第12話 観光へ・2

「ねぇねぇリリス。この赤い果物はなんていうの?」

「これはリンガ。甘味と適度な酸味がある果物ね。ここの地域じゃメジャーな果物よ」「おい坊主。まさかリンガ食ったことねえのか?」

「はい」

「そういうことならちょっと食わせてやるよ。ほら、隣にいるじょうちゃんも食いな」

「いいんですか⁉ ありがとうございます!」


 中央広場から市場へと移動した僕とリリスは現在、とある果物屋の前で足を止めていた。


 そこでは日本でもよく見られる果物と似たものが売られていた。リリスに聞く限りどうやら味は同じみたいだが、しかし名前が異なっているっぽい。


 そんな僕らの会話を聞いていた店主が気を利かせて味見させてくれるとのことで、僕とリリスは店主のご厚意に甘えることに。


 売れた赤い実の中でも特に新鮮そうなものを一つ手に取ると、店主は手際のいいナイフ捌きでリンガを一口大にカット。それを串に刺して僕とリリスに渡してくれた。


「ほれ! 食ってみな!」

「ありがとうございます」


 ぱくっ、と一口。


「んむっ⁉ 美味しい! 甘⁉」

「もぐもぐ。あらっ! 本当に甘いわね。リンガは酸味が強いものが多いはずだけど、これは全く酸味が感じないわ」


 見た目と名前がほぼリンゴと同じのリンガの気になる味は、やはりリンゴと同じ味だった。ただし、リンガの方が若干甘味が強く、より果実を食べている気分だった。


 目を輝かせる僕と感嘆の吐息をこぼすリリス。店主はそんな僕たちの反応に自慢するように鼻を擦りながら言った。


「ふふん。そうだろ。ウチで取り扱ってるリンガは、殆どが酸味が少なくて糖分が多いんだ。良い所の業者と契約してるからな」

「ふぅん。確かに、ここに並べられてるリンガはどれもよくれて光沢もあるわね。何よりも新鮮な証拠だわ」

「おぉ! 分かるかい嬢ちゃん!」

「伊達に何十年も旅してないからね。西国のリンガは青いものが多くて酸味が強いのが多かったから、あまり食べる気にならなかったのよね。野生に生えてたヤツは美味しかったけど」

「西国の連中は酸味のあるものを好む奴らが多いからな。逆に、こっちじゃ甘味のあるものを好む連中が多いんだよ」

「僕は甘い方が好きだな」

「私もー」

「ははっ! だよな! 果物なんか特に甘いのが最高だよな。なら、今度から果物を買う時はウチで買うのをオススメするぜ。ウチは他の店よりちぃとばかし値は張るが、その分仕入れの時に厳選していて新鮮で糖度の高い果物を取り添えてる。他の店で安物を買うくらいなら、ウチで買った方が遥かに得だぜ」

「すごい自信ね」

「伊達に何十年もこの場所で果物を売ってねぇからな」


 リリスの挑発的な態度に店主が真っ向からにらみ返す。そんな二人の睨み合いは数秒続いて、やがてリリスの方が先に表情を崩した。


 リリスはぷっ、と笑って、


「気に入ったわ。とりあえず、このお店のリンガを二つ頂戴。あと、バルムの実を一房と、そっちのキィの実を一束」

「買っていくんだ!」

「えぇ。センリもこの世界の食べ物、色々と味わってみたいでしょ?」

「うん! すごく興味ある!」


 リリスの言葉に僕は食い気味に頷く。


「へへっ。毎度あり。つか、なんだ坊主。リンガの時といい、あんまり果物食ったことねぇのか」

「あはは。実は」

「……そうか。そういうことならこれはオマケだ! これとこれ……あとこいつも入れておいてやる!」

「うえ⁉ こんなに貰っていいんですか! オマケの域を超えてる気がするんですけど⁉」


 僕が何かワケありと見たのか、店主は一人涙ぐむと、途端に紙袋に注文以上の果物を突っ込み始めた。あっという間に果物でパンパンに詰まった紙袋を渡されて困惑する僕に、店主はサムズアップした親指を向けて、


「沢山食え! そんで早く姉ちゃんの背を追い越すんだぞ! 坊主」

「姉ちゃんって……え、もしかして、リリスのこと?」

「おう! お二人さん、姉弟なんだろ?」

「「…………」」


 さも当然のように言った店主に、僕とリリスは茫然としてお互いの顔を見やる。


 ぱちぱちと数度、目を瞬かせた後に、リリスが「ぶっ‼」と吹いて、


「あははっ! えぇ、そうよ。この子は私の可愛い弟よ」

「ちょっとリリス⁉ なにさらっと嘘吐いてんの⁉ 違いますから! 僕とリリスは姉弟じゃなくて旅のパートナーです!」

「もぉ。そんなにお姉ちゃんと一緒に外に出るのが恥ずかしいの? 今日だって姉弟仲良く一緒のベッドで寝たじゃない」

「それはリリスが勝手に僕をベッドに移動させたからでしょ⁉ あの、本当に誤解なんです!」


 僕が店主に必死に弁明してる姿を見て、リリスは面白おかしそうにケラケラと笑っていた。


 後日、この果物屋の店主、カルタさんとは仲良くなるのだが、しかし僕とリリスが姉弟という誤解だけはしばらく解けなかった。……そんなに似てるかなぁ、僕たち。



 ***


「むぅ」

「もぉ。いつまで拗ねてるのよ」


 果物屋店主の勘違いからしばらく時はち、今は昼食と休憩を兼ねて市場のテーブルに腰を降ろしている僕とリリス。


 不服そうにムスっと頬を膨らませている僕を見て、リリスはやれやれと肩を竦めていた。


「どうやらこの町の人らには、よっぽど私たちが姉弟に見えるみたいね」

「僕、そんなに子どもっぽく見えるかなぁ」


 あれから、向かう先々で僕はリリスと姉弟だと勘違いされるという、なんとも男としての尊厳が破壊される目にっていた。


「いいじゃない。そのおかげでどこのお店からも色々とサービスしてもらえたんだし」

「それは良かったけど、でも納得いかないんだよなぁ」

「細かいこと気にしてたら旅は上手くいかないわよ。使えるものはなんでも使う。コネでも偏見でもそこら辺に落ちてる棒でも。これが旅のコツよ」

「前半2つはともかく、そこら辺に落ちてる棒で何が解決できるっていうのさ」


 辟易へきえきとした風にため息を落として、僕は昼食にと買った『ミットール』と呼ばれるものを食べる。


「はぁむ……んま! 見た目が肉まんだと思ったけど、味もすごく似てる!」


『ミットール』は白い皮に肉や野菜が包まれている蒸しまんだ。僕の感想通り見た目と味は中華の肉まんと似ているが、使っている食材と調味料が違っているからか正確には全くの別物だ。


 ミットールの方がより歯ごたえのある肉が入っていて味付けもピリ辛。だからこそ野菜と肉の甘みがより引き立たれていて噛めば噛むほど食欲が刺激されてくる。


「僕、肉まんよりこっちの方が好きかも」

「そのニクマンとやらは知らないけど、確かにこれは美味しいわね」

「他の国には売ってないんだ?」

「そんなことはないわ。ミットールはこの世界じゃメジャーな料理よ。でも、地域によって中身が違うの。白身魚が入ってる所もあるし、肉や魚が入ってなくて果物だけ詰まっている所もあるのよ。味付けも全然違うし」

「へぇ! 地域ごとに使ってる食材が違うんだ! 面白いね!」


 文化によって食の特色が変わるのはこの世界も共通らしい。


 好奇心が疼いて目をキラキラさせる僕にリリスは呆れた風に微苦笑を浮かべながら、


「でも、一番美味しいのはここのミットールかな。ピリ辛のタレとジューシーで噛み応えのある肉の組み合わせは反則級ね。ミットール餡論争に終止符を打つほどの美味さだわ」

「後半ちょっと何言ってるのかよく分からないけど、とにかくリリスがこれを気に入ったのは伝わったよ」


 はむっ、と勢いよくミットールに噛みつくリリス。幸せそうに食べている彼女を見ていると、自然と微笑みがこぼれ落ちて。


「よかったら僕の分も食べる?」

「いいの⁉」

「うん。どーぞ」

「えへへ。なら遠慮なく。あとで食べ足りなくて返してって言われてももう遅いからね?」

「そんなこと言いません。いっぱい食べてね」

「んぅん~! っぱ肉は最高ね!」


 正面。普段は凜とした顔がご馳走を前に笑みをほころばせる。

その笑顔を独り占めできるだけで、僕のお腹はもう充分満腹だった。


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