「……ま、センリがカッコよくなったみたいだし、それならそれでいいか」

「か、カッコいいかな、今の僕?」

「えぇ。とってもカッコよくなったわ。他の男なんか目にもならないくらい」

「それは流石に言いすぎな気がするなぁ」


 あまりにストレートに褒められたものだから、思わず照れてしまって頬が熱くなってしまう。


「……くすっ。そういう所は、可愛いままね」

「うぅ。リリスのばかぁ」

「ふふ。照れてる貴方すごく可愛い。今すぐに抱きしめたいくらいに」


 うまくリリスと目を合わせらなくなってしまって、真っ赤に染まっていく顔を必死におおい隠す僕。そんなパートナーの初心うぶな態度に、リリスはくすっと愉快そうに微笑みをこぼす。


 それはまるで青春の一ぺージのような、付き合いたてのカップルがかもし出す、なんとも歯痒い独特の甘酸っぱい空気の中にいた店員さんたちはというと、


「「あっっっま」」


 手にしたハンカチを噛みしめながら、僕とリリスの関係を心底羨ましそうに眺めていた。

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