第14話 酒は飲んでも飲まれるな
「ぷっはー! ぐっすり寝たあとの酒は格別だわ!」
「ほんとよく飲むね」
「私の身体は八割が酒で出来ていると言っても過言ではないもの!」
「……過言だよそれは」
夕食は本日もビールにて。
お昼寝を経て体力、精神共に快復したリリスの飲みっぷりは実に豪快で、この
「カルラー! おかわり持ってきて!」
「はいよー!」
ほんのりと顔が赤く染まっているリリス。酒を飲み進めていくのと同時に気分も高揚していっているのか、おかわりのペースも速まっている気がする。
「んぅぅん! この店のおつまみはほんとにお酒とよく合うわ! たまらん!」
豪快に酒を
チャミーは蒸したイモとチーズを混ぜたものをベーコンを巻いて焼いた料理だ。イモの甘味とチーズのコク、ベーコンの塩味が絶妙なバランスで、鼻から抜ける風味すら惜しいと感じてしまえるほどの絶品おつまみである。
一口大の大きさのものが6つでワンセット。そして、丁度リリスが最後の一個を食べた所だ。
でも心配することなかれ。おつまみはまだもう一品このテーブルに置かれている。
「この様子だと、今日はおつまみでお腹満たしそうだね」
「それはそれでいいんじゃない。部屋に戻っても市場で買った果物があるんだし、小腹がすいたらそれ食べるわよ……ごくごく」
「左様ですか……」
と言いながらまたぐびっと酒を呷るリリス。健康度外視なリリスにほとほと困り果てていると、
「おー。今日もいいのっぷりしてんなぁ、そこの旅人さん……ひっく」
僕たちのテーブルに三人の男性が肩を組み合い、空いた片手でジョッキを持ちながらふらふらと寄って来た。
三人の外見は20代前半~30代前半くらいか。いかにも町の若者、といった雰囲気で、現代風に表すと陽キャという言葉がしっくりくる。
リリスはジョッキに付けていた唇を離すと、近寄ってきた男性らにすぅと
「何か用かしら?」
わずかに険を孕ませた声音。しかし既に酔いが回っているのかあまり威嚇にはならなかったようで、三人組の真ん中にいる、金髪の青年がヘラヘラと笑いながらリリスに答えた。
「まぁまぁそう邪険に扱わないでくれよ……ひっく。俺たちはアンタの飲みっぷりを気に入って声を掛けただけなんだよ」
「ふぅん」
それで? とリリスが首を傾げて金髪の青年にその先を促す。
金髪の青年は「ひっく」としゃっくりをした後、ぐいっとリリスに顔を近づけて、
「アンタ、どうやら相当酒が強いとみた。そこでどうだ、俺たちと今から、勝負しないか?」
「勝負?」
青年の突拍子もない提案に揃って首を捻る僕とリリス。そんな僕たちに、青年はこくりと相槌を打って。
「俺は上手い酒をたらふく飲むのも好きだが、誰かと飲み競うのも好きでね。特に! アンタからは只ならぬ酒豪のオーラを感じる!」
「ふふん。見る目があるじゃない」
「ちょっとリリス。僕、そこはかとなく嫌な予感がするんだけど。止めておいた方がいいよ」
こそっとリリスにこの酔っ払いたちから避けるよう耳打ちするも、リリスは「平気よ」と僕に手のひらを突き出した。
「私に何かするようだったらぶっ飛ばせばいいだけだし、それになんだか面白そうじゃない」
「安心しろよ坊主。お前の姉ちゃんを悪いようには扱わねぇから。ひっく……ただ、俺たちはアンタと勝負したいだけなんだ」
「僕とリリスは姉弟じゃないです! 旅のパートナー!」
机を叩いてそう指摘するも、青年はろくに僕の言葉に耳を傾ける様子もなく、へらへらと笑いながら乱暴に頭を撫でてきた。
「どうだ? 俺たちと勝負しねぇか?」
「ちなみに買ったら何をくれるのかしら?」
「アンタが買ったら今日のメシ代を俺たちが奢ってやる」
「へぇ。つまり今夜の夕飯は
「強気だねぇ。それじゃあ、アンタが負けたら俺たちの飲み代を代りに払ってもらおうかな」
「いいわよ。その勝負、受けて立ってやるわ」
「ふっ。決まりだ!」
「私に挑んだことを後悔させてあげる。巷で噂の酒豪の吸血鬼、リリスとは私のことよ!」
「……絶対今名付けたでしょ」
リリスと青年が腕を絡ませて、不敵な笑みを交わし合う。
楽しい夕食を過ごしていたはずがいつの間にかリリスと青年、アイゼンらとの酒飲み比べ対決が始まってしまい、ビールの店内は酒豪対決に大盛り上がり。
「――んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷはぁ。カルラ! じゃんじゃん持ってきなさい!」
「いい飲みっぷりじゃねえか。俺も負けてらんねぇぜ! カルラ! 追加で10杯持ってこい!」
「了解っ! へへっ。おとうさーん! 今日はがっぽり稼げそうだよ! 三バカのおかげで! リリス負けちゃダメだからね!」
「誰に向かって言ってるのよ! この私が酒飲みで負けるはずがないんでしょ!」
かくして今宵の夕食は宴へと変わり、吸血鬼は
「――ぷっはあ! 私に挑もうなんざ、100年早いってのよこの若造どもがっ‼」
……皆、お酒はほどほどにね?
***
「んぅぅ……もうのめにゃぁぃ」
「もぉ。調子に乗って飲み過ぎるから」
アイゼンたちとの飲み合い勝負から約一時間後。僕は完全に酔い潰れてしまったリリスに肩を貸しながらビールの外に出ていた。
「酒臭い……ごめんね、カルラ。なんか色々迷惑掛けちゃって」
「ウチじゃあんな光景日常茶飯事だから全然気にしないで。それにぃ、今夜はリリスさんのおかげでガッポリ稼がせて頂けましたからぁ。うひひ」
「あはは。お店が
ニヘヘ、と少女らしからぬ
「ところで、あれは放置してていいの?」
「ん? あぁ。アイゼンたちのことね。へーきへーき。酔っ払いが潰れて外で寝てるなんて光景、たまーにあるから」
「まぁ、僕も極稀に観るけどさ」
地球も異世界も、酔っ払いが酔い潰れて外で寝てしまうのは共通らしい。
リリスとアイゼンたちの飲み比べ対決はリリスの圧勝で幕を閉じた。最初にアイゼンがリリスに提案を持ちかけた通り、今夜のお酒やご飯代は全てアイゼンたちの奢りとなり、勝敗が決したにも関わらず酒を飲み続けた有り様がこれだ。
「というか、なんかごめんね。お客さんなのにセンリにも後片付け手伝ってもらっちゃって。でも、おかげですごく助かったよ」
「気にしないで。僕が手伝いたくてやったことだから。それに、散らかしたまま帰るのは流石にカルラにも店主さんにも申し訳ないって思ったから」
「センリはただ四人の勝負見てただけじゃん」
「そうなんだけどね。けど、僕はリリスのパートナーだから」
「……ふふ。そっか」
既に半分寝ている旅のパートナーに微苦笑を浮かべると、カルラは僕の意図を察して静かに微笑んだ。
「それじゃあ、僕たちはそろそろ宿に戻るね」
「うん。また明日ね」
「うん。また明日。ほら、部屋に戻るよ、リリス」
「うぅん。もう一杯飲んで帰るぅ」
「もう今日は飲んじゃダメ」
さも当然のように放置され、一向に構われる気はない泥酔三人組の存在を気にしつつも僕はカルラと手を振って別れる。
それからリリスを上手く支えながらラ・ルルへと戻り、階段を慎重に登っていく。
ようやく部屋に戻ってくると、一旦リリスを床に降ろした。ベッドを背もたれの代わりにどうにか座らせ、僕は作業机に置いてあるコップを持つと果糖水を注いでいく。
「ほら、リリス。これ飲んで」
「センリが飲ませてぇ」
「はぁぁ。仕方ないなぁ」
どっと深いため息を落としてから、僕は酔っ払いの唇にコップをつける。そして、中身がこぼれないようにゆっくりとリリスに果糖水を飲ませていく。
「こくこく……ふぅ、味がしない」
「お酒飲み過ぎだよ。はぁ、明日二日酔いになってないといいけど」
いくらお酒が強い体質といえど今夜は明らかに飲み過ぎなので、二日酔いは避けられないと思う。
とりあえず今夜はもう寝かせようと、僕はリリスの両脇に手を入れて腰を浮かせる。全身の力が抜けている人間を移動させるのは想像以上に難しく、今の僕は身体を全部使わないとリリスをベッドに移動させられなかった。
「……よいしょっ。ふぅ。これでよし」
「…………」
リリスをベッドに横たわらせ、一仕事終わらせた感じに額を腕で
それから、既に目を閉じているリリスにおやすみ、と告げてシャワーを浴びに一階に向かおうとした、その瞬間だった。
「行っちゃだーめ」
「うわっ⁉」
リリスに背を向けた瞬間、おもむろに彼女に手首を掴まれた。そのままぐいっと引っ張られて、あまりの突拍子のなさに身体が反応し切れずに倒れていく。
ギシッ、とベッドが強く軋む音が耳朶に響いて、身体は何かを圧し潰すように倒れ込む。
「リリス……っ⁉」
「離れちゃだーめ。今日は、一緒に寝よ?」
反射的にリリスから離れようと起き上がるもしかし、それを拒むようにリリスがぎゅっと僕を強く抱きしめてくる。
背中に回る両手を振り解こうにも振り解けず、華奢な
「リリスっ、離して⁉」
「えぇ。やぁだ。今日はセンリと一緒に寝るのぉ」
そう主張するようにリリスがさらに強く僕を抱きしめてくる。それに呼応するように、リリスの豊満な双丘が僕の胸板にむにぃ、と押し潰される。
マズイ⁉
「り、リリス! 胸、胸が合ったってるから!」
「? だからぁ?」
「だからって……これは流石に、色々とマズいよ!」
「ちっともマズくありませぇん。それともぉ、センリは私のおっぱい嫌い?」
「嫌いとかそういう問題じゃ……」
服越しでも分かるリリスの胸の柔らかさ。身体が密着していくほどにそれを強く感じていく。
瞬く間に顔が赤くなって、思考が上手く回らなくなる。ただ、早くこの腕から脱出しないと理性が崩壊することだけは
「あはぁ。センリ。顔あかーい」
「……当たり前でしょ」
自分でも自覚していることを指摘してくるリリスは、夢見心地な表情でそんな僕の顔を見つめてくる。
「ねぇ、センリ」
「……なに?」
「私から離れちゃ、いやだからね」
「リリス……?」
見つめ合う双眸が、言い知れぬ感情を宿して揺れた気がした。言葉の真意を確かめようと口を開きかけたが、その時には既に彼女の瞳に僕は映っていなくて。
「……寝ちゃった」
言葉の真意はもう確かめられない。もしかしたら、ただの独り言で、そこに真意なんてないのかもしれない。けれど、
「……今日、僕寝れるかな」
彼女から離れてはいけない。何故かそんな気がして、僕は悶々しながら目を閉じた。
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