第13話 胸騒ぎの理由は
「ふぃぃ。戻ってきた戻ってきたぁ。相変わらずベッドは最高ね~」
「なんか恒例みたいだね。ベッドにダイブするの」
市場での買い物を済ませ、ラ・ルルへと戻ってきた僕とリリス。
本当ならもう少しシエルレントの町を見回りたかったんだけど、想像以上に荷物が多くなってしまったので今日の町散策はあえなく中断。
予定よりも早く宿に戻ってきたからか、四角い窓枠から
「でも、いいリフレッシュにはなったよね。昨日はお互い散々な目に遭ったし。むしろ早々に戻ってきて英断だったかも」
「んっん~。それもそうね。残りの時間は部屋でのんびりしましょ」
「くすっ。そうだね」
ベッドで背伸びするリリスに猫の姿を重ねて思わずくすりと笑ってしまう。
それから両手に抱えている荷物を床に降ろすと、その中の紙袋からある物を二つ取り出した。
それはコップだ。簡素なデザインと
「はい。リリス」
「ありがと」
取り出したコップに市場で買った果糖水を注いで、それをリリスに渡す。彼女は短くお礼を言うと、ベッドから起き上がってぐいっと果糖水を
「んっんっん……ぷはぁ。いい感じの甘さだわ。
「こくこく。……ほんとだ。飲みやすくていいね」
果糖水、という名前だけあって甘ったるいイメージがあったけど、実際に飲んでみるとそんなことはなく、グレープフルーツジュースのようなほんのりと甘く、爽やかな味わいだった。
「店員さんがオススメしたものを選んだけど、それにして正解だったね」
「そうね。ま、酒には到底及ばないけど」
「もぉ。お酒は身体に悪いんだよ?」
「お母さんみたいなこと言わないでくれる。お・と・う・と、くん」
「くっ! 町で散々言われて気にしていることを……っ!」
くすくすと笑うリリスに僕は
それからリリスはひとしきり笑ったあと、
「くあぁ。ちょっと眠くなってきたかも」
不意に大きな欠伸を掻いて、リリスが目尻に涙を浮かべた。
「結構歩いたもんね」
それにリリスの場合は昨日の負傷もある。既に傷は
「いいよ。寝たかったら寝てて」
「そう? ならお言葉に甘えて少し寝ようかしら」
「うん。夕方頃になったら起こすから、ゆっくり休んで」
「ふふ。優しいわね、センリは」
「どうかな。普通だと思うけどね」
「ううん。貴方は優しいわよ。普通、旅人は赤の他人の前では寝姿なんか見せないのよ」
「……あ、そっか。自分の所持品が盗まれる可能性があるから?」
「えぇ」
リリスがこくりと頷く。
「僕は大丈夫……なんて断言するのは良くないか」
僕とリリスは生まれも育ちも違う。そもそもいる世界すら違っていたのだ。比較的安全な場所で過ごしていた僕に、リリスがこれまでどうやって生きてきたかは推し量る事すら難しい。先にリリスが口にした言葉が、彼女の旅が決して楽しいものばかりではないとを切実に語っていて。
「僕とリリスはまだ出会ったばかりだから、信用してくれなんて軽々しく口にはできないけど、でも、これだけは言わせて欲しい」
「……なに?」
「僕は、リリスと一緒にいてすごく楽しい。だから、僕はリリスと離れたくないって思ってる」
何を言えば正解なのか分からない。だから、思ったことを、リリスと一緒に居てこの胸に感じたことをありのままに伝えることにした。
「いつ、僕たちの旅が終わるのかは分からないけど、でも、いつかその日が来るまでは、僕はリリスと旅をしたい。少なくとも今はそう思ってる。だから、リリスを裏切るような真似はしない」
「…………」
途中からなんだか気恥ずかしくなってきて、最後はもう顔が熱くて仕方がなかった。
思わず
僕たちの間に降りる気まずい静寂はやがて、くすっと小さな笑い声が霧散させて、
「安心しなさい。私はセンリのこと最初から信じてるわよ」
「――ぇ」
リリスの放った言葉に思わずハッとなって俯いていた顔を上げると、眼前の吸血鬼は僕を見つめながら微笑みを浮かべていた。
その微笑はなんとも柔和で、そして思わず見惚れてしまうほど愛らしくて。
「最初に私を助けてくれた時からずっと、私はセンリの見返りを求めない心を気に入ったの。そんな人は早々相手を裏切るなんて真似しないわ」
「それは旅の経験ってやつ?」
「そうよ。何十年も旅をしていれば、大抵一目見てソイツが裏切るか裏切らないか、自然と判別できるようになるものよ」
「すごいね」
リリスの言い分に思わず苦笑いしてしまう。そんな僕に、リリスは「でしょ?」とドヤ顔を作って見せた。
「だから私はこの部屋にアナタが居ても心置きなくゆっくり休めるし、今から気持ちよーく寝られる」
「――そっか」
「えぇ。数時間後に起こしてくれるんでしょ?」
リリスの試すような問いかけに、僕は口許を
「うん。ちゃんと起こしてあげるから、それまでゆっくり寝て休んでて」
「ふふ。うん。そうさせてもらうわ。ありがとう」
僕とリリスは微笑みを交わし合った。それがお互いにお互いの信頼を得た決定的な瞬間であり、そして――
「(どうしよう。さっきからずっと、胸が騒がしくて仕方がないや)」
僕、アカツキ・センリが吸血鬼への恋慕を自覚した瞬間だった――。
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